良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『THIS IS IT』(2009)“キング・オブ・ポップ”マイケルのラスト・ステージが観たかった。

 マイケル・ジャクソンの名前をはじめて意識したのは中学一年生のときで、マイケルの大ヒット作となったアルバム『スリラー』からちょうどポール・マッカートニーとの初デュエット『ガール・イズ・マイン』がシングル・カットされたときだった。レコード屋さんに買いに行ったとき、二人がにやけた顔で写っていたジャケットが妙に記憶に残っています。  中学生当時のぼくはビートルズ・ファンでしたので、このシングル盤を買ったのもポールへの興味がメインだったのですが、いざ聴いていくと、マイケルの存在感が圧倒的で、ポールは完全に添え物になっていて、大きな衝撃がありました。  その次の週には同じレコード屋さんを再び訪れたぼくは迷わずに洋盤コーナーで「M」のコーナーからマイケル・ジャクソンの『スリラー』を探し出しました。1982年の発売当時はまだそんなに超人気というわけではなく、みんなが騒ぎ出したのは発売後、年を跨いだ1983年の冬にシングル・カットされ、エディ・ヴァン・ヘイレンがギターで参加した『今夜はビート・イット』や当時の恋人で女優のブルック・シールズのことを歌ったといわれる『ビリー・ジーン』がヒシングル・カットされて、大ヒットしてからでした。  結局このアルバムからは6枚ものシングル・カットが行われ、『ガール・イズ・マイン』『ビート・イット』『ビリー・ジーン』『スタート・サムシング』『ヒューマン・ネイチャー』『PYT』のシングルが生まれました。しかもそのすべてがベスト10入りするという驚異的なセールスを見せつけました。
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 洋楽に興味のなかった多くの日本人がマイケルをはじめて見たのはおそらく1984年の年頭に公開されたPVの『スリラー』だったと思います。どれほどこのPVが話題を呼び、人気を博したかというバロメーターとなるのは当時のバラエティ番組の最高峰である「おれたちひょうきん族」でウガンダ・トラがマイケルに扮して演じられた日本版スリラーがオンエアされたことでも明らかであろう。  パロディが成立するのは元ネタを誰でも理解できるという状況がすでにお茶の間に出来ているときのみです。ぼくはこのひょうきんスリラーも大好きで、日本の墓地のセットに出てくる幽霊たちは白装束に三角の頭巾をつけていたり、轆轤首、唐傘お化けやおばけのQ太郎まで出てくる始末で、かなり笑えるものでした。それもマイケルについての思い出のひとつです。ウガンダももう亡くなってしまい、当時を見ていた者としては寂しい限りです。  ひょうきん族はさておき、マイケルの大ファンというわけではありませんでしたが、僕らの世代のスーパー・スターの最後の姿を見ておこうと思い、劇場に足を運びました。まず何に一番驚いたかと言えば、今年五十歳を越える年齢になるはずのマイケルの見事にシェイプされていたボディでした。
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 あれだけトラブルにつぐトラブルで精神的にもおかしくなっているのではないかと思え、痛み止めなどの薬漬けだったはずの彼のシャープな動きに圧倒されました。今回は摂生によるものなのか、それとも薬物依存によるものなのかは判然とはしませんが、スクリーンに映し出されたマイケルは八十年代と変わらずスマートなままの姿でした。  彼と一緒に仕事が出来ることになったバンドメンバーやダンサーたちはみな目が輝いていて、仕事をするというよりも、憧れのスターと共演出来る喜びを噛みしめていました。時折ステージ袖を写すカメラの映像はリハーサル中に歌っていたり、踊っているマイケルの動きを見ながら、ノリノリで踊っているダンサーやスタッフたちという映像が多数あり、彼らもまたマイケルの大ファンであることが分かり、ほのぼのしていて良かった。  なにせ特等席でマイケルのステージングのノウハウを学べる機会なのですから、プロ意識をさらに高めることも出来ますし、単純に彼の生ライブを楽しめるのですから羨ましいですね。  もちろん仕事ですので、マイケルからの厳しい注文や指摘が相次ぎますが、彼らはマイケルを愛しているので、トラブルにはなりません。また素晴らしいのはただただマイケルの言うことを何でも言われたとおりのままにするイエスマンではなく、言うべきことはきちんとマイケルに進言するプロフェッショナルの姿勢も合わせて持っているのです。より良いものを作り出そうというアーティスティックな面では誰も妥協していない。
