良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『悪い種子』(1956)ホラー映画史上、もっとも邪悪な少女の一人、ローダ登場!

 数十年に渡り、多くの映画を見続けていると、少なからず何度も見る機会があったのに、何故かそのたびにことごとく何らかの邪魔が入ったり、録画ミスや勘違いが重なったりして、チャンスがないままに今日に至った作品が少なからず何本もあります。  『悪い種子(たね)』もそのなかの一本でしたが、スカパーで数年前に放送されたときに録画していたおかげでついに見ることが出来ました。話には聞いていましたが、サイコパスに年齢は関係ないというのを知っていたのかどうかは別にして、1950年代にこうした形で映画化していたのはかなりの驚きです。  さらに衝撃的だったのはこの映画に登場するサイコパスシリアル・キラーの殺人鬼ローダがいたいけな少女の姿をしたパティ・マコーマックだったからでしょう。華奢な白人少女がこの映画に登場する怪物だったのです。  観客がそうあって欲しいと望む『M』のピーター・ローレ、『時計仕掛けのオレンジ』のマルコム・マクダウェル、『狩人の夜』のロバート・ミッチャムや『フランケンシュタイン』のボリス・カーロフのようないかにもと思える見た目からして“こいつがホシだ!”と分かるような犯人像とはかなりかけ離れています。
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 彼女は原作ではジ・エンドを迎えても、社会的にも宗教的にも、小説的にも何ひとつ罰せられることはなく、のうのうと生き延びていく。  映画でも本編の120分を過ぎたところでナンシー・ケリー(母親)がマコーマックに睡眠薬を飲ませ、殺害しようとするもののまんまと裏をかかれ、自分だけ拳銃自殺を遂げて死んでしまう。そのあとシーンは病院に移り、出張していた軍人の父親とマコーマックが抱き合って終わるという結末でした。  しかしながらヘイズ・コード上、それではまずいので、そのあとに無理やりにマコーマックに天罰を下すという作り物感丸出しのその後の演出の10分間が加えられる。  その付け加えられたシーンも醜悪なものであり、あらたな殺害をほのめかし、異常なまでの物欲を曝け出した挙句に、嵐の夜に殺害現場である桟橋で稲妻に直撃されて跡形もなくこの世から消されるという、どっちに転んでも救いのない結末へと続く。しかもなぜか頭部を拳銃で打ち抜いて自殺したはずの母親がなぜか生き返っていて夫と会話している。
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 ドラマとして最後には因果応報ではあるものの対象が少女なので、懲らしめる程度のエンディングを期待していたであろう観客にはさらに衝撃的な展開でした。『オーメン』のダミアンが何食わぬ顔をして、周りの人々を殺めて、自身は生き残っていくのに似ています。  さすがにこのままで公開するのはモラルの問題上まずいと判断した映画会社により、アメリカ公開版では少女はなぜか雷に撃たれて絶命するシーンのみではなく、さらに無意味とも思えるようなエンディングが付け加えられる。  それは主役の少女ローダを演じたパティ・マコーマックをはじめ、劇中で死亡した出演者までも含めたメイン・キャスト全員による取って付けたようなお芝居風のカーテン・コールのようなエンディングを見せられる。  じっさい、この映画は評判だった演劇をもとに製作された企画物であり、出演者もお芝居版とほぼ一緒のようです。そのために演技や演出がより練られていったために、独特の凄みを持つようになったのかもしれません。
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 映画としての演出方法には特に見るべきところはないが、舞台劇で何度も本番を行っていたからこその流れるような芝居が映画撮影でも功を奏し、長回しのワン・シーン・ワン・カットを可能にしていて、緊張感を持続させている。  またアクセントをつけるために芝居全体を捉えたエスタブリッシュ・ショットを基本にして、残りのカメラ(左右に各一台ずつか?)でバスト・ショットや切り返しを入れて、退屈させないようにしている。  ほとんどのシーンを室内だけで撮影しているのに終始、緊張感が張り詰めているのは深刻なテーマはもちろんですが、芝居に切れ目がないからでしょう。  ラストでのカーテン・コールの演出が付け加えられ、精神的なショックを和らげる試みが施されてはいますが、ただそんなことをしても、すでに手遅れな程に観客は打ちのめされる。
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 ぼくら観客は多くの映画を見ていると、無意識のうちに子供や宗教関係者や郵便配達の人たちは無害で善良な登場人物であると決めつけているので、こうした悪意に満ちた確信犯とも思える設定を急に持って来られると非常に狼狽してしまう。  オードリー・ヘップバーンシャーリー・マクレーンが共演した『噂の二人』でも子役の少女メアリーが最低の人格を持つ悪役として登場するが、あの映画でもレズビアンの疑いをかけられたシャーリーが首吊りによる自殺を遂げるという、かなり後味の悪い結末を迎えました。  公開順で行くと、あれは1960年代でしたので、『悪い種子』以来の少女がらみの嫌なエンディングだったのではないでしょうか。この映画も早すぎた一本だったようです。  こういったストーリー展開と結末を受け入れる土壌はまだ1950年代にはなかったのかもしれない。それでも感受性の強い世代には強烈なインパクトを残しています。大人になってから見ても、かなり気が重くなりましたので、実際に見に行った方はさぞ疲れはてたのではないでしょうか。
