良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『THE 有頂天ホテル』(2005)三谷幸喜第三回監督作品。コメディとしては上質です。

 クロフォード、バリモア、ライオネル、ガルボという名前を聞いただけで、それらの言葉が何を意味しているのか分かる方はかなりの映画通です。今でも人気が高い作品から、これらの名称を持ってきた三谷監督には映画への愛情を感じます。  傑作映画『グランド・ホテル』に出演したジョーン・クロフォード、ジョン・バリモアとライオネル・バリモアのバリモア・ファミリー、そして神聖ガルボ王国の女王であるグレタ・ガルボの名前をスウィート・ルームに名付けるほどの凝り様は映画ファンとしては嬉しい限りです。ポスターもちらりと出てきます。  バリモアという名前でピンと来る人もいるでしょうが、彼らは人気のあるハリウッド女優で、『ET』や『チャーリーズ・エンジェル』にも出演したドリュー・バリモアのご先祖にして、演劇界の大立者です。日本で言えば、歌舞伎一族でしょうか?その意味で今回の配役に松たか子をピック・アップしたのは偶然ではないような気がしています。  コメディ映画なのですが、すべての台詞や登場人物が先の展開へリンクしていく様子はまさにネット時代にぴったりで、注意して観ているのと散漫に観ているのでは受ける印象の強さがかなり変わってくる作品でした。  演劇的手法を採ることで、映画ファンからの批判も受けていたであろう三谷監督が、それら口うるさいファン達でも黙らせるほどに成長しているのも頼もしい。むしろ開き直り、舞台であることを宣言するようなオープニングには批判すべてを笑い飛ばす気概があります。  小さく収まってしまうこともなく、自由にしかも映画の制約を楽しみながら、撮影していったような活気を作品から感じます。コメディ映画であり、しかも芸術的にも優れているというのは実は大変難しい。台詞で笑わせることが出来るのは一回目だけなのです。  二回目以上のファンがいて、はじめて記憶に残っていくのが映画です。照明の選択、カメラの焦点の送り方、長回しによる芝居の連続性と緊張感、ワン・カット内で俳優たちが見せる立ち位置の変化は演劇の良さと映画の良さを同時に感じさせてくれます。  ストーリー展開はいかにも三谷監督らしいひねりが効いていて、伏線の張り方は重構造的であり、展開を追うだけでも十分に楽しめるとは思いますが、撮影のやり方に注目してみていくと、彼が映像に対して持っている強いこだわりと成長をじっくりと味わえる。  役者の選択も良い。『Shall We ダンス?』などコメディでも力を発揮する役所広司、主役を張れる数少ない映画女優のひとりである原田美枝子に加え、進境著しい篠原涼子とオダギリ・ジョーが存在感を示していました。  三谷監督は津川雅彦角野卓造佐藤浩市近藤芳正石井正則生瀬勝久寺島進伊東四郎西田敏行らの安定感のあるベテランたち、中堅どころに位置する松たか子戸田恵子、YOU、香取慎吾麻生久美子川平慈英、そして三谷監督作品には欠かせない唐沢寿明という豪華な俳優陣を自由に使い、一本の上質なコメディに仕上げました。清水ミチコが館内放送をやっているのも芸が細かい。  彼らの中で、キャラクターとエピソードをリンクさせていく役柄を担ったのは香取慎吾篠原涼子、そして川平慈英の三人で、彼らはまさにこの作品でのトリプル・ボランチでした。扇の要であるポジションには役所広司が収まり、全体のバランスを取っています。  キャラクター設定には大いに笑いました。一流ホテルにかかわらず客引きをする娼婦(篠原涼子)がいたり、何故か大晦日に鹿の帽子を被っている謎の一団がいたり、ホテル探偵!(石井正則)なる謎の仕事人がいたりと普通の設定に三谷ワールドが絡んでくるさまは痛快です。  人生のためになるような教訓などは全く皆無で、ただナンセンスな世界にどっぷりと嵌まりさえすれば、あっというまに長い人生のうちの2時間15分が過ぎていきます。