良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『バニシング・イン・60″』(1974)約40分間にも及ぶ迫力のカー・チェイス!

 『バニシング・イン・60″』とは直訳すると「60秒以内に消え失せる」という意味でしょうが、この映画では60秒以内で駐車場から乗用車を盗難するという意味で用いられます。ただしこの映画の原題は『Gone in 60 Seconds』なので、こっちの方が分かりやすい。  盗みのプロ、つまり組織的な犯罪集団を扱ったのがこの作品の前半部分です。盗み出す者、保険会社の社員、弁護士、整備工場、倉庫係、電気系統担当など得意分野に各々スペシャリストを揃えた組織的な犯罪組織を統率するのが製作者兼主演を務めたH・B・ハリッキーです。  そうは言っても、この映画でハリッキーが見せたいのはカー・チェイスであって、物語はガイドライン的な役割以上はありません。そして彼の目論みは見事に当たり、カー・アクション映画の代表的な作品に仕上がりました。スタントマンでもあるハリッキーの技術は素晴らしく、クラッシュ場面の迫力はさすがにCGなんてない時代なので、リアルな爆破、激突、ジャンプがこれでもかと続いていく。  バニシング・シリーズだけではなく、彼の映画には彼の車へのこだわりが細部まで行き渡っているカー・アクション映画なので車好きにはたまらないでしょう。車があまり好きではない人には退屈に思えるのかもしれませんが、彼もそんな人たちに向けて作ったわけではないでしょうから、どうでもいいことです。
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 何せ、オープニング・クレジットに出てくる出演者のトップに来るのが“エレノア”なのです。エレノアというのは作品中に出てくる黄色に塗装された1973年型ムスタングの暗号名で、ハリッキーは執拗にこの車を盗み出そうとしています。  つまりこの映画の主人公は人間なんかではなく、カッコいいアメ車の1973年型のムスタングだと宣言しているのです。さらに徹底しているのはその後に一切クレジットが出てこない点です。  実際何台かのムスタングが出てきて、大活躍するムスタングは警察との攻防でボコボコに潰れるも、乗り換えの早いハリッキーはガソリンスタンドで早業でかっぱらい、涼しい顔で逃げおおせていく。  これはイカれた、本当に車が大好きなスタントマン兼主演兼脚本兼監督が作った、本物のカー・アクション映画です。またアメリカのカー・アクション映画のお約束といえば、息詰まるド迫力のカー・チェイスが付き物です。『ブリット』や『フレンチ・コネクション』なども印象に残りますが、この『バニシング・イン・60″』はこれらを超えています。
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 この作品では95分の上映時間でエレノアを盗難したハリッキーが弁護士の罠に嵌められて、決死の逃亡を始める中盤の50分過ぎからラスト近くまでの約40分間近くを迫力あるカー・チェイスだけでグイグイ押していく。  40分間も続くエレノア対パトカー軍団の大包囲網戦はいい加減に飽きるだろうと思う方もいるでしょうが、上手く編集がされていて、引き画や疾走しながら正面から捉えたアップ、要所に見せ場やカットバックが配置されているので、気がついたら時間が経ってしまいます。  埃っぽく、随所に雑な部分が見え隠れしますが、アウトローの色彩が濃く、チープな感じが反対にリアルで荒々しい彼らの魅力を楽しめます。  70年代らしく、勧善懲悪の筋書きにならずに結果として、アウトロー集団がロス市警を出し抜くさまは痛快であり、スカッとする作品に仕上がっています。
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 この作品がヒットしたために、のちに二作品(『ジャンクマン』と『バニシング・イン・60″ デッドライン』)がシリーズとして製作されます。ただし“デッドライン”のほうは一作目と二作目『ジャンクマン』の未使用のカー・アクションのデッド・ストックを繋ぎ合わせた作品なので、厳密にはオリジナルとは言いがたい。  その後の1989年に満を持して次作に取り掛かったハリッキー自身はスタント撮影中の事故で帰らぬ人になってしまいました。好き勝手やっついる独立プロのワンマン社長兼主演俳優という立ち位置がもっとも居心地が良かった映画人だったのかもしれません。  前にDVDで見たときは「おやっ?」と思うことがありました。音楽が不自然に少なかったのです。ビデオ時代はロック音楽やカントリーがたくさん収録されていたのですが、DVD化に当たっては権利が取れなかったのか消えてしまったようです。音楽がないとオリジナルとは違い、軽快さや疾走感が損なわれてしまうのは残念でした。  今回はなんとか紙パッケージのビデオを探し出し、オリジナル版で見ることが出来ました。『悪霊島』でも書きましたが、音楽はオリジナルが付かないとバランスがおかしくなってしまう。  それでもカー・チェイスそのものは迫力がありますので、車好きにはぜひ見て欲しい映画です。車が主役の映画を撮ったハリッキーの本領を発揮した傑作です。 総合評価 80点