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 レンズ・マン(5メートルはあると思われる全体を鏡張りにしているロボットのようなもの)がステージに下りてきて、中からマイケルが飛び出してくる。そして、いきなり始まる『スタート・サムシング』でぼくは中学生に戻りました。LP『スリラー』でもオープニングを飾るこのナンバーは、リズミカルに刻んでくるビートのうねりと速射砲のようなボーカルが聴く者を瞬時に彼の世界に引き込んで行きます。  今回のステージで彼は「ファンが聴きたいナンバーを歌う。これが最後の公演になる。THIS IS IT !」」と発言していましたが、言葉通り、基本的に多くの昔のナンバーを散りばめていて、僕らの世代は大満足となるセット・リストでした。有名な記者会見の模様が流される。このときは1986年の『BAD』がBGMとしてかかっています。  この曲もとんねるずのパロディが印象深く、最後のコーラスの掛け合いで、マイケルの整形手術についてのブラック・ジョークに大笑いしました。このパロディはともかく、このナンバーのPVの出来は『スリラー』よりも完成度が高く、この次に紹介する『スムース・クリミナル』とともに大好きなPVのひとつです。
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 『JAM』のイメージ映像のCG制作過程を見せたあとに、クライマックスのひとつである『スムース・クリミナル』に入っていく。このナンバーはマイケルの作品中では中期から後期に入っていく時期の作品で、ダンサブルなナンバーの中では最も完成度の高い作品だと思います。  前かがみになる例のダンスが見られなかったのは残念でしたが、映画の後ろのほうでステージの全景を映す引きのショットがあり、その中にステージの一部が持ち上がっていくショットがありました。あのダンスには仕掛けがあり、そのヒントとしてああいうショットも収録されていたのでしょう。  この『スムース・クリミナル』のときに後ろのスクリーンで流される映像がとても凝っていて、『ギルダ』『ヒズ・ガール・フライデー』『東京ジョー』『犯罪王リコ』『三人の狙撃者』の断片映像がインサートされていました。特に『ギルダ』の映像はリタ・ヘイワーズが酒場のショーで『プット・ザ・ブレイム・オン・メイム』を歌うクライマックス・シーンのものが使用されていて、その映像にマイケルを合成していました。
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 もとの『スムース・クリミナル』のPVもキャバレーでのギャングとの抗争を描いた傑作でしたが、ここでもかつてのギャング映画やモノクロ・フィルムの良いところを取っていて、見ていて楽しんでいました。若い客層が多かったので、多分誰も分かってないんだろうなあ、と思いつつもショーの完成度にこだわる彼らのプロ意識を見せてもらいました。  ぼくはリタ・ヘイワーズのファンなので、大画面に映し出されたリタを『ショーシャンクの空で』以来の十年ぶりくらいに観れただけでもかなり嬉しいサプライズでした。ケニー・オルテガ監督とああでもない、こうでもないと色々試しながら、バックの映像を作っていた彼らはとても楽しげに作業をしていました。  『ヒューマン・ネイチャー』はいつも通りとてもセクシーで、紫色のライトに照らされたマイケルは魅力的でした。1983年頃に彼のライブ映像を見る機会があり、そのときに同じような照明のもと、彼の指だけがダンスを踊る『ヒューマンネイチャー』の映像にゾクゾクとしました。  マイケルの名前を全世界に知らしめた『スリラー』は新たな映像が製作され、それもリハーサルの合間に流されました。いまならばCGだけでも作れそうですが、敢えてそうはせずに特殊メイクをしたパフォーマーたちを動員し、暖かみのある作品に仕上げている。これもただ流すだけではないようで、イメージ映像に出てくる大蜘蛛が現実のステージにも姿を現してきて、マイケルに飛び掛ろうとしてくる。
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 『スリラー』のリハーサルでは特殊メイクをしたダンサーたちも一緒にあの有名なダンスを踊っているのがなんとも楽しい。この映像だけではなく、多くの映像に出てくるオブジェクトは現実にステージの上にも登場してくる。『アース・ソング』に出てくるブルドーザーもステージに出てきます。  バーチャルだけではなく、現実に存在するのもこのステージのポイントかもしれません。ただ凝ったCGを駆使するだけではなく、使うところには人間を大量動員していました。このナンバーはマイケルの代表曲であるだけではなく、八十年代を代表するナンバーですので感慨深かった。しかしまあ、二十一世紀にフィルム・コンサートを観るとは思いませんでした。  質の高さは半端ではありませんが、楽しみつつもこれは映画なのか、それともフィルム・コンサートなのかという二つの考えが交差していました。ドキュメンタリーにしては主観的過ぎるし、エンターテインメントとしては断片的過ぎる。そういったマイナス面を上回るマイケルの魅力に浸れば良いのでしょう。
