良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『セデック・バレ』(2011)2部合計で上映時間260分の超大作。眼を背けずに観るべきだが長すぎ!

 大阪九条にあるアート系映画館のシネ・ヌーヴォに久しぶりに出向きました。数年ぶりでしょうか。ぼくの住んでいる町の駅から九条まで直通で鉄道が走るようになったので乗り換えなしで一本で行けるのがかなり嬉しい。  乗っている時間も40分ですのでまあまあ快適です。映画館はとても小さく、うっかりすると見過ごしてしまいそうになるほどの狭い路地にあります。平日だったこともあり、観客は10人前後でした。  この日は午前中の上映一回目がウェイ・ダーション監督の『セデック・バレ第一部 太陽旗』、二回目が『セデック・バレ第二部 虹の橋』、そして夕方4時からの三本目がスタンリー・キューブリックの幻の商業映画デビューとなる『恐怖と欲望』の特別上映でした。  ウェイ・ダーション監督は『海角七号/君想う、国境の南』で大ヒットを飛ばした監督なので実力はしっかりしていますので安心して見ていられます。さらに今回は製作にジョン・ウーが加わっています。
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 久しぶりに三本観ることになりましたので、のめり込み過ぎないようにクールに鑑賞するつもりでしたが、そんなことが許されるような甘い作品ではなく、どんどん引き込まれていきました。結果、三本を見終わったときの疲労感は凄まじく、フラフラになりながら駅に向かい、快速急行に乗ると乗り継ぎをしなくて良いという安心感からかすぐに眠ってしまいました。  まずは第一部の“太陽旗”から始めます。霧社事件という台湾での抗日暴動事件を知っている日本人は数少ない。ぼくも日本史関連の難しい著書で読んだ記憶があるくらいで詳細についての知識はありませんでした。  結果として、台湾での抗日運動のリーダー的存在となったセデック族のモーナ・ルダオが主人公で、彼の青年期から35年に渡る忍耐の日々と蜂起後の苛烈な生きざまと死に様を描き出します。
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 台湾奥地の山岳地帯の原住民であるセデック族の特徴的な文化は首狩りです。“出草”と呼ばれるこの風習は成人式のようなもので、男にとっては必要な通過儀礼であり、敵の首を刈った男のみに顔への刺青が許される。  この刺青が勇者の証であり、死後の世界への入り口である“虹の橋”を渡るためには勇者である必要があると言い伝えられていたようです。彼らは首を狩ることによって民族のアイデンティティーを保っていたようで、この風習は昭和初期まで続いていたそうです。  こういった原住民的で野蛮な風習を止めさせようとしたのが日本の統治者であり、日本人化を推し進めようとした我が軍と蕃族との軋轢と衝突を飾らずに描いた本作は台湾のみならず、世界各国で話題を呼び、ついに相手国である我が国でも4月から上映されています。
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 多くの国ではダイジェスト版が公開されたようですが、我が国ではより深く作品世界とメッセージを伝えるために本国と同じく260分に渡る完全版の状態で公開されています。  しっかり描くにはこの尺が必要だったのでしょうが、“映画”そのものとしてみると、青年期のモーナは回想程度に編集し、戦闘シーンは人止の関での激闘、霧社事件、そして山岳地帯での殲滅ゲリラ戦を描くのみで十分だったのではないか。上手く編集すれば、2時間半くらいで纏められたのではないだろうか。  あまりにも戦闘シーンが多く、日本兵が4時間以上の上映時間のほとんどでひたすらに殺され続けていく。正直長すぎる。外国の映画ファンがこれを見たとして、おそらく多くの観客は執拗な殺戮シーンには嫌悪感と疲労感で集中力を失うのではないか。もちろん首狩りや激闘での殺戮シーンが満載のためにR-15指定となっています。
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 公開中にもかかわらず、日本ではあまり話題にはなっていませんが、ヨーロッパの映画祭でも絶賛されている作品で、先ほども申しましたように一部と二部を合わせると4時間半以上もの上映時間になります。  ですがあまり知られていない事実を基にした新鮮なストーリーですのでまったく時間が気になりません。もっとも連合国軍が常に正義の味方であるハリウッド映画を散々見なければならなかったドイツ人や日本人と同じように、今回もまた我々は悪役であり、かつ虐殺される側でもありますので、楽しんで見ていられる類いの内容ではない。  第一部の物語は狩猟民族・セデック族の青年モーナ・ルダオ(ダー・チン)が首狩りの儀礼を通過し、戦士となり、日本軍との戦いに挑み、一度は降伏し、30年以上も耐え忍ぶ(壮年期はリン・チンタイ。亡くなったプロレスラー三沢にそっくりに見えます。)もののついに耐え切れなくなった一族の若者を率いて蜂起する霧社事件までを描いています。
