『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)黄金色に輝く悪役スター、キングギドラ遂に登場。
伊福部昭による不穏で不気味なオープニング・テーマが鳴り響く中、金色の鱗とともにタイトル『三大怪獣 地球最大の決戦』が赤字で染め抜かれる。このときの金色は暗がりの中で画面に映され、ボディの部分のみであるためにどの怪獣のものかは解らない。
いまでこそ、これはギドラのものだと誰でも答えられますが、何の先入観もなくこの作品に接し、キングギドラの映像を見たならば、あまりの悪趣味でしかもとんでもなくカッコ良いそのフォルムにさぞ驚かれたことと思います。
序盤はゴジラとラドンが日本近海や本土で暴れまくり、それまでどおりのヒールとして活躍します。暗闇で客船を沈めたりする様子は悪役以外の何者でもない。作品中盤までは人間対ゴジラ・ラドンという構図は続きます。この作品の序盤を見る限り、厳密に言えば「ゴジラ対ラドン」の趣もあります。
その展開を覆してしまうのが、平和の使者モスラと極悪な宇宙怪獣キングギドラでした。彼らが象徴する概念である善と悪がはっきりと対照的に描かれてしまうと、その両者の間に入ったゴジラとラドンはその存在意義をまったく失ってしまいます。戦いを始める時も終えた時も主役はモスラとキングギドラであり、ゴジラとラドンは添え物でしかない。
本来ならばメイン・イベントとしても十分に機能するはずの「ゴジラ対ラドン」がただの前座試合に落ちぶれてしまいました。ラストシーンで置いてけぼりを食い、両者を呆然と見送るゴジラとラドンは惨めであった。そしてこの映画を象徴したシーンでもありました。
ヒールとしての存在意義を失くしたゴジラとラドンが手に入れた新しい存在理由は人間に迎合する形での「地球の正義」になってしまいました。人間をお子様に代えても文章は成り立ちます。哀愁を漂わせながら街を破壊しつくし彷徨うゴジラは1984年に新シリーズが始まるまで見られない。
またモスラといえば小美人(ザ・ピーナッツ)がまたまた登場し、日本のTVに出演したり、モスラをギドラと戦わせたり、日本の平和に大きく貢献してくれます。最初に彼女たちが登場するTVショーの時にゴジラ映画が子供向け映画にシフトした最初の演出が行われます。漫才師と子供を登場させ、小美人にモスラを日本に呼んでもらうように懇願するというシーンがあるのです。
怪獣を日本に呼ぶという発想は彼らがスターになってしまい、恐ろしい者ではなくなったという証明でもあります。人間の生命を脅かすか、自然の脅威として存在すべきだった怪獣達を子供の夢にまで退化させてしまった瞬間でした。これがゴジラが堕落する第一段階です。
第二の堕落への一歩はキングギドラに対抗するためにモスラによって行われたゴジラとラドンへの説得シーンでした。爬虫類代表のゴジラ、鳥類代表のラドン、昆虫代表のモスラで行われる話し合いはイスラム教、キリスト教、仏教代表による話し合いのようなものであり、纏まる訳はない。纏まるとしたら、「敵の敵は味方」という発想しかない。
さらなる恐怖であるギドラを迎え撃つためにはじめて地球防衛怪獣軍が設立された瞬間でもありました。彼らはモンスター語で話し合い、その通訳として彼らの言葉を翻訳してくれるのがマルチリンガルである小美人でした。長くて悪い夢が始まってしまいました。
ドラマパートは充実していて、航空機事故によって暗殺されたはずだったが生き残っていた若林映子(サルノ王女)を付け狙う暗殺者達と彼女の護衛を任務に負う夏木陽介(進藤刑事)との攻防が見応えがあります。記者であり夏木の明るい妹役でもある星由里子が夏木と若林をリンクさせる重要なキャラクターとなっていました。
星由里子と夏木陽介が喫茶店でコーヒーを飲むシーンがあるのですが、このとき注文していたのがブルー・マウンテンだったのには意外な感がありました。いまでもブル・マンは100gで1500円とかえらく高い値段が付いています。当時だと、いったいいくらだったんだろうか。
コーヒーが好きで、自分で挽くこともありましたので、ついついこのような何気ない台詞が気になって仕方ありませんでした。個人的にはコク、キレ、香りがしっかり揃っているマイルド・コーヒーであるコロムビア産、グァテマラ産、タンザニア産の豆が大好きです。ついでにいうとフレンチ・ロースト以上に深炒りしたもののほうが香りも良いのでどんどん飲んでしまいました。
