良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『カリガリ博士』(1919)ホラー映画の起源的作品にして、ドイツ表現主義のエッセンス。

 もともとはドイツの巨匠、フリッツ・ラング監督で撮影が行われる予定だったのが、『カリガリ博士』という風変わりなタイトルを持つこの作品です。事情はよくは分かりませんが、最終的にこの作品を任されたのはロベルト・ウィーネ監督でした。  ただしこの作品において、ウィーネ監督にはかなり制約があったのではないでしょうか。舞台美術にもっとも代表されるように、このフィルムは必要以上に芸術性重視の方向に引っ張られすぎているためか、撮影のアングルやカメラの動き方などを見る限り、もともと監督にはあまり自由度が与えられていなかったのでしょう。その代わりに、光と影の絶妙なバランス、カット割りによって、見事なフィルムに仕立てました。  作品が公開された1919年は映画だけでなく、すべての事象の現れ方になんらかの大きな影というか、暗さや退廃的なムードを漂わせている。全世界を巻き込んだ第一次大戦がようやく終わった翌年では人々も依然傷ついたままで、ホッとしたというところまでは行かなかったのでしょう。  第二次大戦後(厳密にはヴィスコンティ監督は『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でその傾向を見せている)に厳しく人間を見つめるネオリアリズム運動が興ったように、このときには新しいムーヴメントとしてドイツ表現主義フロイト的な精神分析の傾向が色濃く出てきたのではないでしょうか。  第一次大戦後(1914~1918)の混沌とした世相を反映し、旧来の常識や権威を疑問視し、それまでとは違う新しい動きを求まる人間が多かったためか、映画表現方法にも革新的な感覚が望まれ、様々な人文科学や芸術運動とのかかわりから刺激を受けだした時代だったのではないでしょうか。  第一次大戦で崩壊した価値観は再構築され、20年代にドイツ表現主義として大きく開花し、映画でもそのモダニズムと前衛性で他国を圧倒していきました。前述のフリッツ・ラング監督の『メトロポリス』でその絶頂を見ることになりますが、ナチスの台頭とともにすべての文化が崩壊してしまいました。  さて、『カリガリ博士』は一般的にはアヴァンギャルド映画、ドイツ表現主義の代表作品、あるいは精神分析的な要素を多く含む実験的作品と捉えられることが多い。しかしこの作品の中身をそれだけでは語りきれません。  表面上の奇抜な舞台的演出や精神分析的な脚本だけに焦点を絞ると、興味深いストーリーに惑わされてしまう。しかし映画として、じっくりと見ていかないと、じつはすべての映像が固定カメラによる撮影であり、キネティック・パワーが皆無であるという事実を見逃してしまうかもしれません。  リズムやテンポの変化が乏しくなるのを避けるために用いられるのは交互に入れる引き画とクロース・アップ、アイリス・インとアウトによる場面転換である。そして芸術的にデフォルメされた後ろのセットの変化で一本を見せきりました。  それはまさに最先端である映画人たちが否定したはずの演劇手法とストーリー重視の、実は古いスタイルの映画でしたが、それを補うためのさまざまな工夫がなされていました。もちろん演技がダメだったわけではありません。  ウェルナー・クラウスの演じたカリガリ博士の不気味さは初期ホラー作品すべての中でも抜群の存在感と安定感を誇っています。不安を煽る作品での彼の演技の重厚さは素晴らしいの一言に尽きる。ドイツ・サイレント期の名優であるコンラート・ファイトが演じた怪物のスリープ・ウォーカー、チェザーレの死臭が漂う薄気味悪さも捨てがたい。  悪役の演技がしっかりと決まっていてこそ、はじめてホラーやサスペンスは引き締まるので、クラウスとコンラートという二人の名優を悪役として使えたウィーネ監督は演出しやすかったであろう。  また二人の陰に隠れてしまいがちではありますが、フリードリッヒ・フェーエルがこの奇妙な作品の語り部として、そして物語の役柄でも重要なフランシス役を見事に演じている。彼が発狂していく時の凄みはクラウスがカリガリの誘惑に負けてマッド・サイエンティスト化する瞬間の凄みに引けをとらない。   ストーリー展開の結末は妄想オチという今では使い古されてしまった結末を迎えますが、当時は斬新だったことでしょう。妄想のフラッシュ・バックという発想は素晴らしかったはずです。  つまり演劇を否定するというのは何もドラマ性を否定しているわけではないのです。カメラの前でドラマが演じられているという事実を言っているのです。俳優の表情や所作動作はもちろんですが、それに付け加えて、カメラの動きや構図を使って、芝居の感情や意図を語るのが映画本来の姿です。  