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 我慢に我慢を重ね、出来るだけの準備をしてから立ち上がった蕃族は奇襲や待ち伏せにより当初は圧倒的な戦果を挙げるが、徐々に追い詰められていく。なんだか赤穂浪士の討ち入りみたいです。  青年期のモーナを演じたダー・チンはかなり魅力的で、現在では現地や中国のテレビなどで引っ張り凧のようです。風貌は『アポカリプト』でのルディ・ヤングブラッドのようです。また壮年期のモーナ・ルダオを演じたリン・チンタイも骨太ながっしりした体躯の大族長らしい風貌で、昔に写真で見たジェロニモにそっくりです。
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 原住民に好意的な態度を持っていた小島大尉役を演じていた安藤政信も良い味を出しています。第二部『セデック・バレ第二部 虹の橋』において彼は友好関係にあった部族リーダーのタイモ(マー・ジーシアン)を使い、ゲリラ戦を苦手にしていた日本軍の先鋒として用いる。  つまり同じ山岳民族の部族同士の身内の争いを利用しているのだが、お互いの利害は一致しているのでより深刻です。日本軍が原住民を虐待するシーンが多く、木村祐一をはじめとする日本兵たちは彼らを常に差別し、辱めるのを日常にしています。
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 こういったことの繰り返しが大きな暴動に繋がっていく。彼ら原住民は自然の森の中に暮らし、自然が与えてくれる狩り場を守ることで生き抜いている。  その環境を奪いにきた侵略者に対しては容赦なく攻撃を仕掛けてくるわけですから、本来であれば彼らの文化を尊重しながら文明化を進めねばならなかったのですが、初めて持った植民地経営に浮かれた軍部が日本人化計画を焦ったためか無理を強いて暴動を招く。
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 原因の一つには近代化を推進する日本軍の命令によりこれまでに刈った首を提出し、首塚に廃棄するよう強要されて、歴史と文化を否定されたことも大きいようです。不満が爆発した若きリーダーのモーナ(ダー・チン)が抵抗して、骸骨の山の中で組み伏せられるという構図はかなり薄気味悪い。  この映画のイメージは『アポカリプト』と『地獄の黙示録』を足して二で割り、『ワイルド・バンチ』で味付けをしたような感じです。プリミティブで狂気に満ち、自然の美しさと血祭りによって躍動する肉体と映像美と人間たちの愚かさの対比が素晴らしい。  タイトルになっている“セデック・バレ”とは真の人を意味する言葉です。この作品では日本統治下にあった頃の台湾での山岳戦を扱っているためか、漢人の描写は少ない。
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 少ないながらも、原住民たちが漢人に対して抱いている感情はあまり良くはなかったようで、毒蛇のようなずる賢い輩であるという台詞で表現されていました。  もっとも台湾映画ですので、原住民たちが日本軍と戦っている最中に漢人たちが何をしていたかどうかにはまったく触れていない。敵役はもっぱら日本人が務めている。映画なのです。あくまでも脚色した人々の主観が入った作品だということを理解した上で観るべきです。  この作品に限らず、歴史を扱った映画はすべて国家であったり、資本を出した人々のその時代の権力の思惑が反映されるので各々の立場を考慮に入れた上での鑑賞を心掛ける必要があります。
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 それらを差し引いても、絶望的な戦いに挑む骨太のサムライを彷彿とさせるモーナ・ルダオには日本人という立場であっても、共感できる部分はある。民族は違えど本物の武士の生きざまを見せつける彼はやはり英雄なのかもしれない。  もっとも軍人だけではなく、老若男女を赤ん坊まで皆殺しにしてしまうのは暴虐なテロリストと変わりはない。このへんの過激すぎる描写は見る者を不快にしてしまうかもしれません。  原住民の民族舞踊や音楽の魅力にあふれる作品でもあります。文字を持たなかったセデック族ですが、彼らは言葉と歌で歴史を伝え、喜怒哀楽を音楽や歌に託していて、音楽の力強さは圧倒的で、現代風にアレンジされているもののプリミティブな躍動感と生命力がとても魅力的です。
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 原住民の死生観はどこかサムライに似ていて、戦士たちは勇猛果敢で集団で動き、死を恐れず、死後の世界の思想も持っている。投降を潔しとせず、全滅するまで戦い抜く姿勢はサムライの価値観にも合致する。  たしかにこの映画でも日本はいつものように悪役ですが、言われるほど反日を感じなかったのはなぜなのだろうか。今まで見た戦争映画の中でも最も多くの皇軍兵士たちが残酷に殺害され続ける映画ではありますが、侵略者と被征服者とのより普遍的な戦いに映る。兵士が記号に見える。  霧が深くたちこめるその名の通りの霧社での邦人最大のレクレーションだった運動会の最中に蜂起したセデック族の族長モーナは邦人を成人男性はもちろん、老若男女の別なく、子供だろうが女だろうが恐怖で泣き叫ぶ無抵抗の者たちを容赦なく首を跳ねる。この凄惨な虐殺が第一部のクライマックスです。
