良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『霊魂の不滅』(1920)サイレント黄金期の傑作。日本ではこの映像美を見られないのが残念です。

 北欧スウェーデン生まれの映画監督、ヴィクトル・シェストレムのサイレント映画の傑作『霊魂の不滅』が公開されたのは今から一世紀近く前の1920年となります。  上映されていた当時は世界的評価を受けたそうですので、もしかすると淀川長治さんなら見ていたかもしれません。淀川さんは1908年生まれで日本公開は1922年、そして彼は幼少期より劇場通いをしていましたし、著書にこの映画についての記述もあります。  リアルタイムかどうかは分かりかねますが、作品自体は観ておられたはずです。蓮見重彦との対談でもこの映画について語られていたのを読んだ覚えがあります。  監督・主演・脚本を務めたヴィクトル・シェストレムはのちに同じスウェーデン人監督のイングマール・ベルイマン作品『野いちご』に出演していたので、それで覚えている方もいるでしょうが、本来は監督でした。
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 しかし残念ながら現在、我が国ではビデオもDVDも発売されておらず、映画専門書などでスチール写真を見るか、画質の悪い海外動画サイトでぶつ切りにされた断片を見るしかありません。  つまり、我が国ではもったいないことに作品のマスター・フィルムが存在しているにもかかわらず、欧州サイレント時代の名作の全貌を捉えられない状況がずっと続いているのです。  欧米ではPAL盤DVDが発売されているようですが、日本ではリージョン2は規格外となってしまうので普通には再生できません。テレビとDVDプレイヤーをわざわざPAL対応のもので買い揃えるか、リージョン・オールのフリフリのDVDプレイヤーを買うか、もしくはPCの小さなディスプレイで我慢するしかない。
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 お金持ちならともかく、一般視聴者にとっては現状で一番現実的なのはPCでの視聴となります。今回ぼくが手に入れたのも欧州仕様の規格となるPAL盤DVDでしたので、本来であればテレビの大きな画面で見たいところですが、仕方なくPCでの視聴になりました。  この作品の相場価格は5000円~6000円のようなので、1500円で今回購入できたのは幸運だったのでしょう。5~6年くらい前に一度だけVHSビデオ版のこの作品をネットで見かけました。  日本版が存在しているのかどうかも定かではありません。あるいは海外版だったのかは覚えていません。とにかくアマゾンの中古品で6000円台後半で出ていたことがあり、「ああ、ビデオは売っているんだ。」と呑気に構えて、2時間くらい別のことをしてから再度見に行ったときにはすでに誰かが購入したあとでした。
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 それ以降、PAL盤などの輸入品取り扱いサイトなどで探し続けましたが、すべて品切れになっていて、ヤフオクのアラートに登録していたものの出物もなく、引っかかっても映画チラシくらいで、ずっと見られないまま今日に至っていました。  そしてついに本日、五年越しにこのDVDが届きました。今回ははじめて海外規格であるPAL盤のDVDをPCで再生しました。パソコンなら普通に再生できるとのことでしたが、実際に起動するまでは不安な気持ちでした。  しばらくすると問題なく動き出してホッとしました。やっと落ち着いた気分になって、作品を楽しめました。作りたいものを世に送り出したい、こういう表現もありだろうという気概と北欧映画にある独特の冷たさというか静さを当時の作品からも感じます。  上映時間は106分とそれまで一般的だった93分版よりも長い収録時間になっているので、おそらく現存していたマスターに新たに見つかったフィルムを継ぎ足してこの収録時間になったのかもしれません。