飲み比べするのも好きでモカ・マタリ(イエメン産)、ブラジル産、ペルー産、マンダリン(インドネシア産で花の香りがします。)、メキシコ産などを交互に楽しんでいました。胃を壊してからは控えるようになり、一日一杯くらいしか飲めなくなったのが残念です。
それはさておき、いきなり金星人を名乗って日本語をしゃべるサルノ王女には違和感がありますが、若林の演技はしっかりしていますのでそれほど気にはなりません。ラストシーンでの『ローマの休日』を思い出す記者会見という設定もさりげなく行われていました。
もうひとつ気になったのがスーツの色の良さでした。カラーであることを強烈に意識していた頃の作品らしく、細部の色使いへのこだわりが嬉しい。
カラーの効果でもっとも恩恵を受けた怪獣こそがこの映画の悪役としてそのキャリアをスタートさせたキングギドラではないでしょうか。黄金色で覆われた圧倒的な質感はカラーでしか表現できません。
流れ星のように地球に落下してきたギドラの卵が徐々に活動し、金属を吸収する磁気を発し、火炎と放射能を帯びた蒸気煙を噴出してついには爆発し、炎の中から形を作り、キングギドラになっていく一連のモンタージュを捉え続けるにはカラーこそが最適な技術でした。もしモノクロでこれを表現しようとすれば、大変な照明の苦労があったと思います。
このときに付けられる伊福部昭の音楽がとてもマッチしていて、不気味さと恐いもの見たさの期待感が一体となるにはピタリとはまった音楽でした。いつもながら思うのは何故こんなに伊福部音楽は怪獣映画に合うのだろう。
何気ないシーンでもうひとつ覚えているのは金星人(若林)が暖炉の暗がりで本を読むシーンでした。子供の頃から何度も観てきた映画だったので気にもならなかったことでしたが、実はそんなに暗い場所ではありませんでした。では何故暗いと思っていたのか。それは台詞で語られるからなのでした。言葉というものは結構重い。
映像の作り方でも前半はゴジラが出現するシーンは夜の海で客船を破壊するところから始まりますし、ラドンも最初は音だけで存在を示したりして結構真面目に作られている。出来れば最後までその調子で行って欲しかったのですが、仲直り会話翻訳シーンや「ゴジラ頑張れ!」キャンペーンの高まりとともに急激に萎えていきました。
ドラマと怪獣同士の戦いもリンクしていて、王女がまさに電気ショックで殺されようとした瞬間に、キングギドラによって攻撃されたゴジラが送電線を破壊したために命拾いするというサスペンス的演出があります。同じように銃撃されようとした瞬間にゴジラによって踏み壊された岩肌がスナイパーを直撃し、命拾いします。つまり王女を助けたのは二度ともゴジラだったのです。
ただここで根本的な疑問がある。三大怪獣とはゴジラ、ラドン、モスラなのか。それともゴジラ、ラドン、キングギドラなのか。「地球最大」がそのあとに繋がるのでゴジラ、ラドン、モスラ組のことなのでしょう。シングルではギドラには勝てないことを最初から証明してしまいました。
怪獣界のアンドレ・ザ・ジャイアントとも言えるのがキングギドラなのです。倒されるためだけに存在価値がある哀しき定めを背負わされています。ゴジラがベビーフェイスに転向するためにもキングギドラの存在は不可欠でした。
地上に降り立つ場所に神社の境内を選んだのは偶然なのでしょうか。鳥居をバックに蠢くキングギドラの三つの首と黄金の翼はまさに邪神が地上に降臨した瞬間であり、ゴジラからギドラに悪役が移行した瞬間である。ちょうど大渡島での神楽がゴジラの呼び水になったように、神社の鳥居がギドラの露払いである。
ギドラ登場のテーマ、オープニング・テーマに加え、なによりも一回聞いたら忘れないギドラの鳴き声も含めて音楽と効果音響に優れた作品でもあったようです。個人的にはキングギドラにもっとも魅力を感じます。子供の頃に持っていた塩ビ人形のキングギドラはなぜか緑色でした。なんでなんでしょうね。怪獣らしくお城(松本城?長野方面でしたしね。)を壊したキングギドラの癖とともに不明な点です。何で怪獣は必ず城を壊すのだろう。
総合評価 68点
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