『華麗なる殺人』(1965)近未来、殺人ゲームを合法化した、パラレル・ワールドを描いたSFコメディ。
昔、といってもつい数年前に読んだ本に『映画の文法』という一冊がありまして、その内容はカットの意味、編集の技術、アングルの意味などを纏めた、かなりマニアックなもので、分厚さも凄まじく、高校で使っていた辞書くらいの厚さを誇る労作でした。その本の中で、テキストとして採り上げられているのが、カルロ・ポンティ製作、エリオ・ペトリ監督、そして主演にイタリアの俳優として最も有名なマルチェロ・マストロヤンニ、ヒロインにウルスラ・アンドレスを迎えた、この作品『華麗なる殺人』でした。
英語タイトルは無骨な『The 10th Victim』、原題の方(イタリア語表記も英語題と同じ意味の『La decima vittima』)も内容を物語っていて好きなのですが、これにも無理やり邦画タイトルをつけようとする配給側の思惑のためか、「華麗なる」などという妙な冠を被せられてしまいました。もっとも『マストロヤンニがやってくる!ヤアヤアヤア!』よりはましなんで、良しとせねばならないのでしょう。
『大いなる陰謀』でも感じたことではありますが、少しでも興行成績を残さんがために致し方ないにせよ、いい加減な邦題をつけるくらいならば、原題をカタカナ表記をするなどをしたほうが親切であろう。邦題で騙し、CMで騙す、そして酷いのになると内容も「騙し」になっているものも多い。
邦題への不満はともかくとして、90分弱の上映時間がとても早く感じられます。つまりテンポが良く、流れのある良いSFアクション映画に仕上がっているということです。SFとはいっても、設定でパラレル・ワールドを展開していくストーリーなので、時代や舞台は普通にイタリアの街並みや地中海?リゾートが出てきます。
ヨーロッパSFらしいのはSFといっても、アメリカ映画のようにすぐにロボットやらUFOなどの特撮に頼ったキャラクターや設定を登場させるわけではなく、どちらかというとドリフ大爆笑の「もしも~」コント・シリーズのように、今現在のシステムの中で、何かひとつの社会的なルールが変わったら、どうなるかという設定型SFとでも言えばいいような脚本で、映画を語っていきます。
お金は出来るだけ使わないという姿勢が根底にありながらも、芝居はきちんと積み上げていき、室内撮影の内装にはポップな感覚を入れて、「似ているが、どこか落ち着かない」世界を構築していきます。
戦争が否定されたが、暴力のはけ口を求める民衆のために制定された、この別世界で展開される殺人ゲーム「ハント」のルールは至って簡単である。
1.ゴールは10回のハント成功であり、ハンターと標的は5回ずつの交代制。
2.ハンターは標的の名前・住所・生活習慣などすべての情報を知っている。
3.標的は誰がハンターかを知らされない。
4.各ハントの勝者には賞金が出て、10回勝ち抜くと100万ドルもらえる。
補則としてはもし誤殺した場合は懲役30年の刑、レストランや病院など公共性の高い建物では射撃禁止などがあり、どこでも、そして誰かを巻き込んではいけないというルールの下で殺しあう。
最初は近未来SF映画、それもハードボイルドな殺人を取り扱ったものでもあることから、真面目に撮っているように見えるのが、徐々に箍が外れだし、気がつくといつの間にか、しかめっ面をして、真面目な振りをして演技しながらも、ポップなファッションや控えめなエロチックさが画面に充満してくるイタリア製SFもどきブラック・コメディに変容してくるのがなんとも笑えます。
この映画で楽しいのはハンターが中国茶販売会社(明茶カンパニー、だったかな?)にCM出演を依頼され、殺人ゲームの現場をそのまま撮影し、視聴者を釘付けにしようという物騒な契約を結ぶのですが、殺されようとする標的側(マストロヤンニです。)もこの会社に逆提案をして、彼女を殺すからギャラをよこせという二股契約を結ばせます。
業者にしたら、どっちでもいいので了承するものの、「ただし殺しの舞台は絵になるコロセウムでやってくれ!」というくだりが人命軽視のこの近未来世界を象徴しているようで、じつはわれわれの世界そのもの、そして、マスコミの番組製作姿勢への痛烈な批判をしているのがいかにもヨーロッパ的なブラックな笑いを誘う。
途中、いかにもイタリアらしく、奥さんとの離婚問題や愛人との金の切れ目が縁の切れ目的なシークエンス(フェリーニの『8 1/2』みたい!)、こうした女たちと大揉めに揉めた後、最後に標的マストロヤンニとハンター・ウルスラが国家監視の下で殺し合いながらも、なぜか恋に落ちていくという、いかにもイタリア的な展開となり、結果としてイタリア国家を騙しきって(まあ、騙しやすいんでしょうね…。)、パンナム機に搭乗して、アメリカへ飛び立っていく。ここまでくると、理屈はどうでもよくなってきます。
さらに興味深いのがラスト・シークエンス。もともとは殺し合いがゴールのはずであったが、実は違うということがこのあとに明らかになる。主人公はヒロインに嵌められてしまい、機内で銃を突きつけられるという状況下で、無理やりに結婚させられて映画が閉じられるのである。つまり、殺し合いよりももっともつらいのは結婚ですよ、というブラック・ジョーク的な落ちがついてエンディングを迎えるのだ。センセーショナルな内容でストーリーを語っていくのに、最後は苦笑いさせて終わらせるというのはいかにもヨーロッパらしい皮肉っぽさが素晴らしい。
総合評価 75点