良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『悪の報酬』(1956)鈴木清順監督の師匠、野口博志監督のフィルムノワール。

 日本映画界の最後のアウトロー鈴木清順監督の師匠、野口博志監督のフィルムノワールがこの『悪の報酬』です。いまではまったくの無名に近い野口監督ですが、彼の残した作品のレベルは恐ろしく高い。

 犯罪組織、異常な犯罪者、誠実な警察官(水島道太郎)、悪女、夜の街、暗闇と太陽光の落差、煙草の匂いと悪の匂いが詰め込まれた、まさにフィルムノワールと呼ぶに相応しい作品です。しかもこの作品には港町の情緒と家族愛がしっかりと描かれていて、たんなるギャング映画には無い哀しい温かさが満ちている。

 石原裕次郎小林旭ら大看板俳優を前面に押し立てた作品に比べ、スター俳優の出ないどちらかといえば地味で陽の目を見ない添え物映画にこそ、製作会社の真の実力が表れる。こういった作品には次代の映画会社を支える人材の育成の場という役割もあり、娯楽映画の作り方を基礎から学ぶには絶好の場所といえる。

 この作品にも期待の人材が起用されています。脚本に加わった舛田利雄、そして助監督と脚本に関わった鈴木清順が早くも頭角を現そうとしています。ケレンミのあるカメラの動かし方と作品のリズム、捻りの利いたストーリー展開には後年の個性を予感させる。

 というよりは鈴木監督に大きな影響を与えた人物こそ、この作品の監督を務めた野口博志であることを実感させられる。猥雑な酒場や喧騒に満ちた街並みを覆うフィルムノワールの香り、その香りに港町の潮の香りが同居する不思議な世界観が心地よい。

 演技面で印象に残るのは犯人役を務めた伊藤雄之助の怪演でした。彼の大きな存在感はこの作品では圧倒的で、他の俳優陣が霞んでしまうほど素晴らしい出来でした。黒澤明監督の珠玉の名作『生きる』で、志村喬を励ます三文小説家を演じた彼が今回は温かい家庭人と犯罪組織の副ボスという両極端の二重生活を送る犯罪者を演じています。

 家庭人を演じる時の彼はアットホームな雰囲気を前面に出し、犯罪者を演じるときには冷酷で非常な犯罪者の冷たさを辺りに撒き散らす。家族の絆と組織のしがらみが重くのしかかる。難しい役割だったと思いますが、楽しい仕事でもあったのではないでしょうか。

 組織の大ボスを演じた三國連太郎も良い味を出しています。暗闇の中で笑いながら死んでゆく三國の死に様はまさにノワール的な犬死で、その不条理さは野口監督が如何にノワールのセンスに溢れていたかを証明します。

 高品格、田島義文、山岡久乃(三國との共演作『死の十字路』でも良い味を出しています)、ディック・ミネらも活き活きと作品世界に調和しています。彼らが脇で支えているので、作品は締まってきます。映画では主役よりもむしろ脇役の人々の演技力によって作品の品格が上がってきます。日活のレベルってかなり高かったんですね。

 ガソリンスタンドごとの業火と黒煙に包まれて、ファム・ファタール(日高澄子)と抱き合いながら、彼女をピストルで撃ち殺した後に爆死する伊藤雄之助の衝撃的なラストシーンは日本映画の枠を軽く超えています。映像としても素晴らしく、ストーリーの仕掛けも斬新で見応えがあります。

総合評価 80点