良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『透明人間』(1954)と~めいにんげん あらわる!あらわる!透明なのになぜわかる?

 数日前、帰宅後の夜9時に何となくCSを見ていると、日本映画専門チャンネルでちょうど始まったのが1954年公開の『透明人間』でした。  監督は『ゴジラの逆襲』を撮った小田基義です。このあとはあまり有名な作品はないようですが、定かではありません。東宝労働争議などでごちゃごちゃしていた余波もあったのかもしれません。1958年以降のキャリアはどうなっているのでしょうか。  作品は70分余りの中編ですが、演出に少々難があり、100分間程度に感じます。原因はキャバレーでの歌唱シーンが多すぎることです。  そのためなかなか本題であるはずの透明人間の物語が進まず、ダレてきてしまいます。歌唱シーン自体はモノクロの陰影がいかがわしい雰囲気を出していて、フィルム・ノワールを思い出させてくれる。
画像
 映像としては綺麗に撮られています。しかし特撮映画を観に行ったはずの観客は戸惑ったのではないか。特にこどもたちはなんだか訳が分からなかったに違いない。  軍部によって透明人間にされてしまった主人公はまさに悲劇の人で存在を消されてしまった彼はピエロの扮装をして、人間世界で生きている。笑いの陰に深い悲しみをたたえたピエロの表情は人間の苦悩を映像で分かりやすく伝えてくれる。  ピエロ(河津清三郎)が透明人間の正体という設定は秀逸なので、彼にもっと焦点を当てて、時間を割くべきだったのにおそらく集客上の妥協でしょうか。  情婦なのか、歌手なのかよく分からないヒロインの役柄(三條美紀を推したいのでしょうが、ファムファタールでもないし、なんだか中途半端です。)にスポットライトを当てたためにSFテイストを著しく損なってしまう結果になりました。
画像
 円谷特撮はそんな中でもしっかりと仕事をしていて、透明人間の映像処理や無人で走り続けるスクーター(あまりにもシュールで爆笑しました。)の撮影で効果を発揮しています。悪党どもと戦うシーンはパントマイムになってしまいますが、それなりの殺陣がつけられていて楽しめます。  その後に多く製作された変身人間シリーズの先駆けとなった一本であることは確かです。『ガス人間第一号』『美女と液体人間』『電送人間』、そして『マタンゴ』へと繋がっていく系譜の第一作品目が結果的にはこれだったのでしょう。  ただ前述した変身人間シリーズはカルト的な人気をいまでも保っていますし、そのなかでも『マタンゴ』は海外にもファンがいるくらいです。  ところがこの『透明人間』は東宝特撮に強いマニアしかその存在を知りませんし、レンタル屋さんの棚にも並んでいない。
画像
 初期円谷特撮として貴重な作品だと思うのですが、あまりこれが好きだという方に会ったことがありませんし、テレビ放送で見た記憶もありません。  『ガス人間第一号』や『マタンゴ』は小学生のころに見ましたが、どうも『透明人間』は思い出せない。子供だったぼくの感受性のアンテナには引っ掛からなかったのでしょうか。  70年代はけっこうモノクロ作品でも普通にテレビ放送されていましたが、これは思い出せない。今回はまるで昔の12チャン映画を見るような行きずりの感覚で最後まで見ましたが、そうじゃなかったら、さらに10年くらいは後回しになっていたでしょう。  戦争末期の悪あがきする軍部によるキテレツな実験のために姿形を失ってしまった若き犠牲者は自己のアイデンティティーを国家によって奪い取られる。しかも何一つ補償されることもなく、闇に葬り去られてしまう。
画像
 その実体なき透明人間が生活していく手段として選んだのが奇抜な衣装を身に纏い、顔を白塗りしていても不思議ではないピエロだったのでしょう。彼の周りで次々に起こる透明人間ギャング団による犯罪は姿なき彼には事実無根であることを証明するのは不可能です。  見えない存在の描写はマイノリティを表しているのか、深読みなのか。この映画のタイトルは『透明人間』ですが、やっていることはいわゆる幽霊などの怪談モノと大差はないような気がします。  幽霊の代わりに出てくるのが透明人間なのだろうか。透明ではあるが人間でもあるので悲劇的なラブストーリーに出来なくもない。ただしいかんせん70分間というお昼の時間帯に放映される12チャン映画のような尺では様々な制約があるのか、すべてが中途半端になってしまっている。  主人公と盲目の少女の関わりや悪の組織から抜けきれないヒロインとのロマンスなど上手く膨らませれば、もっとクオリティーが上がる要素はあるので、ぜひとも東宝でブラッシュアップしてリメイクしてはどうだろうか。
画像
 かつての大ヒット作品ではなく、陽が当たらなかった作品や『夕映えに明日は消えた』のようなお蔵入りした作品こそ新たに作り直した方が観客側も新鮮に思えるかも知れない。もちろんバランスとしてはあくまでも特撮SFホラー要素が80パーセント、ラブストーリーとヒューマンドラマが20パーセント程度に抑えることが前提です。  恋愛モノ要素が30パーセントを越えてしまうと特撮ファンも恋愛映画ファンも不満にしか思わないガッチャマン的な残念な結果になるでしょうから、そこは脚本に頑張っていただきたい。  そういう意味では今回の鑑賞は昭和のビデオすらなかったころの鑑賞環境に近い。それはなんだか楽しい気分になります。 総合評価 55点