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 グリフィスの『イントレランス』やシュトロハイムの『グリード』などのようなセットやフィルムなどに膨大な予算を注ぎ込んで製作された作品を別にすれば、当時としては長い部類に入るのでしょう。しかも基本的にはシンプルなので、金食い虫にはなってはいない。  物語は5部構成になっていて、各パートが20分程度にまとめられています。第一部から第五部ということですので、もしかするとシリアルのように今週はここまで、次回分は来週になりますという感じで興行したのでしょうか。  不気味な死神の馬車や幽体となった主人公たちは二重露光により透けて見え、一層の恐怖を増してくる。ぼんやりとしていて、ゆっくりと音も立てずに進んでくる馬車はこの世のものではないというおどろどろしい雰囲気を映像で見事に表現しています。映像表現に革新をもたらした作品だったからこそ、観た者のインパクトが強く、今でも語り継がれているのでしょう。  
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 感想としては1920年というサイレント映画黄金時代を迎えようとしていた、まさにその真っ只中に、根気が必要で丁寧な仕事が必要となる二重露光の特撮にこだわり抜いた作品が存在していることに嬉しくなりました。  さきほどの幽体と肉体との分離など多くの幻想的な映像表現がその後の映像作家たちに多大な影響を強く与えたのかがあらためてよく分かったのも収穫でした。  もうひとつ驚いたシーンがありました。それは酔っ払ったシェストレムが妻子が逃げようとするのを妨害しようとするときに出てきます。どのようなシーンかというと、酔いつぶれたところを鍵をかけて部屋に閉じ込められたシェストレムが引き出しから大きな斧を取り出し、ドアノブを破壊し、ドアの上部を斧で叩き潰し、中から妻子の様子を覗き込むというものです。  つまりスタンリー・キューブリックの問題作品『シャイニング』でジャック・ニコルソンの表情が大きなインパクトを残した有名なシーンのオリジナルがここにあったのです。今回『霊魂の不滅』を見ることによってはじめて、あのショッキングなシーンはキューブリックも衝撃を受けたからこそのオマージュであったことを発見しました。
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 このシーンでは扉一枚を挟んでの切り返しショットの組み合わせによって生まれるハラハラとする緊迫感は素晴らしく、逃げ切れるかどうかのサスペンスに当時の観客も引き込まれていったことでしょう。『イントレランス』や『國民の創生』で見られる同時進行のクロス・カッティングやフラッシュ・バックも上手く使われています。  たまに有名な映画サイトなどをのぞいていると、昔の映画のイメージやストーリーを新作がオマージュしているのに、まるでその映画がオリジナルであると勘違いしているような感想が書かれている文章を見かけます。クラシック映画を見ているとこういった映像に出くわしますので、自分への戒めにもしたい。  グリフィス監督の『散り行く花』にも父親の暴力から逃れようとするリリアン・ギッシュが物置に隠れ、鍵をして彼から逃げようとするシーンがあります。似た感じではありますが、映像の撮り方ではこの作品の映像作りが近い。  ムルナウの『ノスフェラトゥ』での映像表現が後のホラー映画の原点であるように、この作品のそれも原点のひとつである。ムルナウの画面がドイツ表現主義的なデフォルメされた絵画的なミザンセヌを強く意識した作りになっているのに対し、シェストレムの画面はリアリズム描写を貫きつつ、幻想的な世界観を見せてくれる。
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 さらに彼は立体的で豊かな表現をすでに考えて、自身の映画作りに実践している。二重露光のテクニックによって奥行きと前面を強く意識させるだけでなく、観客の目前に迫ってくる彼の映像の先見性は尋常ではなく、卓越した映像センスをもっと評価すべき映画監督なのです。  最近はハリウッドや欧州作品が格安DVDで販売されていますので、ぜひともこの作品やブニュエルの『黄金時代』、デュリックの『狂熱』、マン・レイアヴァンギャルド作品などをリリースしてほしい。  版権などが難しいのでしょうが、若い人たちが気軽に見られる環境が出来るようになんとか頑張って欲しい。クリステンセンの『魔女』が格安DVDで発売されていますので、なんとかなりそうな気もしますが、今でもリリースされないということは何かしら理由があるのでしょう。
