良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『抱きしめたい』(1978)ゼメキス監督デビュー作品!本人たちの映画よりも素晴らしい?

 この『抱きしめたい』をはじめて見たのは80年代後半か90年代初めかはっきりとは覚えていません。WOWOWで見る度に録画を忘れてしまい、最後に録画のチャンスがあったのは1998年後半でした。そのときは忘れずに録画準備をしていたのですが、何故かそんなときに限って放送自体が流れてしまいました。

 特別番組があったからです。それは中田英寿が出場する予定だったFIFA主催のお祭りゲームである『世界選抜対その他の世界』のために、この『抱きしめたい』が犠牲になったのです。その後WOWOWではついに一度も放送されることなく、10年近くの月日が流れています。

 その間WOWOWに電話でリクエストの要望をしたり、レンタルを探しまくったり、四方八方手を尽くしましたがついに見ることは叶いませんでした。それがたまたま読んだスカパーの雑誌(契約しているところ以外はほとんど見ませんので気付きませんでした。)を見ているとスターチャンネルで放送予定があるのを見つけたのが二年前。すぐに契約し、ようやく10年振りくらいにこの作品を見ました。そのためにこの作品には思い入れがあります。

 ロバート・ゼメキス監督といえばもっとも有名なのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作でしょうが、個人的に大好きで何度も見ているのは彼の監督デビュー作品である、この『抱きしめたい』になります。タイトルからも解るとおり、ザ・ビートルズの代表曲『抱きしめたい』を映画の題名に選ぶからにはビートルズ映画かと思われるかもしれません。

 ビートルズ映画ではあるのですが、この作品はビートルズ・サイドからのアプローチではなく、ファンの視点から捉えられたビートルズ映画なのです。普段、僕らが見てきたビートルズ映像はすべてビートルズに焦点が当てられ、ファンはその他大勢としてスタジアムを埋め尽くす群像、もしくは騒音をスタンドから撒き散らすだけのノイズに過ぎません。

 この映画はスポットを当てられたことなど皆無の一般のビートルズ・ファンが巻き起こす騒動とビートルズがごく普通の生活を送っている彼らに与えた影響力の大きさをまざまざと見せつける内容に仕上がっている。

 ビートルズは時代を疾走し、多大なる影響を後続のミュージシャンやアーティストに与えたが、彼らだけではなく、むしろもっとも影響を受けたのは一般のティーン・エイジャーであり、熱狂と思い出は忘れられることはない。

 最近のニュー・アルバム『ラヴ』がチャートの一位を獲得することからも理解できるでしょう。今回のアルバムはさすがに聴き所も少なそうなので買うつもりはありませんが、『レット・イット・ビー・ネイキッド』が出たときには予約して買ったものです。

 60年代、それも1964年というのはビートルズアメリカに初上陸した年なのです。この年からライブを止める1966年までは数々の伝説を作っています。

 そのなかでもキャッシュ・ボックスのシングル・チャートの一位から五位をビートルズが独占、トップ100のなかにビートルズ・ナンバーが14曲を占めるという異常な事態を招くきっかけとなったのが伝説のTV番組である『エド・サリバン・ショー』でした。

 この映画はそのエド・サリバン・ショーの行われる前夜から当夜までの騒動をファンの視点から描いた貴重な作品なのです。実際のショーは1964年2月9日にビートルズ出演第一回目放送が全米に流されました。

 その時の視聴率がなんと72パーセント!視聴者累計が7300万人という信じられない数字を叩き出しました。イギリスではトップだったビートルズも、アメリカではほとんど無名だった訳で、まさかこのような成功を収めるとは夢にも思っていなかったであろうと思います。

 これは当人達にとっても夢の途中であり、彼らに会おうとしていたファンにとっても至福のときだったのかもしれません。ビートルズアメリカ人の初めての接近遭遇を描いた映画でもあるのです。フィルムには彼らに対する愛情と自分たちの大切な思い出のひとコマが同時に丁寧に描かれている。

 2月9日収録分の実際の演奏曲は以下の通りです。

『オール・マイ・ラヴィング』『ティル・ゼア・ワズ・ユー』『シー・ラヴズ・ユー』『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』そして『抱きしめたい』。

 ちなみに第二回はマイアミからの生中継、2月23日の第三回目に登場した時の収録はこの第一回目の時に同時に行われました。

 マイアミでは『シーラヴズ・ユー』『ディス・ボーイ』『オール・マイ・ラヴィング』『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』『フロム・ミー・トゥ・ユー』そして『抱きしめたい』の順で演奏、第三回目分は『ツイスト・アンド・シャウト(内田裕也の「シェヶナベイビー!」はここからでしょう)』『プリーズ・プリーズ・ミー』『抱きしめたい』。以上が実際のエド・サリバン・ショーに出演した時の演奏曲及び演奏順です。

 さて映画に戻ります。エド・サリバン・ショーのリハーサル風景から始まるこの作品はビートルズが出演していない(フィルム映像でちょっとだけ実物が出てきます)にもかかわらず、もっともビートルズの魅力を伝えてくれる不思議な作品です。

 ファンの視点で語られるビートルズの魅力を是非感じ取って欲しい素敵な作品なのです。その当時からあったのかどうか解りませんが、ビートルズの応援歌『ウィ・ラヴ・ユー・ザ・ビートルズ』を楽しそうに歌うファン(ビートルズ・マニアか?)を捉えた映像は素晴らしい。

 滞在しているホテルの窓からモップを振るだけでも「きゃーーー!」と叫ぶ彼女たちの映像を見るのはかなり楽しい。彼らの寝たベッド・シーツを欠片にして売りさばこうとする人々は実際にいましたが、この作品でもパロディで使われています。

