『レッド・クリフ』(2008)三国志の四大戦争のひとつ、赤壁の戦いを怒涛の映画化。
レッド・クリフと聞いて、「赤壁の戦い」を思い出した人はかなりの三国志マニアかもしれません。一般に三国志というと、ビジネス書コーナーなどでぼんやりと書店で見たこともあるでしょうが、実際に手にとって、購入するところまで行く人は稀でしょう。むしろ現在ではPCゲームや漫画などで読んだ方のほうが大多数かもしれません。
しかしこの歴史絵巻を一度読めば、一生の友となる魅力を備えているのは明らかです。『バビル2世』などで有名な横山光輝の描いた大河漫画全60巻でも良いでしょう。アニメでも良いでしょう。しかしもし出来るならば、吉川英治の小説『三国志』全八巻か『三国志演義』を読んで、魅力を堪能して欲しい。あっという間に八冊の小説を読み終えることに驚かれるかもしれません。それほど登場人物たちは活き活きと描かれていて、彼らの人生を懸命に生きている姿に感動を覚えることでしょう。
また1982年から1984年に掛けて、NHKで毎週放映されていた人形劇『三国志』の出来栄えも素晴らしく、毎週楽しみに見ていました。ビデオ化もされていて、またスカパーの時代劇専門チャンネルなどでも不定期に放映がありまして、三年位前に全話一挙放送があったときにはすべて録画しました。
NHKは他にも『平家物語』なども人形劇で放送していましたが、どれも出来が良く、いつも見ていました。視聴料の不払いとか、不祥事とか暗い話題ばかりの国営放送ですが、大河ドラマやシルクロードなど質の高いものをアーカイブとして持っているわけですから、教育テレビ等で再放送していって欲しいですね。
ただ気になったのは国営放送は視聴者からの視聴料で番組を作っているのだから、二次利用して得た利益を視聴者に分配すべきなのではないでしょうか。民放ならともかく、視聴者もお金を払うスポンサーなのですから、二次利用に関してはもっと言う権利があるのではないでしょうか。
製作者だけの利益ばかりを、著作権がどうのこうの言う前に、スポンサーの権利も明確にして欲しい。これはスカパーやWOWOWなどについても当てはまると思います。二次利用で得た利益を還元すべきでしょう。
さて、レッド・クリフ。『三国志』で描かれる大きな戦いは全部で4つあります。第一の戦いは前半のクライマックスとなる曹操と袁紹が北部と中原の覇を争う「官渡の戦い」です。第二の戦いが今回の『レッド・クリフ』で描かれる曹操と孫権・劉備の連合軍がぶつかる「赤壁の戦い」となります。
ちなみに第三の戦いは孫権と劉備が真っ向からぶつかる「夷陵の戦い」、第四の戦いが諸葛亮孔明と司馬懿仲達による「五丈原の戦い」です。このときには有名な「死せる孔明、生ける仲達を奔らす」という諺まで生まれています。読めば読むほど、深みにはまる三国志、ぜひ機会があれば秋の夜長に。
この馬鹿でかいスケールの歴史絵巻を描くのはおなじみのジョン・ウー監督でした。脚本も彼が書いています。ところどころにお約束のワイアー・アクションやらスローモーションを多用するカンフー映画の要素をちりばめていて、楽しい京劇を観るような作りになっていて、観客を飽きさせない工夫が随所に見られる。
リアリスティックに戦いの悲惨さを表現することも出来たのでしょうが、ここでは豪華絢爛なエンターテインメントとしての『三国志』を描くというスタンスのようです。それは良い悪いではなく、製作姿勢なのでゴチャゴチャいわずに、このスペクタクルを味わいましょう。
エピソードの中では大喬(孫権の兄・孫策の妻)・小喬(孫策の友人にして、呉の軍師でもある周瑜の妻)の姉妹を我が物にせんとする曹操の漢詩を使って、周瑜を開戦に向けて扇動する孔明の様子や度々周瑜によってなされる孔明暗殺未遂の悪巧みなどは省略されていました。おそらく第二部で描かれるのでしょう。もしここが描かれないままに完結してしまうようだと深みが半減してしまいますので、きちんと描いて欲しい。
また大変地味なシーンではありますが、曹操が好き勝手に君命を下そうとしている漢王朝末期(献帝の御前シーンはどこか『ラスト・エンペラー』を思い出させる。)にあって、彼を諌めようとして処刑される孔融(『論語』でおなじみの孔子の末裔。)の姿もまた強烈な印象を残す。
出演にはトニー・レオン(周瑜)、金城武(諸葛亮孔明)、チャン・フォンイー(曹操だが、本来の三国志の主役は彼なので、もっと魅力的な人物を配役して欲しかった!)、チャン・チェン(孫権)、フー・ジュン(趙雲)、中村獅童(甘興。甘寧なら知っていますが、この名前は知りませんでした。)が起用されています。
その他、特別出演にリン・チーリン(小喬)、ユウ・ヨン(劉備)、ホウ・ヨン(魯粛)、バーサンジャプ(関羽)、ザン・ジンシェン(張飛。三国志でもっとも人気のあるキャラクター。) なども顔を揃える。リャオ・ビンビンも『ドラゴン・キングダム』に出るよりも、こっちに出て欲しかった。同じくアンディ・ラウも『墨攻』で見せた汚れ役の延長として、鳳雛先生役で使って欲しいです。
見所はなんといっても、広大な中国を舞台にした合戦シーンのスケールの大きさに尽きます。実際に現地でロケが行われたのかは定かではありませんが、この迫力はぜひとも映画館で観ることをお薦めいたします。大音響・大画面の迫力で観てこそ活きる映画です。
なかでも八卦の陣を映像化した努力には感服します。「八卦の陣」とは、「八門金鎖の陣」とも呼ばれていて、休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門からなる陣形のことです。『三国志』では何度もこの陣構えが出てきて、それを破ったり、仕掛けたりの攻防も楽しめます。
どこから攻めれば良いかというと、生・景・開門は吉なれど、傷・休・驚門は痛手を負い、杜・死門は滅亡すると言われています。まあ、読んでもよく分からないでしょうから、観てください。2時間半という長尺ではありますが、時間を感じることなく、いつの間にか終わっていました。
その他、個人的に楽しかったシーンとしてはトニー・レオンと金城武による琴のセッションを挙げておきます。楽器の響きでお互いの気持ちを表現するというスタイリッシュな会見は言葉に頼らずに感情や考え方を映像で表していて、心地よく響きました。戦国時代に大名が茶道を使って、政治戦略を語った話を思い出しました。
なにも情報を得ないで観て、尺も前編後編の第一部だということも知りませんでしたので、「こんな丁寧に描いているのならば、5時間越えるのかなあ…。」などと思っていましたが、商売に長けた映画関係者がそんなにサービスが良い訳もなく、結局第二部に引き継がれていくというのをあとで知りました。
おそらく二部で語られる「苦肉の計」・「連環の計」・「借刀殺人」・「無中生有」など三十六計を駆使したエピソードがてんこ盛りに語られる三国志の魅力をどう映像で表現していくのかが楽しみです。
日本もぜひ『平家物語』を壮大なスケールで映画化して欲しいものです。義経の活躍、木曽義仲の騒乱、壇ノ浦の戦いなど見所はたくさん作れるはずなので、全メジャー映画会社共同で文化事業としても有益だと思いますので、製作して欲しい。
総合評価 80点