良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『傷だらけのアイドル』(1967)政府によってプロデュースされたロック・スターの栄光と受難。

 ビートルズローリング・ストーンズキンクスザ・フーなどイギリスの洗練されたロックが世界中で大流行していた1967年に製作されたロック映画がこの『傷だらけのアイドル』です。  オリジナル・タイトルは『PRIVILEGE』、つまり特権です。1960年代、ロックは不良が聴く騒々しい下品な音楽であり、反体制的なカウンター・カルチャーの代表という位置付けでしたが、この映画のロック・スター、ポール・ジョーンズ(マンフレッド・マンのヴォーカリスト)は政府がプロデュースした人工的に作られたスターです。  人々のフラストレーションが政府に向かないように誤誘導していく捌け口こそが彼の役割であり、政府に都合が良い“偽”カリスマとしてジョーンズは機能する。
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 この作品に出てくる民衆のヒーローはロック・スターですが、これは独裁者の暗喩なのでしょう。近未来を皮肉っぽく描くこの作品が抉り出すのはロック・スターという存在は反体制側だけではなく、体制側でもどちらでも機能するということでしょうか。  それを裏付けるようにナチスニュルンベルグ党大会の熱気を伝えたレニ・リーフェンシュタールの『意志の勝利』をバロディ的に模倣したライヴ・ステージが始まります。迫力と色彩で大衆を圧倒して、無分別のファンたちを政治的にも取り込んで、無意識のうちに服従させていくやり方は効果的であることを示してみせる。  神への人身御供として、まるでイエス・キリストの受難を描くようにポール・ジョーンズは作られたイメージにもがき苦しむ。彼は政府の指示通りに国民の身代わりとして罰を受け、民衆の不満を嘘で覆い尽くす。
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 作られた自分と自然な自分とのギャップをどう折り合いをつけていくのかに悩み、本来の自分を取り戻すジョーンズを見ていきましょう。  最初は嬉しかった熱狂的なファンたちの支持や叫び声はすぐに当たり前のものになってしまい、煩わしいだけのストレスに変わってしまう。ビートルズも絶叫よりも静謐を求めて、インド哲学に傾倒したり、麻薬に溺れていきます。  政府に管理された上で、無害な成功を収めるのが賢い選択なのか、ロック本来の姿であった反体制の象徴として、苦しみながらもありのままの自分をさらけ出すのかはどちらが幸福なのか判断が難しい。
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 ロックは1960年代の大成功から1970年代のパンク・ロックの終焉までは若者の意見を代弁する衝動的な音楽でしたが、同時に1970年代中盤以降はジャーニー、フォリナー、スティクスなど産業ロックと呼ばれるような毒気のないアメリカン・ロックも増えていく。結果、ロックは今となっては反抗的な音楽の中心ではなくなってしまいました。  この映画に登場するロック・スターたちのファッションを見て、40代以上のぼくらが思い出すのはかつてグループ・サウンズと呼ばれていたジュリーのタイガース(『花の首飾り』や『シーサイド・バウンズ』)やショーケンが大人気だったテンプターズ(『神様お願い』『今日を生きよう』)などを思い出します。  そしてステージで熱狂的なファンが絶叫して泣き出す様子からは同じく、大勢のティーン・エイジャーの女の子たちが失神してバタバタ倒れていった『スワンの涙』が大ヒットしたオックスが思い浮かんできます。
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 いつか君が 見たいと言った  遠い北国の湖に  悲しい姿 スワンの涙  なんだかメルヘンチックなタイツやミリタリー・ルックは今見ると爆笑させてくれますが、星の王子さま白馬の騎士を夢見る、当時のティーン・エイジャーにとってはまさに神様のような存在だったわけで、この映画の世界観は分からなくはない。  ポール・ジョーンズが甘い声で「ぼくを自由にしてくれ!」と歌う主題歌『PRIVILEGE』は印象的ですし、音楽的にも評価が高く、今でもサントラ盤が販売されています。ただし残念ながら、何故かサントラは出ているのに、肝心な映画本編は日本ではソフト化されていない。  ステージで虐待されて、ファンたちの叫び声が響き渡る様はまさに生き返ったイエス・キリストが再度、受難の苦行を行い、すべての罪を引き受けるようです。もちろん、彼は作られたガス抜き用トリック・スターに過ぎない。
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 ただし彼が効果的に機能するということは民衆はスーパー・スターを求めているからでしょう。ここではスーパー・スターはアイドルだけを指すのではなく、独裁者や一斉風靡するような思想家や政治家なども含まれる。  おとなしくコントロールされていたジョーンズは大豊作で価値が暴落しそうなリンゴを1日6個食べるキャンペーンCMの撮影でいくつものリンゴを無理矢理食べさせられる。  その後、彼の態度は次第に反抗的になり、自分の状況に疑念を抱いていく。禁断の実であるリンゴを体内に取り入れたことで保護者であったはずのジョーンズ製作委員会のやり方に不満と不信を抱き、最終的には神の座から自分の意志で降りる。