 ファンが殺到してリムジンに乗りかかる様子も盛り込まれています。リバプール時代に彼らが自宅から出てくると大騒ぎになり、ジョージがリンゴを迎えに行ったときに身体中を掴まれて立ち往生している映像がありますが、この作品にもリムジンに向かってくるファンたちを車中から捉えた映像があります。『ゾンビ』を髣髴とさせる、まさに恐怖の光景です。

 話の筋としてはビートルズのホテルに侵入して彼らとの接近遭遇を試みるファンたちと警備の人たちとのせめぎ合いに多くの時間を取っています。あの手この手で彼らに近づいてくるファンたちへの対策に頭を痛める警備、ファンたちからお金を巻き上げようとするスタジオ・スタッフなどさまざまな立場の人々の立場ゆえの行動も興味深い。

 ルーム・サーヴィスの押し車に隠れて便乗して彼らの部屋まで行ってしまう少女パム(ナンシー・アレン)、彼らの滞在するホテルの空き部屋に勝手に入り込み、接近を試みるオタク系少年リチャード(エディ・ディーゼン)。ラジオ・ショーのクイズに何度でも電話を掛け、エド・サリバン・ショーのチケットを必死でモノにしようとする冴えない少女ロージー(ウェンディ・ジョー・スパーバー)の三人を主軸に物語を展開する。

 ビートルズ人気を「軟弱!」と罵り、TV局の巨大アンテナ破壊計画を立ててショーをぶち壊そうとする不良少年トニー(ボビー・デ・シッコ)やビートルズ批判をするPP&Mファンの女の子ジャニス(スーザン・ケンダル・ニューマン)など登場する人々の群像は実際にあの当時にいたであろうと思われる現実感がなんともいえない心地良さを与える。

 オタク少年とコロコロした少女の会話と交遊はこの映画の柱の一つです。チケットを得るためにならば、ハイウェイを走っている車から飛び降りてでもラジオクイズに電話で応募しようとする彼女、ビートルズが滞在するホテルの階のカーペットをむしり取ってしまう少年の過激さなどデフォルメされているものの、当時のビートルズ・ファンが彼ら四人に注いでいた熱狂と興奮と愛情を上手く伝えるキャラクターとして劇中で上手く機能していました。

 なかでも秀逸なのは父親が三枚のチケットを手に入れたものの、彼の一人息子が長髪を切らなければチケットを渡さないというシークエンスです。長髪はビートルズ世代が権威(当時は父親や学校)に対抗しているという「証し」だったので、これを切るというのは相当に重い意味があるのです。

 他にもショーの時には席を立ってはいけないとかエドが観客に訴えるシーンがあったりと結構、当時行われていた規制もきちんと描かれているのも興味深い。武道館ライヴでも席を立つなとか声を出すなとかいろいろあったようです。

 彼らの部屋に侵入することに成功した唯一の人物である少女は部屋に置いてあるカールへフナー(ポールのベース)、グレッジ(ジョージのギター)、リッケンバッカー(ジョンのギター)、そしてラディック(リンゴのドラムセット)を触り、彼らが使ったために髪の毛がついたヘアブラシに頬ずりする。まさにファン心理!まるでフェチのような触り方には笑いそうにはなるが、実際にあの場へ行ったファンならば、同じような行動をするであろう。

 ゼメキス監督はこのようなシーンほど愛情を持って撮影していたのではないだろうか。ビートルズ・ファンへの共感は自分たちの時代への共感と思い入れの強さでしょう。あの時代を彼らの新譜とともに過ごせた人々には彼らへの愛情があり、それはフィルムにも表れている。

 さまざまな思惑が交差し、ついに始まるエド・サリバン・ショー!決死の思いでチケットを得た「選ばれた人々(実際は728人。)」は歴史の生き証人となる。ショーでの演奏シーンはモニターからの映像(つまり本人たちの演奏)をうまく使い、臨場感を出している。このシーンに本人たちの演奏をカラーで作るのは不可能なので、こういった演出に落ち着いたのであろうが、良く出来ています。

 グループで彼らを観に来ていたなかで、唯一ショーを観ることの出来なかった男女二人がTV放送すら見ることもできずにリムジンで落ち込んでいると、ショーの出番を終えたビートルズ一行が偶然に彼らの車に乗り込んできて、会場を後にしていくというラスト・シーンは爽快で気持ち良い。リムジンは劇中で二度もファンから追い掛け回されるのです。

 このときに「どこでもいいから車を出してくれ!」と頼むマネージャーが二ール・アスピナール(本人はさすがに出ていません)というのも泣かせる。ついでにブライアン・エプスタイン役で誰か出してくれていれば、もっと楽しめたかもしれません。

 この映画で用いられていたビートルズ・ナンバーは以下の通りです。

『抱きしめたい』『サンキュー・ガール』『ボーイズ』『ミズリー』『ラヴ・ミードゥ』『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』『シー・ラヴズ・ユー』『PSアイ・ラヴ・ユー』『フロム・ミー・トゥ・ユー』『マネー』『プリ-ズ・プリーズ・ミー』『ゼアズ・ア・プレイス』『ティル・ゼア・ワズ・ユー』など。全曲上手くシチュエーションに合わせて挿入されています。どこで使われているかは実際にご覧ください。とてもいい感じですよ。

 スティーブン・スピルバーグ監督が製作に関わっていて、ロバート・ゼメキス監督のデビュー作品でもあるこの作品が凡庸なわけはありません。楽しくなる作品は早々ざらに転がっていませんが、ロック・ファン、60年代ファン、コメディ・ファンならば必ず嬉しくなるのは間違いない。

総合評価 95点