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 それでも映画ファンであるならば、作品世界を覆い尽くす幻想的な死のイメージを堪能したい。計算し尽くされた論理的で緻密な美意識に裏打ちされている作品を気楽に楽しめる状況になるよう望みます。  画面が制作者の美意識で張りつめてくる緊張感と下世話な人生を送る出演者たちと救命軍の美しい女士官が織りなす、ありふれた宗教寓話のアンバランスな可笑しさは一見の価値があります。  単純に画としても美しい。もっと知られて欲しいクリエーターです。ネットでは「PHANTOM CARRIAGE」「KORKARREN」か「PHANTOM CHARRIOT」で検索すると断片的な動画に触れることが出来ます。
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 断片を見るだけでも凄みを感じられるはずです。いつかこの映画の日本語字幕版が発売されることを熱望いたします。映像として強烈なインパクトを与えてくれるのは飲んだくれの主人公シェストレムがまさに息絶えようとしている刹那、まさに肉体を離れる瞬間を捉えたシーンでしょう。  その後、自分の前にある死体を眺めていた霊体の主人公ヴィクトル・シェストレムがじつはその死すべき人間の屑が自分であることに驚愕する場面を見るだけでも価値があります。今ではありふれた映像表現でしょうが、これは1920年にすでに実践されているわけですから、現在のクリエーターにも実験的な表現をどんどん出して行って欲しい。  特撮的な場面以外にも見所はあり、善と悪、光と影で分けるように、彼との対比として描かれる救命軍の女士官が印象的です。まだ映像文化に慣れていなかったであろう観客やもしかしたら、この映画が初めて観た作品であったとすれば、間違いなく生涯トラウマになったことでしょう。
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 光と影や生と死のバランスも美しく、初期からすでに物語性、明暗などの二元論的な分け方が映画では効果的であることをクリエーターたちが証明しています。  記憶に残るような映像が次々に現れてくる。死ぬということがどういうことなのか、限りのある人生をどう生きるべきなのかを示唆する作品でした。  百年近く経ってしまっているので、もちろん時代遅れな宗教寓話として鼻白んでしまう方もいるでしょうが、シェストレムの持っていた映像美への貪欲な姿勢を感じてほしい。  サイレント映画に対して、今の若いファンが持つイメージはセリフも音楽もないので情報量が少なく訳が分からない、大袈裟な演技に笑ってしまう、モノクロ画面が暗くて気味が悪いなどでしょうか。  最初の情報量の少なさについては不必要なくらい大量の説明的なセリフや情報量を画面に注ぎ込んでいくテレビやトーキー以降の映画の責任でしょう。  全部言ってもらわないと分からない、察するという感覚が麻痺しているのが現在の姿なので、情報が少ないと理解できないというのは人間の質が落ちてきていることの証なのかもしれません。
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 これらメディアにより、幼少期から感受性を麻痺させられた子供たちは動きや顔の表情から相手の思いを読み取ることが出来なくなってきている。しまいには言っても理解できないほど愚かな子どもたちも増えてきていて、相手のことはどうなっても構わないが、自分だけが可愛い者が日に日に増殖しているように感じる。  次のポイントとしては大袈裟な演劇的な、またはパントマイム的な感情の見せ方については音のないサイレント初期では当たり前でしたが、黄金期に公開されたエーリッヒ・フォン・シュトロハイム監督作品などを見ていくと、リアリズム描写に突き進んでいる様子を理解できますので見る前からすべて同じだと思わないで欲しい。  モノクロ画面が持つ独特の暗さについていけない人もいるようで、子どもたち世代にとっては白黒というだけで拒否感を持つ者もいて、実際に知り合いの子どもはカラーのウルトラセブンは楽しそうに見ているが、モノクロのウルトラQを恐がるというのも間近に見ています。  この映画も表現の豊かさで全盛期を迎えていたサイレント黄金期に相応しい作品の一つなので、サイレント表現の良さ、二重露光などの特撮、リアリズムへの取り組みが上手く混ざり合った絶妙な作品に仕上がっています。好き嫌いせずに良いものを見ていきたい。 総合評価 89点
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