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 連続殺人を犯すような人間は育った環境が原因でそうするのだという説が一般的だったようですが、この映画では連続殺人を犯すには親から受け継いできた遺伝子が係わっているという優性遺伝が原因ではないかとの見解を出してくる。これを認めてしまうと差別を助長してしまうためにタブーを語った映画ともいえる。  1950年代はアメリカでは心理カウンセラーなどが流行りだした頃だったために、パラノイアスキゾイドなどの心理学用語がたびたび登場し、フロイト博士の名前まで出てくる。ケリーの父親も心理学の権威役ですし、友人も犯罪心理に異常に詳しく、ケリーの隣人の大家もにわか心理相談を彼女に仕掛けてくる。  怪獣のような少女ローダにスポットが当たるために陰に隠れてしまっているが、おもに描かれているのは母親ナンシー・ケリーの心の葛藤であり、血筋への恐怖でした。ナンシーの恐怖はまずは自分自身がアメリカ犯罪史上有名なシリアル・キラーの娘であり、養女であったという事実を受け入れねばならなかったことへのストレスでした。  それに重なるように自分自身が出産したローダが8歳にして、すでに母親を上回るようなシリアル・キラーとなっているのに、自分しかその事実を理解していないことへの恐怖でした。娘は本来可愛いが、尋常ではないローダとどう接するのかで悩みぬき、さまざまなプロフェッショナルに安心を得るために尋ねまわるが結論を得ないので、余計にあせっていく。  また大人のような子どもであるローダと子どものような大人であるリロイを同時に描くことで、彼女のみが異常という訳ではないことも示されている。ただ彼女がリロイを焼き殺すときに自室のピアノで奏でる『月の光』が耳にこびりついて離れない。
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 彼女が少年を殺害した凶器であるタップ・シューズのことをリロイの誘導尋問に乗っかってしまい、結果として自分の犯行を白状する下りや血の痕跡は消えないと彼に告げられると心配になって、親に確認するさまはまさに子どものまんまです。  大人と子どもが同居している精神状態が気持ち悪いが、小さいときには周りにも妙に大人じみた受け答えや反応を示すクラスメイトがいたものです。程度の差はあれ、彼女だけが特別というわけではない。  ローダの物欲を満たす手段が異常なのは明らかですが、多かれ少なかれ子どもは物欲が強い。ただ強すぎる物欲だけで彼女を説明するのも無理がある。自分の友人が死んでもまったく動じず、関係ないと言い切る。使用人リロイを処刑するときも、その手段に焼き殺すという子どもらしからぬやり方を選ぶ。  他人への無関心、無慈悲な心、良心を感じない会話内容、欲求不満を解消させる暴力の肯定、眼が笑っていない作り物の笑顔、殺害をなんとも思わない異常性をマコーマックはこの映画でその害毒を撒き散らす。この映画はまさにパティ・マコーマックを見るためのプログラムであり、彼女の凄みを見せつけられると、今回も記事を書くために二回ほど見終わってから、しばらくはなんともいえない嫌な気持ちになりました。
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 50年代の映画ですので、殺害シーンも直接描写はありませんが、見る者が想像力を膨らませてその現場を補うので、かえってより戦慄の走る後味の悪さがあります。クリスタル・ボールを奪われたおばあさん、書き方コンクールのメダルを奪うためだけに殺害されてしまう少年、ローダの秘密を暴いた口封じのために殺害される使用人リロイ、そして彼女を殺害したと思い込み拳銃自殺する母親、そして殺害をほのめかされる大家のオバサンの殺害シーンはひとつもありませんが、ほのめかすだけでも十分にショッキングでした。  『不意打ち』『悪い種子』『噂の二人』などは公開当初はその価値を理解されていなかったようですが、むしろ現在では大いに尊敬を集める作品として認知されてきています。キワモノ映画として不当な扱いを数十年に渡って受け続けてきても、多様な価値観を受け入れる社会の成熟度と共に評価されてくるのかもしれません。  そういった意味ではカルト映画と呼ばれるジャンルが普通に鑑賞できて、あれこれネット上でも記事が書けるような社会にはまだまだではありますが、そうでない国々よりも自由が保障されているということでしょうか。もっとも叩きやすいところを叩く風潮が支配する我が国ではコンテンツ業界は長いものには巻かれることが多い。 総合評価 90点
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