良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『三人の狙撃者』(1954)フランク・シナトラが自然体でサイコ系殺し屋を演じる佳作。

 フィルム・ノワールらしいダブル・ミーニングを持つ原題『サドンリー』。「突然に」という意味と「サドンリー」という地名の意味で用いられる。否応なく事件に巻き込まれていく人々を突き放した視点で描くスタイルを取ることの多いフィルム・ノワールらしい作品です。  このジャンルにおいては邪悪な犯罪者、平凡な人々、探偵もしくは警官、冷酷に突き放すような演出、単純化された脚本、リズムの良いカットと編集、そして何よりも光と暗い影のコントラストが必要不可欠となる。それらに加え、この作品の上映時間はわずか70分強である。そしてこの70分は異常なまでに密度の濃い70分である。  殺し屋を演じたフランク・シナトラ、ポール・フリース、クリストファー・ダークら三人の狙撃者の個性の描き分け、突然事件に巻き込まれた人々の個性の描き分けもしっかりとされていて非常に見やすい作品として仕上がっています。  フランク・シナトラというと一般には甘い歌声とエンターテイナー振りが知られていますが、裏社会との繋がりもしばしば指摘されていました。イタリア系マフィアとの持ちつ持たれつの繋がりを利用して、自分に優位になるように交渉を進め、ショービズ界での揺るぎない地位を築き上げていったようです。  彼が恫喝をしながら映画関係者をコントロールしようとしていたのは当時の妻であったミア・ファーローが『ローズマリーの赤ちゃん』の撮影に参加していた時に彼女を何度も呼び出そうとして、「すぐに帰って来なかったならば離婚するぞ」と脅かし、関係者に圧力を加えようとしたエピソードでも明らかでしょう。さすがにこのときには何もしなかったようですが、このことが原因で彼らは離婚しました。  そしてもっとも有名なのは『地上より永遠に』で掴んだ脇役に抜擢されるまでのエピソードではないでしょうか。その名もずばりの『ゴッドファーザー』で強烈な印象を残したハリウッド関係者への恐喝場面です。あのモデルがシナトラです。そしてゴッド・ファーザーのモデルの一人がマフィアのボスだったサム・ジアンカーナでした。  またシナトラはケネディ大統領に深く関係したマリリン・モンローを紹介したことから、彼の暗殺にも関わりがあったのではないかと疑われていたようです。  大悪人がベビーフェイスの仮面を被り、自慢の甘い歌声で女性ファンを騙しているという状況はその後も長く続きましたが、とうとうマスコミに嗅ぎつけられスキャンダルとなり、彼の印象は最悪なものに変わりました。世論も彼には厳しくなっていたようです。そんな彼がスキャンダル発覚後に出演したのが『地上より永遠に』、そしてこの『三人の狙撃者』でした。  性根を据えて作品に没頭した『地上より永遠に』は大変な評判を得た名作となり、権威失墜していた彼にも再び明るい光が差し込んできました。『三人の狙撃者』はそんなタイミングで製作された作品だったのです。  性格俳優として大きな存在を示す絶好のチャンスだった『地上より永遠に』をマフィアを使って強引に役を手に入れ、それを見事に活かした彼にとっては、自分の生地で演じることの出来る残虐で悪辣な殺し屋を演じるのはわけもない。  50年代当時の価値観では女性とのセックスよりも殺人を犯すほうが興奮するという設定はまさに異常であり、変態とも呼べる汚れ役の中の汚れ役だったのではないでしょうか。このような変態の役を何故シナトラが受けたのかは大きな謎ではありますが、スーパー・スターが最低の悪役を演じるというギャップの生み出した効果は絶大であることも証明されました。  悪の臭い、サイコの臭いを撒き散らす彼の演技の凄みにはただただ恐れ入ります。彼の出す雰囲気や彼の目で表される異常性が作品の救いのなさをはっきりと示す。  伏線の張り方がまた絶妙で、すべてが幾重にも繋がっていて目を離す暇はありません。題名(ダブル・ミーニング)、テレビのショート(二回あります)、オモチャの拳銃(二度出てくるが二度目は本物)、大統領特別列車の時刻表などの小道具を上手く使っています。  