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 このステージ及びそのリハーサルにかけられたマイケルの熱意は凄まじく、リハーサルなどという軽いノリで観に行くと足元をすくわれます。『ブラック・オア・ホワイト』や『ヒール・ザ・ワールド』など80年代後半から90年代にかけての名曲もどんどん出てきます。  そしてオールド・ファンには嬉しいジャクソン5コーナーがあるのもサービス精神旺盛のマイケルらしい。『アイ・ウォント・ユー・カム・バック』『小さな体験』『アイル・ビー・ゼア』を歌う彼のバックのスクリーンにはジャクソン5当時の映像が流される。ついでに『ベンのテーマ』や『ABC』もやって欲しかったですね。  後半のクライマックスのひとつとして出てくる『今夜はビートイット』では観客との掛け合いを想定した「HO!」や「OOH!」の煽りが楽しく、このときにはマイケルはクレーンに乗って、観客の頭上に下りてくるような仕掛けを考えているようでした。『アイ・ジャスト・キャント・ストップ・ラビング・ユー』での女性コーラスとのデュエットも楽しい。
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 後半はどちらかというと環境問題を扱ったナンバーが多く、『アース・ソング』『ヒール・ザ・ワールド』の印象が強い。マイケルはこのコンサートで環境破壊についてもメッセージを残していて、「破壊を止めるには今が最後のチャンスなんだ!」と訴える。  こうしてすべてのリハーサルが終わったあとにスタッフみんなで「1!2!3!マイコ~~~!!!!」と叫び、コンサートの成功を祈る。作品はそのままエンディングに入り、新録音の『THIS IS IT』とともにテロップが流れてくる。ここで席を立つ人も結構いましたが、今から行く人は席を立ってはいけません。なぜならこの作品はまだまだ続いていくからです。  新曲がフェイド・アウトしてから最後に再び『ヒューマン・ネイチャー』が流れ、この曲のリハーサルが入った後に、『アース・ソング』のイメージ映像に出ていた女の子が地球を抱いている映像が入ります。さらにマイケル最後のメッセージ「HEAL THE WORLD!」が流れる。そしてついに本来行われるはずだったロンドンのステージへ向かうマイケルの足が映り、観客の大歓声の中、ステージの幕が開く刹那、映画は終わる。
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 最後までマイケルについて行った観客のみがこれらのメッセージや映像を観ることが出来る。見逃さないでください。あっというまの2時間でした。改めて思うと、青白い照明と紫がかった照明でマイケルは映える。またダンサブルで速いナンバーよりも、スローテンポなナンバーの方がより美しく、魅力的でした。  見ていて興味深いのは踊っているマイケルの姿勢がとてもシャキッとしていることと動きのメリハリがきちんとしていることで鋼のように、しかもしなやかな竹や柳のように変幻自在に踊りで自分を表現する彼はやはり只者ではない。踊っている彼はとても美しく、動く芸術「POETRY IN MOTION」でした。  完璧主義者のマイケルは終始的確な指示を出し続ける。時にエゴイスティックに、時にハーモニーを大切にしながらステージを作り上げようと努力する彼の姿を見れただけでも十分でしょう。彼は音楽だけではなく、ダンスも、そして観客からの視点や会場の盛り上げ方なども熟知していました。こうやったらもっと観客が喜ぶであろうということにも貪欲で、何十メートルはあろうかという巨大スクリーンに映し出される曲ごとのイメージ映像にも積極的にアイデアを出す様子は、まさにキングオブポップの名に恥じない凄みのある姿でした。  もっとも自分が魅力的に、しかも周りのダンサーやバンドの良さも引きだそうとする姿勢はとても謙虚で、マスコミの作り出した幻想とはまったく違う超一流のエンターテイナーが職人気質で最良のステージを模索する様子が克明に描かれていました。
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 マイケルのファンはもちろんですが、これまで彼を誤解し、偏見を持っている人にこそ是非に観てもらいたい。常にお金の問題ばかりが話題になり、実際この映画の収益を巡っても、事前に数十億とも言われる資金を前渡ししていたロンドンの興行主や身内のジャクソン家の人々、そして離婚した前妻が見苦しい争いをしているようです。  ジョン・レノンの妻だったという理由だけで、ビートルズのビジネスに口を出す小野洋子のようにならないことを望みます。このリハーサルで見るマイケルは音の出し方、間の取り方、テンポの合わせ方、そして音を出すタイミング、ダンサーの踊り、果ては照明の当て方まで、舞台上の全てに気を使う彼は超人的でした。  劇場の大音量で観たい作品です。ドキュメンタリーであり、ミュージカルでもあります。リハーサルでこれだけの完成度を誇るこのステージがロンドンの大観衆の前で実際に演じられていたならば、ロック史上に残る一大スペクタクルになっていたのは間違いない。 総合評価 85点
スリラー
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
2001-10-31
マイケル・ジャクソン

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これを聴かずに音楽を ...
最高ですマイケルジャ ...
ああ、ヒーローはそう ...
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