良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『恐怖の足跡』(1961)ロメロやシャマランに多大な影響を与えた幽霊物のホラー。薄気味悪い…。

 映画評論家の町山智浩のベスト・セラー『トラウマ映画館』でも取り上げられていた『恐怖の足跡』は現在、廉価版DVDが発売されているので氏が紹介したトラウマ映画の数々の中では比較的入手しやすい作品です。  ちなみに入手しにくいのは『不意打ち』『バニーレークは行方不明』『裸のジャングル』『傷だらけのアイドル』『ロリ・マドンナ戦争』『愛すれど心さびしく』などのそもそも日本版VHSもDVDも発売されていないものが第一グループです。これらは海外版ならばDVDやVHSがアマゾンやヤフオクに出品されています。 ただ注意しなけばいけないのは通常の日本製DVDプレーヤーでは再生できないリージョン1だったり、PAL版だったりするので間違えないようにしたい。もっともPCでの視聴で良しとするのであれば、リージョン・コードは気にせずとも普通に再生は可能です。
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 第二グループは『追想』『尼僧ヨアンナ』『恐怖の足跡』『悪い種子』『マンディンゴ』『妖精たちの森』『質屋』などで、これらは日本語字幕版DVDが発売されていますので、興味を持たれた方がいれば、ご購入を検討ください。  第三グループは日本語字幕版の発売はされていないが、WOWOWやスカパーで放送されたことのある作品群で、『悪い種子』『質屋』『裸のジャングル』『戦慄!昆虫パニック』『不意打ち』『恐怖の足跡』などはオンエアされましたので、それらを録画している方は視聴が可能でしょう。  またかつてはVHSが出ていたもののDVD化されていない『わが青春のマリアンヌ』のような作品もあり、この作品のVHSは10000円以上もします。
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 また少ないでしょうが、大昔の東京12チャンネルで放送されていた映画を録画されている方がいれば、上記の作品のテープも残されているかもしれません。  町山氏の著作で紹介された作品群はレンタル店ではなかなかお目にかかることのない代物ばかりではありますが、ハリウッド・メジャーではなかなか作品化されにくいようなアクの強いストーリー展開が斬新で、独立プロならではの魅力を放っています。『マンディンゴ』に関してはハリウッド・メジャーが製作しましたので、かなり批判に晒されてしまったようです。  クラシック作品で目立つのはスター出演作品やアカデミー賞受賞作品でしょうが、マニアックな映画ファンの記憶に残り、長い間に渡って語り継がれていくのはこういった癖のある映画なのです。
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 『恐怖の足跡』ではブルース・ウィリス主演で話題になった『シックス・センス』のアイデアがすでに1960年代に示されていることを気づかせてくれます。あの映画が公開されたときに誰も見たことのないようなアッと驚く結末なので、見ていない人には言わないで欲しいとの予告が流れていました。  あとになってこの『恐怖の足跡』を見たときに『シックス・センス』のシャマラン監督はオリジナルのアイデアを考え出したわけではなく、ここで使っていたアイデアを上手く再利用していただけなのだと分かる。  すると、後々の彼の作品群を見ていても、『シックス・センス』のときのような煌めくセンスに出会えないことにも納得出来る。あれだけの閃きを映画化出来た彼がなぜその後の作品群で質的に落ちる作品しか残せないのかを理解できるでしょう。
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 またジョージ・A・ロメロ監督の衝撃的だったホラー映画の金字塔『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド』のゾンビのメイクや撮影の仕方は明らかにこの映画のゴーストたちのメイクの影響を受けている。  静かで不気味なあの映画でのゾンビの動きは異様に映っていましたが、『恐怖の足跡』ではその原型を見ることが出来る。バスに乗り込もうとしたヒロイン(キャンディス・ヒリゴス)に亡霊たちが追いすがろうとするシーンや遊園地で彼女を追いかけるシーンは『ゾンビ』でエレベーターから両手をかざしてウジャウジャ出てくるゾンビの元ネタでしょう。  いろいろ類似点を書いていくとキリがありませんが、ジョークは新しいものを考えるのではなく、それを知らない人を探して言うのだというジョークを聞いたことがありますし、映画のネタもそれと同じなのかもしれない。
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 デ・パルマ監督はそれをオマージュといい、『アンタッチャブル』では『戦艦ポチョムキン』を、そしてその他の多くの映画ではアルフレッド・ヒッチコックの手法をまるまる再利用しています。  後世の作品に大きな影響を及ぼしたのは明らかです。いかにも幽霊が出てきそうな雰囲気を誘導するカットがそこかしこに散りばめられ不安感を募る。  鏡や暗闇、雑踏の音やパイプ・オルガンの使い方が素晴らしく、お金は掛かっていませんが、ロケーションの選び方、特に廃墟となった遊園地の薄気味悪さは群を抜いて気味が悪い。
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 ヨーロッパの宗教文化と歴史の象徴である教会のステンドグラスや大掛かりなパイプ・オルガンの威容の前で、人間の目には見えないものの、じつは幽霊たちが徘徊しており、成仏できないさまが異様に映る。  建築物の幾何学的な模様を頻繁にカメラが捉えるのがとても冷たく映る。異様に建築物が冷たく見えるのです。エイゼンシュテイン幾何学模様を頻繁にカメラに切り取り、カットとカットのイメージの繋ぎに類似図形を使っていたように、ハーク・ハーヴェイ監督は前衛的な古典作品への憧れがあったのか円や四角形などのイメージを気に入っているようでした。  夜の廃墟の遊園地で踊り続ける亡者たちのシークエンスはかなり気味が悪い。サバトなのか、ムソルグスキーの『禿山の一夜』を思い出しますが、掛かっているのは大昔の遊園地らしいハープシコードのような明るい曲なので、余計に薄気味悪い。本当にこの映画を形容するのに最もしっくりとくるのは薄気味悪いという言葉か、寒々しいという言葉でしょうか。
