『蛇娘と白髪魔』(1968)楳図かずお原作漫画をブレンドしたモノクロの上質なホラー。
邦画と洋画のホラー映画の違いは何だろうか?ユニバーサル映画は多くの怪物を生み出し、吸血鬼ドラキュラ、フランケンシュタインの怪物、ミイラ男、狼男、半魚人などは今でも多くのファンの心を鷲掴みにしています。
一方、わが国のホラーとはずばり怪談であり、『牡丹燈籠』『番町皿屋敷』『四谷怪談』などの幽霊話が大半を占める。ぼくら昭和世代にとってもこれら怪談モノを小さいときから聞かされたり、子ども会の納涼映画上映会で見せられたりしたので強烈なトラウマになっている方も多いでしょう。
ぼくが覚えている、小さいときに見た邦画ホラーは中川信夫監督の『地獄』です。怖いというよりもウンザリするという感覚をはじめて知ったのはこの映画だったかもしれません。出てくる登場人物すべてが最低な人格ばかりで、欲望の塊のようでした。つり橋での殺人シーンは30年以上前に2回見ただけですが、いまでもあおのときの嫌な感覚とともに覚えています。
映画以外の恐いものでよく見ていたのは友達のお兄ちゃんやお姉ちゃんが持っていた『ムー』や楳図かずおが描いた一連のホラー漫画でした。アニメ化された『猫目小僧』は最後に見てからでも三十五年以上は経ってはいますが、いまでも鮮烈に覚えています。
今ではスプラッター描写は普通に見かけますが、ぼくらが楳図作品を食い入るように読んだのは30年以上も前で、小二とか小三でしたので、その日の夜にトイレに行くのが本当に恐かったのでした。
また彼の作品だったと記憶しているものにたしか、開けっぱなしにしていると、夜の暗闇が自分の部屋に侵入してくるというのもあったような記憶があります(違っていましたら、申し訳ない。)。
子供の頃はノストラダムスの大予言と楳図漫画のせいで、ずいぶん寝られない夜を過ごしました。付け加えるとすれば、子どもの頃からずっと脳裏に残っているのはボシュの地獄絵図です。
西洋的で薄気味悪い彼の描いた地獄の様子は奇妙で独特の強いインパクトがあり、邪悪で隠微な表情は今でも恐ろしい。見た人ならばお分かりいただけるでしょうが、悪臭がするような嫌な絵なのにまた見たくなる不思議な世界観でぼくらに迫ってきます。
こうした恐さを煽るのは映画というメディアには最適なジャンルではありますが、小さいころに見ると心にグサッと刺さり続ける作品も数多い。
そういうことも含めて経験だと思いますので、過保護にならないように、またやっていいことと悪いことを理解させることも必要でしょう。前置きが長くなりましたが、この作品は楳図漫画をいくつかブレンドして一本にまとめられた作品です。
とかく、いくつかの例外を除くと、良いとこ取りをしたはずの作品が出来損ないのダイジェスト爆弾になるのを見かけますが、この作品は上手く調合されていて、スパイシーな料理のように、素晴らしい仕上がりになっています。
モノクロの画面はまるで楳図漫画を見ているような構図で観客に迫ってきます。もっと評価されてしかるべき、隠れた名画のひとつです。この作品を演出するときにはマンガの構図を撮影時に考慮したのでしょうか。多くのカットを見ていると、漫画本をパラパラとめくっているような錯覚がありました。
物語は主人公である小さな少女の回想録であり、彼女(松井八知栄)はとても上手い子役女優でした。最近の子役は上手いのが当然になっていますが、このころの子役でここまで上手い方はなかなか出会えません。
彼女についてはくわしくは知りませんが、おそらく昭和四十年代中盤ならば、かなりのひっぱりだこだったのではないでしょうか。彼女の迫真の演技がなければ、この映画のシリアスさとリアルさは成立しなかったでしょう。説得力を作品に持たせるのは役者ではありますが、この映画では見事にはまっていました。
ストーリーは怪奇風な味付けがなされていますが、じつは遺産相続を巡るドロドロした諍いを扱っており、大人が見ても十分に楽しめる内容になっています。
繰り返しになりますが、ぼくが一番好きな楳図漫画は『猫目小僧』です。『まことちゃん』も強烈でしたが、もう一回すべてを見ることが出来るなら、テレビアニメの『猫目小僧』を録画しておきたい。
紙芝居風の作画から本物の砂やら煙やらが飛び出してくる独特な技法は他とは一線を画しており、多くのクリエイターを刺激したのではないか。
もしガメラ・シリーズを撮っていた大映の湯浅憲明監督の手による、この『蛇娘と白髪魔』が大ヒットしていたら、続編となるはずだったのは『猫目小僧』だったそうです。猫目ファンとしてはモノクロ作品の『猫目小僧』をぜひ見たかったので、とても残念に思います。
総合評価 72点