設定も素晴らしく、おじいちゃん役のジェームス・グリースンの過去(元大統領の護衛官)と護衛官(元部下)の関係から露見するシナトラ一味の嘘、スターリング・ヘイドン(戦争の英雄で地元警官役)とフランク・シナトラ(元は第二次大戦の英雄で、今は落ちぶれた狙撃者)、よそ者(最大のよそ者はFBI)と地元民の関係の盲点などかなり多くの情報が短い時間で提示されていきます。しかもまったくくどくない。スムーズに作品に入っていけるのは脚本の妙でしょう。  大統領を付け狙う元狙撃兵フランク・シナトラのプライドの根源が第二次大戦時に受けた勲章だというのも存在証明の自己矛盾を感じますが、サイコ系という設定であるのでこれで良いのでしょう。  大戦で夫を失った妻(ナンシー・ゲイツ)が子供(キム・チャーニー)に過保護になるあまり、彼と祖父(グリースン)の両者から蔑まれるという設定も実際にありそうで恐い。B級作品だからこそ表現出来る台詞や設定が数多いのも特徴です。それがこの作品が今でも古臭くならずに十分に通用する要因ではないだろうか。  「孫は君を恥に思うだろう」、「生命、自由、幸福の追求は権利かもしれないが、それを守る人間も必要なのだ」という切れ味鋭い台詞がグリースンの口から次々に語られる。一方で一般家庭であるため、彼と孫の心温まるエピソードも多く描かれていて、見ていて楽しくなります。そしてこの楽しさがシナトラの異常性と対比され、異様な雰囲気を生み出している。  シナトラとヘイドンの会話にも「Born Killer」という言葉が使われる。セックスより殺人で快楽を得る変態と蔑まれ、コミュニストの手先と罵られる。軍隊生活の会話からシナトラが名誉ある兵士ではなく、兵士不適合者であることを見抜き、挑発していくヘイドンのコントロール術は秀逸であった。  シナトラからどんどん奥の情報を引き出すヘイドンがついにはシナトラの悪夢まで聞きだす様子は特に優れている。自分も軍隊経験があると告げることで相手を安心させる。心を開かせコントロールしていく。シナトラの夢は自己嫌悪に悩む人間が見る典型のようなものでした。  もともと弱い人間に過ぎなかった彼が唯一自分の存在意義を証明できたのが軍隊での命のやり取りだったのです。そして復員後に、存在証明の場であったはずの命のやり取りにも敗北しようとする時、彼は「殺さないでくれ」と嘆願する哀れなチキンに逆戻りしました。  三人の犯人たちの死に様は三者三様ですが、三人ともにノワールらしい死に様、つまり犬死を遂げます。死んでも誰にも顧みられない哀れな末路です。  とりわけ印象的なノワール死?を遂げるのがポール・フリースでした。彼は仲間からも三下扱いされて偵察に一人で出された挙句、尋問に引っかかって命を落とす。マシンガンで蜂の巣にされてしまったため、司法取引をする時間も与えられず、死体としてゴミ捨て場に転がる。死体には用がない警察やFBIはさっさと何処かへ行ってしまう。  狙撃するために家に立て篭もっていたクリストファーの死に様も凄まじい。彼は感電死しながら機関銃を撃ち続け、その銃撃によって彼らの居場所を警官隊に教えてしまう。報酬として彼が受け取ったのは何百発もの弾丸でした。  ノワールに待っている結末は無様な死のみであることをこの作品で改めて見せつけました。  逆境に置かれていてもそこを切り抜けるための最適な手段を探し出そうとする冷静な感覚は将校が持つべき資質であるが、ヘイドンが備えている資質をシナトラは持ち合わせてはいない。下級一兵卒と下級士官の対比も出ていて興味深い。  短いながらも中身が詰まったフィルム・ノワールと呼ばれる犯罪映画の傑作のひとつです。シナトラの凄みを味わって欲しい。ちなみにその後に起きたケネディ暗殺事件のあとに彼はこの作品のフィルムを回収しに回ったそうです。大統領狙撃未遂事件の顛末がこの作品のストーリーですからこれ以上のイメージダウンはありません。  この頃の彼にはツキがなくなっていたのかもしれません。彼自身のマイ・ウェイも平坦な道のりではなかったのでしょう。 総合評価 88点 三人の狙撃者
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