良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ヘルタースケルター』(2012)蜷川実花の極彩色の世界で久々に活きた沢尻エリカ。

 蜷川実花作品を振り返ると思い出すのはポップでカラフルなイメージです。土屋アンナを起用した『さくらん』、AKB48のPV『ヘビーローテーション』で見たような華やかでエロチックな匂いが充満している感じの色彩が彼女らしく思います。  ただ残念ながら、彼女の場合、映像としての印象は強く残っているのですが、どんなお話の内容だったかをあまり覚えていない。もっとも心情までをすべて台詞で語ってしまう輩とは一線を画しているのも事実なので、個人的には嫌いではありません。  そんな蜷川実花が今回はマスコミによって悪名高く祭り上げられた沢尻エリカの主演で、過激な原作で知られている岡崎京子の『ヘルタースケルター』を映画化するとのことでしたので、興味深く待っておりました。
画像
 公開前から話題作にはなっているようでしたが、ただ沢尻エリカがヌードになるとかの過激な話題ばかりが先走っていて、内容についての話題が聞かれなかったのは残念です。  ヌード関連情報ばかりが先行するとぼくらは観に行きにくくなってしまいます。40歳を過ぎてしまうと、べつに好みでもない女の子が裸でウロウロしていてもなんとも思わない。いくら綺麗とはいっても、沢尻エリカがヌードになったところで、とくに新鮮味はない。  まあ、好みの問題はさておき、オジサンが観に行くと受付の若い女の子たちに「いやーね!スケベ!」とか思われたら鬱陶しいなあとか思い巡らせていました。
画像
 本編を観る前は、パブリック・イメージとして毒のある女の印象が強すぎる沢尻エリカの心象や感情を映像としてどう残していくのかなあという感じでした。  つまり誰もが沢尻について抱いている悪印象をそのまんまにスクリーンに映し出しているだけで、解釈がかなり表層を掬い取っているだけで深みを感じないようだったら、作品としては虚しくなる。  また観客が見たいものを見せないとヒットはしにくい。頂点と挫折の振り幅が大きい彼女の哀しさだったり、可愛らしさを切り取ってこそ、女性監督作品に出る意義があるはずなのです。
画像
 過激な中にも確かにある女の子の部分を描いてあげられなかったら、沢尻には不幸でしょう。話題作にはなるでしょうから、公開後もDVD化される際にR-15か18禁を食らえば、さらなる宣伝にはなるでしょう。  しかしそれが沢尻にプラスに働くかどうかは疑わしい。スキャンダラスな話題ばかりではせっかく女流監督作品に出た意味があまりなかったのはないか。それでも登場人物のキャラクターなのか、女優としてのパブリック・イメージなのか、それとも素の彼女なのかを探す楽しみが観客にはありますので、それを劇場で確認しようというスタンスで観に行きました。  印象的だったのは“唇”、“蝶々”、“赤”、“ポップなイメージ”、そして“沢尻の裸体”です。沢尻が壊れていく過程で、豪雨の中でショーウィンドーに自分の姿を映し出すシーンがあります。店側から映し出されたときは彼女は雨に打たれた猫のような感じです。
画像
 それを反対側のアングルから撮ると周りの店のネオンが雨に反射して血のように赤く染まっているように見える。赤い色はこの映画で基調となるカラーで、さまざまな赤色を見ることが出来ます。  つまりお話としての引き込む能力に疑問点が残る。前述しましたとおり、蜷川作品にはビジュアルの個性を感じるのですが、映像作品としてのまとまりに欠けるような気がします。  ただ圧倒的な存在感を持つ沢尻エリカをキャスティングに成功し、彼女も同化しやすいキャラクターを自然に演じたことが作品に生命を吹き込ませました。つまりスター映画としてこの作品を見るとこれはかなりレベルが高い。 
画像
 演技面でいうと、共演者に桃井かおり原田美枝子寺島しのぶらの女優陣を起用し、しっかりと脇を固めていますが、俳優陣に残念ながら魅力がない。ヘアメイク役の新井浩文は素晴らしき出来だったと思いますが、大森南朋窪塚洋介らに魅力がない。  音楽面はおそらく賛否両論があるでしょうが、ゲルニカの『蛹化の女』が掛かったときはニューウェイブ系やインディーズ系の音楽が好きなぼくにはかなり嬉しい状況でした。そしてスタッフ・ロールを確認していると、音楽担当に上野耕路の名前を見つけました。    上野の名前を聞いてもピンと来ない方がほとんどでしょうが、彼は70年代後半に『8 1/2』というニューウェイブ・バンドを結成していて、アルバムも残していますし、『ROCKERS』というドキュメント映画にもフリクションやミラーズとともに出演していますので、興味のある方はご覧ください。
