良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『鴛鴦歌合戦』(1939)日本オペレッタ映画の最高峰!時代背景を考えれば、この凄みが解る!

 マキノ正博監督の傑作ミュージカル(オペレッタ)映画にして、わが国の戦時下に公開された映画のなかでも最高峰と言っても良いのがこの『鴛鴦歌合戦』です。「鴛鴦」はおしどりと読みます。日中戦争には既に突入していて、二年後にはアメリカとも戦争を始めるという軍国主義真っ只中でこの作品が撮られて公開されたのはまさに奇跡としか言いようがない。  よくぞ軍部による厳しい検閲に通ったものだというのが実感としてあります。検閲官は間違えて許可してしまったのでしょうか。この時期の映画はどれもほとんどが「撃ちてし止まぬ」とかの軍国主義スローガンがタイトルバックの前に表示されるのが常なのに、ここにはそういったものは全く無い。公開当時はあったのかもしれませんが、今回CSで放送されていたものには一切ありませんでした。  この弾けかたはどうだろう?このアナーキーな世界観は何なのだろう?「ええじゃないか」的な刹那だが強大な生命力を感じて欲しい。軍靴の音は確実に身近に迫っている。いつどうなるか解ったものではないが、いまはカメラを回している。  この作品を観ると表面上はたしかに脳天気ではあるが、活動屋が自分の撮りたいものを撮りたいように撮っているという異様なまでの意気込みを嗅ぎ取って欲しい。  マキノ正博監督の反骨精神と意地、主演の片岡千恵蔵、ヒロインの市川春代、稀代の名優志村喬、昭和の大歌手ディック・ミネ、三人で千恵蔵を奪い合う服部富子(商人の娘)と深水藤子(武家の娘)らの突き抜けたような演技がいまなお放っている生命力、そして撮影を務めた名カメラマン宮川一夫の構図の妙が一体となった凄みは圧巻である。  マキノ監督の実父である牧野省三監督は「一スジ、二ヌケ、三動作」という言葉を残しました。スジとは物語(脚本)、ヌケとは撮影での鮮明さ(光をどう扱うか、構図の作り方も含まれるのではなかろうか)、そして動作とは演技のことである。マキノ監督は当然実父の影響を強く受けていたであろうことは明らかである。この作品でもその基本はしっかりと守られている。  台詞と歌が一体化し、しかもわざとらしさが全く無いほどに違和感がない。演者が楽しみながらこの作品に臨んでいるのは誰が見ても解るであろう。冒頭からのびのびと歌われる恋のさや当ての歌を当時の観客はどれだけ喜んだであろうか。  2007年現在の目で見ても、この映画は他を圧倒するほどのリズムの良さと生命力の強さを持つ楽しい作品なのです。ましてやこの1939年にリアルタイムで観た人々の衝撃の大きさは如何ほどであったのであろうか。  演技の奔放さはどのようにして生み出されたのであろう。当然マキノ監督の演出があってこそのものではあるが、俳優達の喜びの顔を他の戦中期の作品で見ることは稀である。とりわけ片岡千恵蔵を奪い合う三人の娘達を演じた市川春代服部富子、深水藤子の楽しそうでチャーミングな受け答えと可愛い歌声が強く印象に残る。  なかでも骨董狂いの父親(志村喬)の娘役を務めた市川春代の可愛らしさは尋常ではない。「ちぇっ!」「おとうさん、きらーい!」「おとうさんのばか!」などは一度聴いたら忘れられないほどのインパクトがある。そしてちょっとした動作や表情の可愛らしさは現在の女優に出せるものではない。  撮影では宮川一夫カメラマンが才能を既に開花させていて、狭い日本家屋内を広く見せるための庭や遠くの景色を利用して画面に奥行きを持たせて、平坦な画面を避けていくという構図のセンスの良さ、そして舞台のように橋を使うオープニング映像の迫力、傘を道一面に差しておいて芝居をさせる場面での傘の迫力と美しさには舌を巻く。  音楽の楽しさが映画を成功させる大切な要素でした。「ズン・チャチャ・ズンチャ♪ズン・チャチャ・ズンチャ♪」の楽しいリズムの元で歌われる、ほぼ全部といってもよいであろう台詞の数々。出演者すべてにピンで歌う機会が与えられていて、みなが自分に与えられた歌を楽しそうに歌っている。やってる人が楽しければ、観ているものにも必ず伝わります。  ほら貝やつづみを打っているのになぜかドラムやトランペットの音がするのはアフレコだから出来る芸当であり、これはこれで馬鹿らしくて可笑しいシーンです。さらに驚かされるのは主な出演者の歌声がとても味わいがあることでした。ディック・ミネは若殿(バカ殿かもしれない)らしいとぼけた味のある歌を彼の美声で歌いまくる。  志村喬はのちの『ゴンドラの歌』でも知られるように美声の持ち主であるが、その片鱗はここでも発揮されている。三人娘の歌唱力の可愛さも跳び抜けています。一番印象に残る歌は骨董狂いの志村とミネが歌う茶碗の歌です。  「さ~て、さてさて、この茶碗~♪さ~ても天下のいっぴんじゃあ~♪み~たか?きいたか?きいたか?みたか~♪」という馬鹿らしい歌詞が耳にこびり付いて離れません。    ただバカバカしく、微笑ましいだけではなく、「目が覚めるのは手遅れになってからと決まっている」などという台詞や演技の端々にちょっぴりの風刺とセンスの良い洒落っ気を入れているのがまた素晴らしい。  マキノ監督の映画人としての意地を感じさせる。「すまんなあ」と謝る、頼りない骨董道楽の趣味を持つ父親役の志村に「家のために妾になるなんていやよ!」と平気で言ってのける娘・市川という台詞の掛け合いは「親孝行」とか封建的な風習が強かった当時であれば、かなり斬新だったのではないでしょうか。  全編歌うシーンでは彼らの背後にいる出演者たちもリズムを取って揺れている。エンディングでの傘を使った全員のダンスシーンも見ものである。これは日中戦争時の映画なのです。この開き直り、この楽しさはまさにオンリーワンでした。 総合評価 86点 鴛鴦歌合戦
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