良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『忍びの者』(1962)市川雷蔵主演の人気シリーズ第一作目。リアルな演出は見応えあり。

 市川雷蔵主演の時代劇シリーズといえば、「眠狂四郎」シリーズ、「大菩薩峠」シリーズと並び、もっとも有名なシリーズのひとつが、この「忍びの者」シリーズです。円月殺法という必殺技を持つニヒルなヒーロータイプの狂四郎と違い、この忍びの者で描かれる登場人物たちにはスポットライトが当たる事はありません。  陽の当たる場所には出てこない立場の人々である忍者の生き様と死に様を徹底的なリアリズム描写で演出したのは厳しさでは定評のある山本薩夫監督でした。『忍びの者』には、彼自身が舐めてきた辛酸と厳しさ、そして忍びの世界の辛酸と厳しさがピタリとはまり、他の時代劇作品には見られない独特の魅力を持っています。  モノクロで撮られたこの作品は個人的には眠狂四郎シリーズよりも思い入れがあります。雷蔵の影と山本監督の影を表現するためには最適の色彩だったのではないだろうか。興行的にはカラーで撮った方が物珍しさも手伝い、観客動員は増えていったのでしょうが、この作品世界を表現するにはモノクロで語る方が正解です。  人間の欲望と裏切り、犯罪者や日陰者を主役に据える物語、哀しい定めとそれに抗おうとする人々の生き様はまさにフィルム・ノワールのテーマであり、時代劇でこれを表現したこの作品はもっとその芸術性について、語られるべき映画なのです。  監督自身の歴史観も作品において、色濃く反映されていて、普通の時代劇ではヒーローとして扱われることがほとんどであると思われる織田信長を最大のヒールとして位置づけ、叡山焼き打ち、長島一向一揆での苛烈な殺戮、敵への容赦ない責め立てなどを映像に盛り込む事により、他作品との一線を画しています。  罪人の耳を削いだり、女を生き埋めにしてみたり、僧侶を皆殺しにするシーンを加えたりというのはあまり見られなかったシーンだと思いますが、凡庸の演出などする気も無かった監督にすれば、ステレオタイプの演出などツバを吐くべき対象でしかなかったのでしょう。  実際、織田信長は妊婦の腹を切り裂いて、胎児を取り出したというような残虐行為をやってのけたらしいので、あながち今作品での演出が全てフィクションであるとは思えない部分もあります。  社会主義者であるために、東宝組合騒動の後、東宝を追われた山本監督の反骨精神は英雄を殺人鬼に、名もない忍者を主役に持ってくることでも想像できると合点するのは飛躍しすぎかもしれませんが、フィルムを見ると彼の思想も伝わってくるようです。  反対に、集団に殉ずる忍びの人々を同情を込めて描いていくクライマックス・シーンにはおそらくそのような自己犠牲や滅私奉公の姿勢などに嫌悪感を持っていたであろう監督が何故あのような自決シーンを数多く持ってきたのかという疑問も湧きます。  それら自決、斬殺を含め、かなりリアルな、言い換えれば「痛そうな」映像が次々に出てくるので、そういった残酷シーンが苦手な方には辛い映画になってしまうかもしれません。正体を明かさぬために、捕まりかけたら己の顔を切り刻み、誰だか分からぬようにして果てる忍び、もはやこれまでとなると城の屋根から飛び降り、顔から地面に当たっていき顔を潰す忍び、攻め込まれ逃げ場所が泣くなると爆死する忍びなど凄惨な死に様を見せ付けます。  殺陣シーンのリアルさも他にはないものがあります。西村晃雷蔵の決闘シーンがあり、西村が死ぬ前に大量の血を吐いたり、腹に突き立てられた刀の剣先が背中まで貫かれていたりする演出はこの当時ではかなり珍しく、彼のこだわりを感じます。  それまでの忍者映画というと、「忍法OOの術!」などお話の世界を描いた作品が多かったわけで、このようなリアルで殺伐とした時代劇というのはあまり主流とはいえなかったのではないだろうか。時代劇の流れに劇的な変化をつけたのは黒澤明監督の『用心棒』でしたが、この作品でのリアルな描写はけっして黒澤作品に劣ってはいません。  画面全体に緊張感が漲っているのは山本監督作品の特徴でしょうか。監督のリアルで厳しい眼差しに晒され続ける役者達の苦労は相当なものだったと推察できますが、彼の作品に出演するとしないでは、後の演技に対する厳しさを身につける意味で重要だったのではないでしょうか。  クライマックスの合戦シーンもリアルな演出に支えられ、迫力あるシーンに仕上がっています。一気に見せる編集の効果も手伝い、忍びの者達の壮絶な最後を克明に、しかも客観的に描き続けていく。あくまでも冷静に、しかも心底に怒りを込めながら撮られていくこのシーンは強い印象を残します。  最後に持ってこられる藤村志保(かわいい!)とのハッピーエンドに関しては賛否両論あるかとも思いますが、最初から最後までハードボイルドな悲劇のままでは観客に救いがなくなってしまう。芸術性を重視しながらも、時代劇を観に行った観客たちを忘れずにハッピーエンドを持ってきたのは妥協があったにせよ、優れた判断であったと思いました。映画はただリアルであれば、それで良いというものではないのです。  映画館を無言で去る気持ちはあまり良いものではない。もともと悲劇を観に行ったのであればそれで良いのですが、そうでないならば、できるだけニコニコしながら去りたい場所、それが映画館ではないでしょうか。 総合評価 80点 忍びの者
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