画像
 彼はこの映画でのクラシカルな弦奏楽団とピアノによる音楽を作曲しています。場面により速くなったり、遅くなったりとアレンジされる彼らしい楽曲を提供しています。  問題になるのはベートーベンの第九とヨハン・シュトラウスの『美しき青きドナウ』でしょうか。キューブリック映画ファンでもあるぼくは思わず笑ってしまいました。映画のクライマックスにこれを持ってくるのは良いのですが、だったらエンディングの後に配置された、その後のエリカが香港の見世物小屋で見たいものを見せてあげるシーンは不要なのではないか。  作品ではエリカの外見が整形手術の副作用で徐々に崩れ落ちていき、いったん持ち直すものの、それが内面の錯乱に繋がっていき、行き着くところまで行くと内面と外見の全面崩壊が始まり、彼女のすべてが崩れ去る。これが沢尻本人とリンクしてくるようで、なんだか寂しくなる。
画像
 劇中、彼女が妹とお花畑で久々の対面を果たすシーンがある。このときの彼女はとても穏やかな顔をしている。その他の場面でも過激な行動とは裏腹で、不器用な沢尻本人を見るような思いでした。  センセーショナルに語られた全裸シーンや濡れ場シーンはほぼ前半から中盤に集中していて、後半はレズ・シーンもありますが、露出はそれほど激しくはない。最初の部分だけを見ていると日活ロマンポルノが復活したのかと思わせます。  オープニングのタイトルがクレジットされる前の段階で惜しげもなく披露される彼女の裸体はとても綺麗でしたし、過激な濡れ場ではありますが、そんなにイヤラシさは感じませんでした。絶頂期にあった彼女が一気に評判を落としていく実像と物語は皮肉でもありますが、彼女自身の経験と記憶にも見えてくる。
画像
 タイトルの『ヘルタースケルター』はやはりビートルズの名曲から取られたものなのだろうか。あのナンバーもチャールズ・マンソンのせいで血塗られたイメージがありますが、この映画も血のイメージが濃い。  映画のクライマックスは沢尻演じるりりこが全身整形疑惑の釈明記者会見を開くシーンです。無数のストロボが焚かれ、シャッター音がバシャバシャ鳴り響き、緊張感が一気に高まっていく。  このシーンも沢尻を記者席から見せ物のように好奇の目で見る視点と沢尻自身が彼らを塊としてぼんやりと見つめる視点で構成されています。沢尻自身が私生活や「別に」騒動以来、何度も好奇の目に曝された嫌な思い出しかないような場面です。彼女はどんな気持ちでこのシーンを演じたのだろうか。
画像
 写真家である蜷川の利点が活きたのはJJ、anan、VOCEなどのファッション雑誌の表紙を沢尻が飾るというシーンが撮影できたことでしょうか。パルコのグランバザールやまるでハイチオールCのようなCM撮影風景などは彼女ならではでしょう。  実際に彼女が表紙になったわけではなく、雑誌のロゴを使用できる許可を取ったというわけなのでしょうが、彼女の経歴があってこそでしょう。   これを観ていて、ある映画を思い出しました。それはナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』でした。ビジュアル・イメージだけではなく、ショービズの内幕を描いた作品としても共通する部分がある。『ブラック・スワン』も解りづらい作品ではありましたが、筋が通っていた印象はありました。 ついでに一枚。
画像
 この作品にはヘルタースケルターの意味、つまり「スッチャカメッチャカ」状態にはなっていて、錯乱状態を描いてはいます。ただそれは映画として纏める力が不足しているから起こってしまったことなのだろうか。そういえば、初監督作品のタイトルも“錯乱”だったような。  またこの作品をきっかけに沢尻は女優業に復帰したわけですが、体調不良からしばらく休業していました。リラックスして演じられるようになるまではまだ時間が必要でしょうが、10年も経てば独特のスタンスを持つ良い女優になるかもしれません。 総合評価 75点
pink
マガジンハウス
岡崎 京子

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by pink の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル