良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『狂鬼人間』<パート2>『怪奇大作戦』のテーマには合致している。時代が許さないのか…。

 タブーの概念は時代ごとに変わるので、大丈夫になる時代がまた来るかもしれません。絶対的な価値観などそもそも存在しないわけですから、気長に待っていれば、普通に見れるときがまたくるでしょう。そうすると現在ある意味、神聖化されている第24話もただのお話の一つに加わるだけなのでしょう。  ストリップではないが、「見えそうで見えない」から「見たい」と思うのであって、いざ実際に見てしまえば、もはや何のことはないのです。見た人が各々の判断でどう思うか決めれば良いだけなのです。それを変に製作側が勝手な判断や一部クレーマーの意見のみを鵜呑みにすることで、物言わない大多数の人々が楽しむ権利、または判断する権利を奪っているのです。  クレーマーの割合と一般ファンの割合はどちらが多数かはすぐに分かることでしょう。隠せば差別がなくなると思っているのでしょうか。イチャモンつけて、快感に浸る輩は嫌なら見なければ良いのではないだろうか。見せて、はじめて「こういうことは差別なんだ。」と理解させる方がより健全なのではないだろうか。  またマニアが自分の持っているLDやビデオの希少価値化を狙い、値を吊り上げたり、希少価値そのもので得られる充足感を狙って、わざとクレームを入れているのではないかということも考えられるが、どっちにしても一般ファンが割を食う状況にしてしまったのは円谷プロの説明不足もあるのではないだろうか。
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 では実際にどこらへんが放送コードに引っ掛かるのであろうか。まずは解り易いところでいうと台詞に問題がある。台詞中に何度か「き○がい!」「狂ってる!」が出てくるのである。放送禁止コードに掛ってしまいます。  「せっかく犯人を逮捕しても、相手は精神異常者。しかも何ヶ月も経たないうちに、正常に戻っている。いけしゃあしゃあとお天道様の下を歩いている。全くバカな話だ」も拙い。短絡的過ぎるのだ。言いたいことは分かるのだが、精神異常者がすべて犯罪者になるわけではない。  もちろん現在も凶悪な異常者による犯罪が後を絶たない。しかも正常であるにもかかわらず、異常者を装うことで罪を逃れようとする人間ではない獣も数多い。こういった輩こそ、責められるべきであり、極刑に値するのではないか。
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 刑法第三十九条の不備を昭和40年代初頭の日曜七時のお茶の間に語りかけたのは勇気なのか、無謀なのかは分からないが、視聴者の何割かの人々は39条について考えるきっかけになったのではないだろうか。  「日本のように精神異常者が野放しにされている国はないのだから、政府ももっと考えてくれなくちゃね!」とある。これについては当時よりも今のほうが野放しになっているのではないだろうか。昔よりも現在のほうが気味の悪いヘンな奴が堂々と歩いている。  急に大声を張り上げたり、お店の商品を破壊したり、介護してくれる人に殴りつけたりとやりたい放題である。友人に一般病院だけではなく、精神病院などにも医療器具を卸す会社に勤めている人がいるが、病棟に行くと彼を患者たちが大勢で取り囲もうとするらしく、彼は非常に気味悪がっていました。
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 また仕事柄、看護師たちと話す機会が多いらしいのですが、殴られたり、爪で引っ掛かれたりと大変だそうです。しかもそういうことをする患者の家族に限って、ずいぶんと横柄な態度を取り、金に物を言わせようとする輩が多いらしい。  では一体誰が直接の現場で異常者と接する看護師や医師を守るのであろうか。人権主義者と称するおかしな知識人や弁護士どもは看護師や犯罪被害者の人権はどうでもいいとでも言うのだろうか。  人権を蹂躙された被害者たちにさらに苦痛を与えるのが弁護士や法律の仕事だというのか。それこそ「狂わせ屋」の出番ではないだろうか。このエピソードではずばり被害者の究極の復讐の仕方を提示しているのである。それは「異常者にやられたら、自分も異常者になって、やり返せ!」である。過激なのです。
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 つまり、ただやり返すのみならず、加害者であるが無罪になった犯人のように、自分も狂ってしまえば、どんなに凶悪な犯罪を犯しても、罪に問われないのを逆手にとって行うのである。これははっきりと刑法39条に問題提起している内容なのである。それも子供向け番組においてである。
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 異常者に家族を何の理由もなく惨殺されたヒロインが復讐のために作り出したのが脳波変調機なのである。精神異常、もしくは心神喪失状態でならば、重犯罪を犯しても、精神鑑定さえパスすれば、何事も許されるという刑法第39条の盲点によって、愛する者を奪われた被害者たちが逆にこれを利用して、復讐を遂げるという内容はかなりショッキングである。
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 そもそも異常者に愛する者を殺害された恨みを、自らが異常者になって晴らそうとするお話の内容にはまったく救いがない。しかも最後に事実が発覚し、SRIと警察に追い詰められた狂わせ屋は自ら脳波変調機の出力を最大にして、完全発狂してしまう。  その後の彼女が精神病院の檻のような病室で「か~ら~す~♪なぜなくの~♪」と童謡『七つの子』を歌いながら、歌の途中で絶叫するラスト・シーンはサイコ・ホラーとしても最高の恐ろしさである。
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 このような過激な話をわずか30分で語りつくそうとすると、どうしても細かいところ、つまりディティールが疎かになってしまう。このへんの「穴」をあちこちから突かれた結果が「封印」に繋がったのであろう。  実際におかしなところも多々ある。まずは異常者の描き方があまりにも分かり易過ぎるほど世間一般のイメージでしかないのだ。笑いながら人を殺すオープニング、興奮しながら日本刀で人を殺す大村千吉が登場する中盤、ピストルで同僚松山省二を殺そうとする岸田森の映像のことである。
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 そもそも精神に異常をきたし、正常な判断が出来ないからこそ、心神喪失者の条項が適用されるはずなのに、無差別に殺人を犯すわけではなく、ターゲットを絞り込んでの復讐ができるという時点ですでに異常者ではなく、単なる計画的犯行でしかないのではないだろうか。  とりわけおかしいのが岸田森と彼に指示を出す狂わせ屋とのやり取りである。異常者の彼に松山を殺すよう命令し、軍用銃を手渡すシーンがあるのですが、狂っている彼が何故彼女の言うことを冷静に聞き分けて、銃殺を実行しようとするのであろう。
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 精神異常者の取調べを行っている部署が「少年課」だったりと、細かいことを冷静に見ていくと、かなり粗が目立つのである。ただしこの作品が刑法39条について問いかけようとしたことは今でも、というよりも今こそ真剣に考えるべきテーマであることもまた事実なのである。  毎日のニュースをテレビで見ていても、異常者だけではなく、酒酔い運転等による犯罪はより凶悪化し、しかも毎日のように日本のどこかで、普通の人が首を傾げるような、そして目を背けたくなるような犯罪が起こっている。このまま凶悪犯罪を野放しにしておいたままでは、一般人が道を歩くのも危なくなってしまう。やられ損があってはならないと考えます。
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 作品自体を『怪奇大作戦』の他のエピソードと比較すると、話しのテンポの良さは素晴らしいし、特撮もほとんど皆無で、重苦しいテーマを追求すること一本に絞っている。特撮の枠を超えているのである。30分ではなく2時間掛けて、じっくりとディティールを語っていくべき作品だったのではないだろうか。  30分という枠組みのために細かい部分を割愛しなければならない、いわば「舌たらず」のために起こった封印騒動なのかもしれません。表現があまりにも画一的であり、異常者の行動もあまりにも短絡過ぎることが一般視聴者に誤解を生みかねないのは紛れもない事実である。
