良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ハイ・フィデリティ』(2000)洋楽ファンにはたまらない!クラッシュ、ディラン、そしてボス!

 これはコメディ映画なのですが、みんなが手放しに楽しめる映画ではない。60年代以降のロックやポップ・ミュージック等の洋楽及びオーディオに関する知識があるなしで、受け取るメッセージと印象が全く違うであろう作品です。  そもそもタイトルの『Hi Fidelity』を短縮して生まれた言葉がHiFiであることからでも分かるとおり、これはオーディオ用語である。再生装置、もっと分かりやすく言うと、レコードやCDを聴くステレオのことです。もう一方の直訳的意味では「高い忠誠心」という意味もあります。音楽にたいしてでしょうか。  忠実に音源を再生する事がハイ・フィデリティの使命です。そしてこの再生機械に魂を吹き込むのが、レコードであり、CDであり、その音楽を掛ける音楽ファンやレコード店のスタッフなのです。音楽に関する造詣が深ければ深いほど、彼が掛けるレコードや編集したテープやCD-Rには新たな生命が宿る。  テープ作成者の意図は明確に理解されてしまいます。テープであれば、45分という時間内で話を始め、盛り上がりを作り、話を完結させる。そのテープはドライブ用であったり、デート用であったり、リラックス用であったり、仕事に行く前の景気付けだったりします。  楽器に拘った選曲、ジャンルに拘った選曲など編集しだすときりがありません。ざっと挙げてみても、時代、国別、ジャンル別、アーチストのベスト物(メンバー別、初期物、後期物、マニア向けなど)、オールタイム物などなどすぐに浮かんできます。  「他人の歌に自分の感情を込める」という台詞がこの映画に出てきます。テープ編集を端的に言い表した言葉ではないでしょうか。素材が多ければ多いほど、良いテープが制作できるのは当然ですが、多ければ多いほど捨てる作業が大変になります。愛着のある曲を捨てても、つながりを重視することもあるでしょう。  自分が好きでも、一緒に聴く相手が嫌いな曲を流すのをためらうこともあるでしょう。それら色々ひっくるめてもテープ作りの楽しさはやった者しか分からない。知人に頼まれて、中学時代以降、何人の友達に「ビートルズ・ベスト」、「ローリング・ストーンズ・ベスト」、「キング・クリムゾン・ベスト」、「オールディーズ・ベスト」、「60年代ベスト(米英はもちろん分けます)、「70年代ベスト」、「女性ヴォーカリスト・ベスト」などを作ったか分からない。  とりわけ難しいのがアルバムを多く残しているバンドの物とアルバムの出来が素晴らしすぎるバンドの物を作る場合です。つまりビートルズ・ベストとストーンズ・ベストが難しいのです。  たとえばビートルズの場合ならば、ツアー活動休止前と後ではまったくサウンドが変わってきます。踊れる音楽から聴く音楽への転換がもっともダイナミックに急速に進められたのがビートルズでした。  細かく言えば、『プリーズ・プリーズ・ミー』から『ビートルズ・フォー・セール』まで、『ヘルプ!』から『ラバー・ソウル』まで、『リヴォルバー』から『マジカル・ミステリー・ツアー』まで、『ザ・ビートルズ』から『アビー・ロード』までの4期に分かれます。  ストーンズでも60年代の音と70年代の音は違ってきますし、80年代と90年代でも違います。よってこの二組のベストを作る時は最低各々全5巻セットとかになってしまいました。  話がずいぶん飛んでしまいました。音楽に命を懸ける中年音楽親父兼中古レコード店オーナー役を演じたジョン・キューザックが、われわれ観客に向かって話しかけるようなノリで、それまでの人生の回想をロックの名曲とともに語っていくスタイルを採っています。  回想シーン及びレコード店内で語られるミュージシャンの名前や掛けられるナンバーを聴いているだけで、ロックファンならばかなり心地よいのではないでしょうか。  使用されたものの中で、パッと思いつくのは以下の通りです。ボブ・ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』、エコー&ザ・バニーメンの『キリング・ムーン』、坂本龍一のアルバム(盗まれるのがレコードではなくCDというのも彼のジャンルらしい)、エルトン・ジョンの『クロコダイル・ロック』、『ウォーキング・オン・サンシャイン』のカトリーナザ・ウェイブス、クリッシー・ハインド(プリテンダース)、ザ・スミススティーヴィー・ワンダーの『心の愛』、『ロンドンズ・バーニング』のザ・クラッシュ、クイーンの『ウィ・アー・ザ・チャンピオン』、オーティス・レディングのドーナツ盤、ニルヴァーナフランク・ザッパのオリジナル盤、セックス・ピストルズの『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』のドーナツ盤などなど。  洒落っ気が利いていて、この作品のポスター自体がビートルズの『ア・ハード・デイズ・ナイト』のパロディだったり、劇中で組んだバンド名が『キャスリン・ターナー・オーヴァー・ドライヴ』だったのには笑いました。むかしバックマン・ターナー・オーヴァー・ドライヴというバンドが活動していましたので。    そしてこの映画最大のスターはマーヴィン・ゲイの『レッツ・ゲット・イット・オン』を大迫力で歌いきったジャック・ブラックであるのは間違いない。彼のロックに懸ける情熱はのちに『スクール・オブ・ロック』でも見事に証明されますが、既にこの作品でも疑いようがない「ロック命ぶり」が微笑ましい限りです。彼のシャウトは何故あんなに艶があるのだろう。  全ての俳優の中で、彼の存在感が最も大きく感じました。ただ彼を主役にしてしまうと、強烈なオタク臭のするカルト作品になってしまうのを製作側も理解していたためか、あくまでも脇役での怪演のみで済ませていました。  ロック・ファンには「ザ・ボス」ブルース・スプリングスティーンがカメオで出てくるのも嬉しい。『明日なき暴走』、『ロザリータ』、『ザ・リヴァー』、『ジャングルランド』、『ボーン・イン・ザ・USA』など僕らをいつも圧倒してくれた彼がまさか出演しているとは知りませんでした。  映画ファンのツボを押さえているとは言えませんが、ロックファンのツボは確実に押さえていました。つまり僕はツボを押されたということです。 総合評価 70点 ハイ・フィデリティ 特別版
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