良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『転がれ!たま子』(2005)鉄兜を被る女の子が主役の不思議系映画。『アメリ』がOKな人へ。

 新藤風監督の長編第二作目となるのがこの『転がれ!たま子』です。ポップで可愛らしいDVDジャケットを見て、ツタヤでついつい借りてしまいました。主人公は、何故か子供の頃から鉄兜を頭に被る奇妙な娘たま子で、この役を山田麻衣子が演じている。お世辞にも上手いとはいえませんが、存在感は出しています。

 彼女の世界は自分の家の半径500メートル以内および運河で仕切られた区域内のみ。ここからは何年も一歩も出ていない。風変わりで奇抜な設定ではあるが、注意深く見ていくとごくごくオーソドックスなストーリー展開になっていることに気付く。エキセントリックに見えるのは彼女の一つ一つの行動と色彩の奇抜さのためである。

 鉄塔から犬に吠えかかる、傘で隣家の壁をガチガチ当てる、甘食だけしか食べない。しかも食べるのは日進月歩堂特製甘食だけである。こうしたエキセントリック系の女の子が主人公の映画といえば、オドレイ・トトゥ主演で人気があった『アメリ』を思い出す。あの映画を好きな人、及びあの感覚を好きな人ならば楽しめる一本でしょう。

 映像の特徴としては赤色を多用することから生まれる視覚的刺激となんとなくノスタルジックな光の当てかたが観る者を和ませてくれる。御伽話を見るような感覚で観るとちょうど良いかもしれません。図形イメージも意識して使用されていて、穴、運河の区画、バイクの車輪、傘、甘食など円環を何度も強調するのは大団円、つまりハッピーエンドへの暗示であろうか。

 自分の殻に閉じこもったままで、なにも出来なかった、たま子がミッキー・カーチスがパンを焼く日進月歩堂がなくなり、主食の甘食を失う危機に際し、甘食を求めて、つまり自らの生存のために自分の部屋から抜け出し、運河の向こうの隣町へ繋がる橋を越えて行くのは成長である。

 サクセス・ストーリーとはハリウッド作品のように、何も大向こうを唸らせるほどの大活躍のみを指すのではない。主人公がいままでに出来なかったことを、彼もしくは彼女が努力して出来るようになるのがサクセスストーリーなのである。

 生命の危機に際し、甘食を求める彼女はかつて日進月歩堂で修行したことのあるパン屋に押し掛け、嫌がるパン屋に直訴し、無理やりパン屋に就職する。彼女が修行を重ね、成長していくに連れて、かつて彼女を守ってくれていた周りの大人たち、兄弟、猫、不思議な少年、月歩堂夫婦が離れていく。

 これは彼女の親離れを描いている映画でもある。パンを焼けるようになり、自信を持ち、自立のキッカケを掴むたま子。いつの日からか彼女の頭からは鉄兜は無くなり、可愛らしい女の子が画面の真ん中を支配していく。彼女が人生をコントロールした瞬間だ。

 部屋から飛び出し、橋を越え、鉄兜を脱ぎ去ったときに彼女の世界は新しくなった。それとともに表情も豊かにかなっていく。主演の山田麻衣子が可愛らしい。新藤監督の演出と脚本、そして編集には甘さと粗さが目立つが、映像センスは持っている人です。

 あったかい雰囲気が映像にも現れています。ただし岸本加世子、竹中直人ミッキー・カーチス津川雅彦など脇を固める俳優には恵まれていただけに、ストーリー展開とキャラクターをどう立てていくかという演出さえしっかりとしていれば、もっと良くなっているべき作品でした。

 監督のキャリアにとっても、これからなすべき課題がはっきりと見えた作品でもあったのではないでしょうか。次回作に期待しましょう。

総合評価 57点

aisbn:4063375919転がれ!たま子