『あれ』(1927)初期ハリウッドのセックス・シンボル、IT GIRL!クララ・ボウは快活でした!
原題は『IT』。スティーブン・キングにも同名タイトルの小説がありました。なんとも意味深で、変わったタイトルです。しかも邦題が『あれ』ときました。
冒頭で「あれ」とは何かという説明が入ります。心の底から染み出る美しさと性的な魅力のことで、男は女に対して、そして女は男に対して持っている磁石のようなものだという。なんか分かったような分からないような感じになります。
主演のクララ・ボウはこの作品で人気に火がつき、一気にハリウッドのスターになりました。初期ハリウッドのセックス・シンボルの誕生です。
『キングコング』(1930)での叫びの印象が強く、スクリーミング・フェイ・レイとあだ名された彼女とともに人気女優だったようです。クララ・ボウが活躍していたのは1920年代ですから、露出もほとんどありませんし、水着にも根強い抵抗があった時代です。
ぼくらがまだ小さかった1970年代でさえも、ピンクレディーの衣装について、露出が多すぎると問題視していた人も大勢いました。それだけ皆が純粋だったのでしょう。
ただしリリアン・ギッシュのような浮き世離れしたサイレント時代のアイコンでは現実味がなく、感情移入ができない。その反面、セダ・バラやニタ・ナルディのようなヴァンプの系譜も続いていくわけですから、昔から男には女に破滅させられたい願望があったのでしょうか。
両極端なベビー・フェイスとヴァンプの中間にあるのがリタ・ヘイワーズやマリリン・モンローに繋がる、より現実的
なセックス・シンボルとしてのアイドル女優だったのかもしれません。
そこで今回登場するクララ・ボウはスクリーン上でどのような躍動を見せたのだろうか。今週、ミナミで飲んだ帰りに久しぶりに心斎橋のTSUTAYAをのぞいて見ると、だいぶんと前に撤去されていたVHSビデオが一部復活していて、この作品もそのなかに含まれていました。
じっくりと調べていくと、ちょっと前に記事にした、ハワード・ホークスの『ピラミッド』の日本語字幕版ビデオまでありましたので、即借りしました。
まあ、見終わったら、奈良からミナミまで返却しにいくのはかなり面倒くさいのですが、捜査の基本は足だという露口茂の言葉通りに文句は言いません。
昔見た東京12チャンネルで深夜やお昼の時間帯にやっていたようなDVD化されていない作品はまだまだ多く、しかもビデオは年々減少しているので、かなり捕獲するのが難しくなっている。まだまだ見たい作品があるので根気強く探し続けていきたい。
映画の内容としては現在のハリウッド・ラブ・コメの原型とも言えるような作りがなされていて、キャメロン・ディアズらのラブ・コメが好きな方ならば、見ていて飽きることはないでしょう。
ラブ・コメの定番である上昇志向のある下町の快活なねえちゃん(クララ・ボウ)があの手この手を駆使し、大金持ちのアントニオ・モレノ演じるデパートの社長にプロポーズさせるというあまり何も考えなくて良い、純粋に楽しめる作品に仕上がっています。
道化役を演じたウィリアム・オースティンもかなり印象が強い。主人公と恋の相手を結ぶキューピット役というよりはクララに惚れつつも、立場上、社長とクララの恋の橋渡しをせざるを得ない哀れな役どころでしたが、彼はITはないが令嬢を手に入れる。
また新聞社の記者というチョイ役であのゲーリー・クーパーが出演しているのもオールド・ファンには楽しい。最初何も考えず見ていましたが、何か見覚えのある男前がいるなあと思っていたら、やはり彼でした。クーパーも人気が出るのはトーキーになってからでしたから、それまではチョイ役で食いつないでいたのでしょうね。
映画のカットも洒落ているものが多く、なかでもクライマックスの海に投げ出されて、客船ITOLA号の甲板に戻る手前のイカリに乗って抱き合ったクララとアントニオは“ITOLA”とイカリの上の船首に書かれたサインを左右で挟んでいる。キスしようとするとき、二人のツーショットはアルファベットの“OLA”を互いの身体で隠す。
つまり彼ら二人の間には“IT”が存在するという洒落た構図になっているのです。この映画にはそういった洒落っ気に満ちていて、遊園地のコーヒーカップのような、くるくる回って、乗っている観客を端っこに跳ね飛ばしていく遊具があり、クララが飛ばされるときにスカート中が丸見えになりそうになるシーンがある。
もちろんそんな下世話なアングルは観客には見せないが、別カメラではそうなっているのだろうなあというのはすぐに分かります。そういった部分はコメディで押し通せるし、セックス・シンボルとしてのギリギリのカットであることも想像に難くない。エロにもコメディにも取れるラインを狙っているのでしょう。
この完成度の高さはどうだろう。そのままのプロットでも、古臭くなってきているディティールをちょっと変更するだけで、21世紀でも十分に通用するだろう。そのことが意味するのはいかにこの作品が優れているかの証明です。
セックス・シンボルの定義は時代ごとに異なるのでしょうが、クララ・ボウが体現したのは快活で、健康的なはちきれそうな年頃の女の子の魅力でした。リタ・ヘイワーズやマリリン・モンローのような妖しいどす黒さは『IT』出演時のクララにはまだない。ただ彼女はトーキーには対応できずに消えていきました。
総合評価 80点