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 やられ損を無くすためにもっとも必要なことは刑法では罰せない、しかし社会不安と不公平感を生み出さないために、犯罪を犯した心神喪失者は病院から二度と出られないようにすれば、第二、第三の犯罪抑止になる。  こう書くと、「では治ったらどうするのか?」という意見が出るかもしれません。治ったのなら、自分が罪もない他人にどのような残虐で陰惨な行為を行ったのかを理解させれば良いのではないだろうか。
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 それは残酷かも知れないが、やったことの責任は取るべきなのだ。そうすることで、はじめて心神喪失者を人間扱いすることになるのではないだろうか。加害者の人権のみを商売繁盛のために擁護する馬鹿者はかえって、精神異常者は人間ではないと言っているに等しい。  実際、我が家の近所でも数年前に連続放火事件があった。そして犯人がようやく捕まったとき、その人物は近所に住む精神異常者だと知った時は非常に驚いた。さらに驚いたのは彼は去年の秋に心神喪失を理由に罪を問われずに放免され、すでにまた何食わぬ顔で、いけしゃあしゃあと暮らしているのだ。
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 近所にこのような犯罪者が心神耗弱または喪失だということで、普通に社会生活をしているのが我が国の現実である。この不安と恐怖は誰の責任なのか。この作品が問いかけたことは今も答えが出ていない。何の進展もなく、ただ人権重視?の一部団体の圧力の前に、今も報道関係や放送関係は出来るだけ突っ込んだ議論をしないように逃げ続けている。  マスコミも圧力団体と同じで、叩きやすい所を叩いているだけなのだろう。人権とは何か、法律とは何か、精神病とは何かを各々が考えるべきテーマを与えてくれたこの第24話を封印してはならないというのが結論です。制作側が判断するのではなく、購入側が判断すれば良いのだ。「隠すな!出せ!考えさせろ!」と言いたい。
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 このように大きな問題となってしまっている第24話ではあります。しかし個人的にはもっと過激な作品が何本もあるのが『怪奇大作戦』だと考えております。たとえば『かまいたち』の過激さは『狂鬼人間』より飛び抜けているように思える。  このエピソードでは殺人の動機は復讐などという解り易いモチベーションではない。無差別女性バラバラ連続殺人犯が普段は何気なく真面目に働いている様子が淡々と描かれる。捜査の末に逮捕された彼だったが、調書を取ってみると、実は彼には何の動機もなく、ただ殺人を犯していたという内容でした。
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 どちらがより衝撃的でしょうか。一般人の誰でもが凶悪な犯人になり得る可能性を示唆するこのストーリーこそ、より狂気を肌で感じるのではないでしょうか。ほとんどの人は『怪奇大作戦』というと『狂鬼人間』のことばかりをクローズアップしますが、個人的にもっとも衝撃的だったのは『かまいたち』でした。  『怪奇大作戦』での好きなエピソードとして『恐怖の電話』『霧の童話』『かまいたち』『京都買います』『オヤスミナサイ』『呪の壷』『狂鬼人間』『死神の子守歌』『光る通り魔』を挙げておきます。というか全26話中に駄作に当たるのは一本もありません。全6巻のDVDを所有しておりますので、頻繁に見ております。
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 「ぎゃああああ~あ!!!」 闇をっ!引・き・裂・くっ! 怪し~い悲鳴ぃ~♪ 誰だ(ハモる) 誰~だ 誰~だ 悪魔が 今夜も 騒~ぐのか~♪ オー! えすあ~ら~い♪ えすああら~い♪ 謎~を~追え~♪ えすあ~ら~い♪ えすああら~い♪ 怪奇~を暴け~♪  レッツ・ゴー!!!! (エンディング『恐怖の町』より~♪ byサニー・トーンズ) DVD 怪奇大作戦 Vol.6
DVD 怪奇大作戦 Vol.6