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 知恵を得た彼は何が自分にとってもっとも重要なのかを思い悩み、自発的な行動に出るが、それは特権的地位から滑り落ち、地に墜ちることを意味します。  製作委員会の構成は音楽的には作曲及び作詞家たちによるプロデューサー・チーム、広報担当、農業振興や政治的な不満を覆い隠す政府筋、宗教団体、私的なマネージャー、ボディガード、彼を描く画家、体調やメンタル・ケアも行い、彼を冷静にマネージメントする会社など多岐にわたる。  当初はイギリスの若者たちの不満の矛先を政府から逸らせるという目的で彼を利用していたのがエスカレートし、遂には彼を1つの国家、1つの宗教、そしてユニオン・ジャックの旗の下に結集させるための旗印としての使い道を見出だしていく。
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 従順に命ぜられるままに政府によってコントロールされていたポール・ジョーンズは新たな救世主として政府に起用される。野外大会場のライヴ・ステージの最前列には多くの難病患者や障害者(両方とも演出用の偽者たち。かなり悪趣味です。)が集められ、彼の歌声に包まれ、彼に手をかざされると病が癒され、患者たちが立ち上がる。  ステージはナチス党大会の演出がされ、宗教家が周りを囲み、ヒトラーのアクションを真似た司会者が進行を務め、前座の演奏で盛り上がったところでポール・ジョーンズが登場する。  計算し尽くされたステージは恐怖です。やり方によっては反体制に見える体制側ヒーローをプロデュース出来るのだという仮定を見せてくれたのがこの『傷だらけのアイドル』でした。
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 ならず者が権力側によって徹底的に管理されるアイデアスタンリー・キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』よりも先にピーター・ワトキンスによって描かれていました。  果たして、彼らの言葉は彼らが自分の意志で話している言霊だろうか。それとも陰に隠れている作り手、つまりプロデューサーによって誘導されている言葉だろうか。  この映画の興味深い点はフィクションであるのにまるで出演者たちが懐かしい過去を振り返るような証言で構成されていることです。つまり、フェイク・ドキュメンタリーとして製作されていることです。
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 監督はこういう作風で有名なピーター・ワトキンスで、町山智浩『トラウマ映画館』でも『モンティ・パイソン・アンド・ザ・ホーリー・グレイル』はこの作品のアイデアを生かしているのではという言及があります。  ピーター・ワトキンス作品では『ハイランダー』を見たいと思っていますが、内容が遠く離れたヨーロッパでの野蛮な歴史の恥部を描いているだけに馴染みがないのでたぶんDVDリリースはないのでしょう。  期待するのはシネフィル・イマジカですが、最近というか、ここ二年位はお上品なシネフィル向きの作品ばかりでぼくのようなお下品映画をこよなく愛する映画ファンのアンテナに引っ掛かってくる作品が少なくなってきています。
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 シネフィル・イマジカで今月見たのは『ゾンビ』特集でアメリカ公開版(一般的なヤツ。)、ディレクター・カット版(だらだら長いヤツ。)、ダリオ・タンジェント監修版(音楽が違い、画面がとても明るいヤツ。)の三本の一挙放送くらいでした。  こんなのばかり放送してくれとは言わないので、せめてヴェルナー・ヘルツォークアンドレ・カイヤット、ウィリアム・フリードキンらの全作品放送とかを期待したい。  ここ10年くらいでフランソワ・トリュフォージャン=リュック・ゴダールヌーヴェル・ヴァーグの人たちの特集はあらかた終わっていますし、もっと言えば、彼らの特集は二回目になってきていますので、10年以上前からシネフィル・イマジカに入っているファンを飽きさせないためにもここはこれまでスポットを浴びなかった作品をオンエアして欲しい。
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 フェイク・ドキュメンタリー方式をとり、出演者たちの回想をふんだんに挿入していくピーター・ワトキンスの映画手法は独特の個性として上手く機能している。  ロック・スター主演による単なるアイドル映画ではなく、ただ優れたSFというだけではない不思議な魅力溢れる一本です。
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 実際の興行はどうだったのだろうか。設定や斬新な構成は1967年の公開当時でも多くの観客に受け入れられたのだろうか。それとも惨敗したもののカルト的な評価を得て、ようやくDVD発売に漕ぎ着けたのだろうか。  いずれにせよSFとしてもロック・ミュージカルとしても秀作であることは間違いない。気軽に手に取れるよう日本版発売を求めます。 総合評価 77点
傷だらけのアイドル オリジナル・サウンドトラック
ミュージック・シーン
2013-04-25
ポール・ジョーンズ

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