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 これを冷静に見ていられる者は少ないでしょう。戦士が敵の首を刈るという行為そのものは我が国の戦国時代では当たり前の行為でしたので、それについてどうのこうのいうつもりはありません。ただ年端も行かない小学生程度の子どもたちに無抵抗の婦女子を虐殺させて、首を刈らせるというのは気持ちのいいものではない。  子どもたちはこの事件を境に成長(?)し、戦場で皇軍兵士を殺しまくる。この作品でのほとんどの場面で我が国の兵隊たちは残虐に殺害され続ける。岩の下敷きになり、矢で射抜かれ、射殺され、そして首を刈られる。戦場には首のない死体が散乱している。  さすがに流血や決定的瞬間自体はアングルを工夫するなどしてかなり抑えられていますが、それでも集団自決シーンや子どもを崖から突き落としたり、首を絞めて絞殺する様子は生々しく、緊迫感が常に充満している。日本軍の悪行の数々も次々に出てきます。原住民女性を陵辱するシーンはもちろん、子どもの手首を切断したり、毒ガスを撒いたりとやりたい放題しています。
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 集団自決シーンは強烈な印象を与える。花岡兄弟が部族の女子どもを引き連れて、首吊り自殺の準備をし、自分の妻を刺殺し、赤ん坊を絞め殺し、自らは割腹自殺を遂げる描写は凄まじい。  敵だろうが味方だろうが蛮行には美辞麗句はいらない。この蛮行により名を馳せることになったモーナにたいしては称賛と批判が半ばするようです。  蕃族の中にはタイモをはじめとする親日派(日本を利用しようとする蕃族の集落)もいたようで、山岳戦になると日本軍はかれらを先鋒として利用して、ついには抗日派を滅ぼしていきます。同じ民族同士の血で血を洗う悲惨な結末を迎えていく。
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 どちらも同じ民族でありながらも、部族リーダーの判断の違いでその後の立場が大きく変わっていくのは悲劇的であり、日本軍に協力した勢力はその後も軍に組み入れられて、南方戦線で活躍していく。  叛乱のリーダーだったセデック族はモーナを始め、主だった男たちは抵抗の果てに自決し、女子どももほとんどが集団自決しています。モーナの遺体はなかなか見つからず、動乱から4年経って、ようやく山中でミイラ化して発見される。  戦後になって、台湾の大学研究室から遺体が見つかり、ようやく埋葬される。いまでも彼は英雄として祭られているようです。政治的に利用されてしまうのは目に見えていますが、我が国にとっては敵ではあったものの他国からの侵略に抵抗する不屈の精神は賞賛すべきではないか。
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 ラスト・シーンでは鎌田司令官(河原さぶ)がモーナ・ルダオを評して、我が国が100年前に忘れてしまった真の武士道を知る男であると認めているように敵ながらあっぱれという感覚だったのでしょうか。台詞ではそうなっていましたが、しばらくは見せ物として展示してあったそうです。その後は行方不明になってしまう。見せ物になっていたわけですから、日本軍側は英雄ではなく見せしめとしてしか見ていなかったのではないか。  日本人が漢人をどう思っていたかという描写はありません。この映画では霧社事件と抵抗の顛末に焦点を当てているので、その後に起こった第二次霧社事件については最後のナレーションでサラッと流しただけでしたが、より悲惨な状況に陥るのはモーナ・ルダオたちが滅びた後に起こります。
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 問題は保護領で起こった反抗部落民への虐殺事件です。勝者である味方蕃が日本の警察にそそのかされる。この動きに家族を霧社事件で皆殺しにされ、盟友の蕃族リーダーをセデック族に殺された小島大尉(安藤政信)が味方の原住民を煽動する。  同胞であるはずの投降した蕃族の生き残りの250人以上の人々の寝込みを襲い、一夜のうちに全員を“出草”、つまり首を跳ねてしまうというおぞましく、とても悲惨な事件が起こりました。  さすがにこの事件を映像化するのは難しかったのでしょう。全編に凄まじい暴力描写が吹き荒れる超問題作であり、R指定作品となってはいますが、ただ見世物的な残酷なだけの映画ではない。
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 人間たちの愚かさを黙って見守るように対位法的に配置される台湾奥地の雄大な自然や原始音楽の美しさがより物語世界に力を与える。日本兵がひたすら殺戮され続ける過激な暴力が正視に耐えないという方も多いでしょうが、内容が素晴らしい映画ですので映画館で見ておきたい作品です。  身体能力が圧倒的で、常に森の中を疾走し続けるパワフルさとスピードはどの国の映画にもない。すでにどこかで見たことがあるイメージがあります。それは『地獄の黙示録』のナパーム投下や祭りに捧げられる牛の屠殺シーンに対応するのが日本軍の毒ガス弾や迫撃砲による山焼きでしょうし、タダオ・ルダオ(モーナの長男)の結婚式で牛を潰す場面でしょう。  残虐シーンが4時間半に渡って続く凄まじい映画ですが、見終わってから印象に残るシーンを思い出してみると、モーナやセデック族の疾走と身体能力の高さであり、台湾奥地に咲き乱れる真っ赤な桜の美しさです。 総合評価 83点