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 事故で死亡してしまった自分の立場を理解できていないキャンディス・ヒルゴスの驚愕と絶望が徐々に明らかになってくるが、認めたくない彼女は自分の世界の住人である幽霊たちを本能的に怖がり、もといた世界、つまりこの世に残ろうともがくが少しずつ、あの世の時間が長くなっていく。その行き帰りの合図となるのが鏡の歪みと木々に留まる小鳥のさえずりです。  死への恐怖が描かれている映画で、彼女がどうしても行きたかった遊園地はじつは地獄門であり、そこに入ったが最後、彼女はそこから抜け出せなくなってしまう。亡霊たちに追いかけられて、恐怖から逃げ出そうともがく彼女は数十人の亡霊から逃げ回った末、湖のほとりで捕らえられる。あたりには無数の足跡と彼女が転んでしまったときに付いた手形だけが残る。  現場検証では警察、医師らが残された手形の前で立ち尽くしていて、彼女がどうなったのかについてあれこれ話しながら立ち去っていく。シーンは最初の事故現場に戻り、彼女たちが乗っていた車が泥の川から引き上げられる様子が映し出される。助手席にはヒロインが水死体の変わり果てた姿となっている。
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 すべて彼女の幻想か幽体離脱した彼女があちこちに立ち寄っているだけだったのです。このへんのくだりは『シックス・センス』でも使用されていました。  音楽が観客に訴える力が特徴でもある映画でした。ヒロイン(キャンディス・ヒルゴス)が勤める教会の礼拝堂の壁一面に聳え立つパイプオルガンの作り出す音の深刻さは弾き手の心の状態によっては猥雑で、澄んだ心を持つ聴き手を不安にさせ、不快な気分にさせるほどの強い力を持つ。  不協和音を奏でるパイプオルガンは観客の精神状態をもマイナスの方向へ導いていく。アメリカのホラーとしては珍しい幽霊物であるこの映画は黄金の50年代を過ぎ、社会的な孤独を抱えて生きていく人々が増えたアメリカ社会を語るための寓話なのだろうか。
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 モノクロ画面が原因ではないのでしょうが、フィルムに捉えられた登場人物すべてが寒々しく、血が通っている感じがまるでない。ヒロインも他人との接触を極力避けて、社会の片隅で生きている。彼女の姿は事故に遭う前から、すでに他者からは見えていなかったとも言える。  あまり積極的に人生を送ってきたとは言い難い彼女ではありましたが、いざとなったときには死にたくないと思った彼女は亡霊たちから逃れるためにもがき続ける。命を絶たれようとしていた、まさにそのときのみ、彼女は生きていたのかもしれない。  何はともあれ、この映画が次世代の映画製作者たちに与えた影響は非常に強く、ジョージ・A・ロメロは『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド』でこの映画のヴィジュアル的な要素を取り込んでいます。またシャマラン監督は『シックス・センス』で肝になるアイデアを再利用しています。
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 この映画はこのようにクリエーターからの支持を集めているにもかかわらず、日本でなぜこんなに知られていないのが残念です。それでも知名度が低くとも質が高い作品がまだまだ多く存在しているのは嬉しい。  上映時間は90分弱ですが、最後にこの映画はヒロインが事故で死ぬ刹那に見た夢であることが分かり、彼女は溺死していく運命にある。死ぬ前に人間は走馬灯のように人生をプレイバックしてから息を引き取ると言われますが、まさにそれに近く、彼女の場合は生き残った場合の未来を夢見ていたということになるのでしょう。
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 その夢の世界でも、生活に上手く順応できていないというのがさらに哀れみを誘います。友人もおらず、恋人もおらず、ただ一人で死んでゆくのはかなりの恐怖です。繰り返し出てくるゴーストは死へ誘う使いなのかもしれません。不気味な幽霊はハーヴェイ自身が演じていたようです。この役柄のイメージは『霊魂の不滅』での使者を運ぶ馬車を思い出しました。  監督を務めたのは教育映画を製作していたハーク・ハーヴェイでしたが、彼は他には商業映画は製作していないようです。気味の悪いパイプ・オルガンをフューチャーした音楽はジーン・ムーアによるものでした。不気味なパイプ・オルガンの音色とモノクロ映像が調和していて、雰囲気を盛り上げていきます。
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 映画の出来自体は素晴らしく、制作費が30000ドルとかなり少ない自主制作映画でも納得のいくまでこだわったのであろう映像美と廃墟の遊園地の異様な迫力もあり、他に類を見ない存在感があります。  どちらかというとヨーロッパ的な雰囲気を持つ作品でしたが、ハーヴェイ自身が観て、好んでいた映画の作風、やってみたかった映画表現を出し切ったのがこの『恐怖の足跡』だったのかもしれません。その後、彼は一本も商業映画を製作していません。彼も早すぎたクリエーターなのでしょう。これから再評価されるべき映画人です。  マイナスポイントとしては前述したように、すべての登場人物に感情移入できない点に尽きる。肩入れすべきヒロインのヒルゴスも人間嫌いというキャラクターで、気づかないながらも心霊ということなので、空虚なイメージで演じ切るために観客の気持ちは誰に向けていいのかが分かりません。そこが映画を劇場で観る上ではマイナスに働きます。もし深夜に自宅でDVD鑑賞をするのであれば、独特の感性に惹きつけられることでしょう。  総合評価 88点
恐怖の足跡 [DVD]
WHDジャパン
2006-09-15

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