難点としては、もちろん動き回らなくても、ショットの積み重ねで十分に素晴らしい作品ができることも承知していますが、この作品ではあまりにも過激に、過剰に、そしてガチガチに舞台装置が出来すぎてしまっている。  そのために、前衛主義的な要素をアピールするはずが、かえって身動きの取れないというか、自由度が異常なまでに低い作品となっているようにも思えます。前衛の功罪ではないでしょうか。  もちろん斜め構図の多用やデフォルメされた舞台装置を見ているだけでも楽しいのも事実である。またモノクロであるために見逃してしまいがちではありますが、明らかにこの舞台装置にはさまざまな色彩を見ることが出来る。原色でセットを組んでいるのだろうなと思える黒と白の間の無数の彩色を感じて欲しい。  大げさとも思える人物の顔や建築物にペイントされている陰影の付け方やどぎついメイキャップは特異に思われるかもしれない。非現実的な世界観を醸しだすために付けられた演出はこの作品では見事に決まっている。不可思議であるが、たしかな芸術的な意図を感じさせる作品、それが『カリガリ博士』ではないだろうか。  古臭く感じる向きもあるでしょうが、この当時の事情を考えると、どれだけこの作品世界が異様なヴィジュアルを持っているかを想像するのは難しくはない。脚本、演出、環境(舞台装置)それぞれの完成度は異常なまでに高いレベルにある。  話の筋については多くを語りません。モンスターとそれを操るマッド・サイエンティストという構図は『フランケンシュタイン』そのものです。夜に本性を現すというのも吸血鬼で繰り返し使われる要素です。  また、この作品の演出、つまり見せ方は後のホラーやモンスター物に多大なる影響を与えているのは明らかである。棺桶の使い方の見事さは『魔人ドラキュラ』『吸血鬼ノスフェラトゥ』でも継承されています。怪物の追跡シーンは『フランケンシュタイン』でも似たイメージを見ることになります。  影と光の対比は絶妙であり、『フランケンシュタイン』『吸血鬼ノスフェラトゥ』『吸血鬼(ヴァンパイア)』『魔人ドラキュラ』にその遺伝子を見るのは容易であろう。影が人物に襲い掛かる殺人シーンの演出は今でも広く用いられる方法論である。  視聴倫理的なコードに引っ掛かるのを避けるためだけではなく、恐怖感というホラーで最も重要な観客の想像力を掻き立てるには影は制作者にとっては最大の味方なのです。どぎついシーンでも実体ではない影にやらせると表現がソフトであるにもかかわらず、むしろ恐ろしい。これは被害者側の視点ショットについても同じことが言えます。  この作品での最大の特徴である湾曲されたり、斜め構図で用いられる、デフォルメされた舞台装置もおどろおどろしく奇妙で不吉な印象を与え、作品世界に独特の深みを加えている。不吉な感覚を写実で表現する彩色された建物の影や忍び寄る悪意のような縦横に伸びる蜘蛛の足か蛸の脚かと見紛うようなラインの使い方は作為的ではありますが、効果的でした。  この映画はホラーの雛形というか原種と呼べるオリジナルなフィルムなのです。すべてが備わっているジャンルの源流がこの映画ではないでしょうか。そのために古臭く、仰々しく見えるのかもしれません。  が、それはここで用いられた手法があまりにもレベルが高く、他が模倣を繰り返し行ったために陳腐に見えてしまうからです。この作品の演出に罪があるわけではありません。  今回久しぶりに、それも二回見ました。一回目はIVCのビデオ版、二回目はIVCのDVD版でした。じつは編集が違っていて、ビデオ版は50分弱、DVD版は70分弱なのです。そして当然ながら、DVD版の方がより解り易い。重要なシーンが多くカットされてしまっているビデオ版では分かり難かった繋がりがDVD版ではスムーズに頭に入ってきます。  カットされていたシーンを幾つか。まずはカリガリ博士が見世物の営業許可を取るシーン。ここで博士は小役人に賄賂をつかませて、営業にこぎつける。最初から悪を観客に見せる。次に猿回しのシーン。猿回しの小屋と猿が何度か登場するが、これはカリガリ博士とチェザーレとの関係と同じであることを観客に示している。  街灯に明かりを灯すシーンとそれに繋がるデートシーンは災難に遭う前の彼等の束の間の平和を見せてくれていた。彼女が殺された親を探し回り、見世物小屋にたどり着くシーンなどそのほかにも実に多くのシーンが無残にカットされてしまっているビデオ版を見た人と完全版と呼んでも良いDVD版では観客の理解度はまるで違ってくるのではないでしょうか。  ビデオ版では、エッセンスは嗅ぎ取れるかもしれませんが、作品を十分に理解するにはDVD版を見ることをお勧めいたします。 総合評価 88点 カリガリ博士
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