一つ一つのエピソードは細切れでも、全体につながった時には大きな渦に仕立て上げる手腕は素晴らしい。  これを観て思い出したのが、つい先日に記事にした『幕末太陽傳』でした。キャラクターに対して、どこかクールに、そして客観的に視線を送る演出となんとも言えない強引な力技を見ると川島雄三監督とダブってきました。  見せ方もこだわりを感じさせます。ダブダブが逃げるエピソード中の何気ないショットに才能を感じました。アヒルを追いかけ、ドアを開けると既に逃げた後。奥へ向かって逃げ上がっていったアヒルとポツンと残された探偵、明るい照明で包まれたホテルの通路を縦構図で撮り、奥行きを強調する。  次に場面転換が入り、人物が灰色の壁で覆われたホテルの地下駐車場へ向かって、画面奥から手前に下ってくる。佐藤浩市演じる悪徳議員の人生がどん底に落ちようとしているのを暗示するようなショットでした。  アヒルを追いかけるという、どこか間抜けで楽しいショットと夜逃げする国会議員が対比されるように観客に曝け出される。当座は逃げ失せても、世間からは逃げ切れないことをわれわれに分からせてくれるシーンでした。  ホテル・ラウンジでの長回しとフォーカスの送り方も非常に見ていて刺激的でした。ラウンジの端で演技していた角野たち、彼らからパンが入り、いったん目の前のカップルに焦点を合わせ、中央部で演技する川平慈英香取慎吾に焦点を合わせていく。  当然、彼ら二人以外からは焦点がボケていくので、映像によりそのショットにおいてなにがもっとも重要なファクターなのかを瞬時に理解させる。しかもケレンミを感じるのは焦点から外された人々も後ろでしっかりと芝居をしていたところです。  立ち位置も考慮されていて、最初焦点をもらって芝居していた人たちが、徐々に歩いたりして立ち位置を変えていき、芝居を他の人たちに譲っていく様子が随所に展開されていくのは舞台出身の三谷監督らしい演出でした。しかも映像を理解している人の作る長回しなので、舞台臭さを感じません。 音楽の選曲も楽しく、『天国生まれ』での香取、麻生、西田のセッションは(西田はパンツ一丁!)かなり笑えるシーンでした。「どーんきほーて~♪さんちょおぱんさー♪ろーしなんて あんどれー♪」という歌詞は間が抜けています。  この歌のシーンをきっかけにバラバラに飛び散っていた人物、記念品、事件(逃げたアヒル、変な人形、臭いバンダナ、使い古しのギター)がひとつの場所(新年パーティ会場)に戻ろうとしていく。あとは来たるべきラスト・シークエンスに向かって、スピード感溢れる展開で押し切るのみです。  ラスト・シーンで大団円を迎える時にYOU(もともと彼女はフェア・チャイルドに参加していて、ヒット曲もいくつかあり、シングル盤を何枚か持っていました)によって歌われる『If My Friends Could See Me Now』も素晴らしい盛り上がりと余韻を作品に与えました。  パーティ会場に出演者がすべて集まってきて、楽しそうに踊るシーンはまさに舞台そのもので、オープニングで幕を開ける演出とともに作品世界へと誘導されたわれわれは、このラストでは幕を閉じる演出とともに作品世界を後にする。  ためになる映画かと言われれば、全くためにはならないナンセンスな作品だが、可笑しい作品であることは間違いない。作品の舞台であるホテルの外へ出るシーンは全く無い。玄関やホテル前での事故シーンなどはあるにはあるが、常にホテルは映っている。  本来このような室内劇、しかも大勢の俳優達が作品中で重要なエピソードをお互いにリンクさせて、一本につなげていくスタイルを持った作品では下手な演出をしてしまうと、とても窮屈な印象を与えてしまうが、スピーディな演出と撮り方によって構成されたこの作品では、室内という狭さと閉塞感は全く感じません。 http://fire1000.exblog.jp/tb/3418941 総合評価 88点 THE 有頂天ホテル スペシャル・エディション
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