良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『深夜の告白』(1944)名匠ビリー・ワイルダーの、そしてフィルム・ノワールの傑作。

 ビリー・ワイルダー監督の三作目の監督作品にして、フィルム・ノワール作品の中でもベストの部類に入る傑作がこの『深夜の告白』です。脚本にレイモンド・チャンドラーを迎え、音楽には次の作品『失われた週末』でも起用するミクロス・ローザが参加しています。  意味深な標識の言葉、真夜中の車道を信号すら無視して無謀に猛進する乗用車、スリリングな音楽と暗闇が醸しだす怪しい雰囲気を感じ取った観客はすでにワイルダー監督の映画世界に飲み込まれている。見事なオープニングでした。  <ネタバレを含みますので、未見の方は要注意。>  人物の顔をはっきり見せずに背中や暗闇のなかで語りかける登場人物たちにたいして、観客は非常に大きな不安を覚える。登場人物が何を考えているのか分からない不安な感覚は映画の観客が本来有する神の視点を奪い、作品世界の人物たちと同じレベルに観客を落とし込む。観客を巻き込んでいく斬新なスタイルだったのではないでしょうか。  ぼんやりとした明るさと圧倒的な漆黒の闇の世界。ギザギザした図形イメージはこの作品には予定調和がないことを予感させる。また決定的な人生の選択を迫られる時には画面は強烈なコントラストの光と影で描かれる。  おそらくは戦時という時代の影響からくるのであろうが、内地にいながらも確実に存在する得体の知れない不安感、フレッド・マクマレイとバーバラ・スタンウィックの際どい会話、客観的にクールを装うのだが激情を隠せないフレッド・マクマレイのフラッシュ・バックは堕ちていった男の最後の言葉である。  そして男を食い尽くすファム・ファタールの魔性を撒き散らすバーバラ・スタンウィックの美しさ。さすがにヘア・スタイルには時代を感じてしまいますが、この女優は確かに美しい。『深夜の告白』にはフィルム・ノワールに必要不可欠の要素がすべて盛り込まれている。 完全犯罪を目論む男女の悪巧みと裏切り。ワイルダーとチャンドラーによって練りに練られたストーリーは今の目からすると、ありふれたものに見えるかもしれませんが、これが製作されたのは第二次大戦中なのです。1944年という戦時中にこのような反モラルな犯罪映画を公開できたアメリカ国内の精神的な余裕とわが国の切羽詰った悲惨な状況とでは雲泥の差があります。  バーバラ・スタンウィック演じる、悪魔のような後添えの妻が愛情のかけらもなく、また良心の呵責もなく、平然と夫に高額保険金を掛け、その保険金を得るために情夫と殺人計画を練り、殺人を実行する。さらに性質の悪いことにこの情夫は素人ではない。  彼すなわちフレッド・マクマレイは業界内部、それも保険会社の腕利きセールスマンであり、バーバラはその色気で彼をたらし込み、業界の実情に詳しい彼に計画を立てさせて完全犯罪を目論む。こうした犯罪を成功させようとする反社会的なストーリー展開だけでも当時の世相では相当ショッキングである。  殺人を企てたバーバラは以前にも夫の前妻に対して同じようなことをしていたという娘(ジーン・へザー)の衝撃の告白はフレッドを疑心暗鬼に陥らせる。たんなる愛欲と憎悪から殺人を犯したのではなく常習犯に近い異常性を持っているバーバラに気付いたフレッドは一気に問題解決を図ろうとする。  こうした二重三重に張った伏線もこの作品に奥行きを与えている。用済みになったフレッドにも同じ運命が待ち受けていることを暗示する。ただの単純な犯罪映画ではありません。  ファム・ファタールバーバラ・スタンウィックは夫を殺すために主人公フレッド・マクマレイを彼の人生をも狂わすであろう策謀に引きずり込んでいく。まずはこの両者の愛欲の関係が憎悪の関係に変わっていく人間模様が第一の軸になる。  第二の軸はバーバラと彼女の義理の娘(ジーン・へザー)との相克であり、この義母はかつてへザーの母親を殺し、こんどはボーイフレンド(トム・パワーズ)までも巻き込んで、彼に夫殺しの罪を被せようとするなどして自己の保身を図り、ことを進めようとするずる賢さを見せる。  かつて母親を殺され、恋人までも奪われようとするへザー。修正など望むべくもない義母と義娘の関係だけでも厄介だが、深く接していくうちにバーバラよりも娘へザーの方に愛情を感じてしまうフレッドの微妙な感情も見逃せない。身の回りすべてが底なし沼のように、袋小路のようにフレッドを追い詰めていく。  第三の軸はフレッドとエドワード・G・ロビンソンとの上司と部下という関係を超える男同士の友情である。保険会社の部署内で、犯人とクレーム対処係であり真相究明者であるロビンソンがともに働き、犯人であるフレッドがロビンソンの推理と検証によって徐々に追い詰められていくのを見るのはなんとも絶妙なシチュエーションであり、不幸な状況でもある。  発覚するのは時間の問題になっていく過程はまさにサスペンスである。煙草を吸うときに指でマッチの火を点けるさまはカッコよく、フィルム・ノワールでの堕ちていく男に相応しい仕草でした。いつもロビンソンの葉巻に火を灯していたフレッドが死に際に、彼に火を点けてもらう様は死に水を取ってもらっているようであり、映画の終わり方としてもスタイリッシュである。  この作品で最も味のある演技を見せていたのはエドワード・G・ロビンソンでした。渋さと優しさ、そして哀しさを感じさせてくれる好演でした。  ミクロス・ローザが付けた音楽も素晴らしく、サスペンスを煽り、作品を盛り上げていく。実に効果的な音楽を付けていた彼でしたが、ワイルダーとの仕事はこれと次の『失われた週末』で最後になってしまったのは残念でした。  映画の見せ方という意味でも優れた作品でもあります。ヘイズ・コードがあったのが大きな要因だったのでしょうが、殺人や銃撃などの過激なシーンやラブシーンを直接映さずに観客に想像させるスタイルは洗練されていて、最近の作品にありがちな汚らしさがない。そしてこのような規制の中でさまざまなシーンを表現しなければならない状況だからこそ、監督たちのセンスの良し悪しがはっきりと分かる。  ビリー・ワイルダーという人はコメディ、サスペンス、ラブストーリー、フィルム・ノワールなどさまざまなジャンルの映画を撮りましたが、どれも印象に残る素晴らしい映画に仕上げています。娯楽と芸術が上手く同居しています。  思い出すだけでも『アパートの鍵貸します』『第十七捕虜収容所』『サンセット大通り』『昼下がりの情事』『情婦』『お熱いのがお好き』『あなただけ今晩は』など優れた作品ばかりです。毎日一本ずつ彼の作品を見続けても、毎日唸らされる素晴らしさが彼の作品にはあります。  ワイルダー監督作品はとてもいいですよ。映画の撮り方の素晴らしさ、語りの素晴らしさ、そして音楽の素晴らしさを存分に味わえます。 総合評価 90点 深夜の告白【字幕版】
深夜の告白【字幕版】 [VHS]