良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『夜叉ヶ池』(1979)一度もソフト化されないのは坂東玉三郎と加藤剛のキス・シーンが原因?

 長年探し続けているもののビデオ化もされず、DVDにフォーマットが変わっても、依然として一度もソフト化されない幻の作品がこの『夜叉ヶ池』です。  Amazonで試しに“夜叉ヶ池”を検索すると、演劇ライヴを録画したDVDか、泉鏡花の原作がヒットするだけです。おそらくこのワードを入力する多くの人が望んでいるのは1979年に松竹系で公開された、坂東玉三郎加藤剛が共演した映画版『夜叉ヶ池』に違いない。
画像
 主演は坂東玉三郎、共演には加藤剛山崎努がいて、玉三郎を支えています。かなり前にテレビで放送されたきり、一度も人の目に触れていない作品なので、なぜこの作品はソフト化も放送もされないのかをさまざまな人が語っているようです  物語の内容は泉鏡花の原作を参考にしてもらえれば、作品世界のテイストを味わえるでしょう。しかしながら、言語ではなく、映像で感情や登場人物の人間関係などを表現できる映画技法ならではの良さはこの映画でしか堪能できない。
画像
 この映画には坂東玉三郎という作品の美しさの核が存在します。今回のキャスティングでの最大の妙味は女形スターである坂東玉三郎一人二役で起用するという大胆な試みであり、これによって芸術的な成功を収めています。  ただし残念なことにこういった美しさの追求は必ずしも観客動員には結び付かない。興行結果としては惨敗であったとしても、玉三郎を抜擢してくるほど企画力に優れたスタッフがいたのは素晴らしいセンスですし、後々まで残るフィルムに収めているわけですから、いつまでも封印し続けるのはナンセンスではないか。
画像
 寓話の世界をも映像化しているために特殊メイクを使って、夜叉ヶ池での妖怪登場シーンや鐘台への百鬼夜行シーンなどを挟んでおり、それらは今の目で見ると拙く映ってしまい、作品全体の品質向上に繋がっていないのは残念です。  それでも魑魅魍魎が蠢く、これらのシーンがカットされてしまうとどうにも味気なくなるのも事実です。しかし、本当の魑魅魍魎は欲に溺れ、我利我利亡者と化している村人たちである。  見どころいっぱいなのに、版権の権利者の一部の者がソフト化に許可を与えないのだとか、話題になった坂東玉三郎加藤剛のキス・シーン、つまり男同士のラブ・シーンが両者のうちのどちらかの関係者が二次利用を拒否しているのだとかあれやこれやと騒いでおります。
画像
 見た感じでは表現上、現在の価値観では放送等が難しそうなのは前述したように、土着的な地域差別や性差別的な表現が原因なのかとも思いますが、それほど騒ぐほどの表現とも思えませんし、基地外じみた土着(岐阜と福井の県境)の暴力的な無知も今の目で見ると笑ってしまうでしょう。  欲ボケした人間よりも、彼ら妖怪たちの方が義理や掟に縛られているのがなんとなく可笑しく思えます。作品の一番のクライマックスとなるのは一日に三度打たねば、池の下流地域を洪水で飲み込んでしまうという龍神白雪姫との約束の鐘を鳴らさなかった報いで、人も村も全てが大水に流されてしまうスペクタクル場面です。
画像
 この特撮についてはマット合成に粗があるにせよ、今でも十分に意図が伝わってきますし、迫力あるシーンとして楽しめます。また危機を迎えた場面においても自分だけは助かろうとする代議士の姿が浅ましい。  もうひとつの見所はなんといっても若かりし頃の名優、坂東玉三郎の艶やかな演技、とりわけ彼の所作動作の美しさです。歩き回るシーンでは足早な動作をしているのに彼の姿勢がまったくぶれていないので驚かされます。
画像
 また遠くを見るときに顔だけでなく、彼の全身を美しく使って、惚れた神様への強い思いを表現する様を堪能したい。加藤剛との男同士のキス・シーンばかりが話題となってしまったのは両者にとっては不本意だったでしょう。  音楽では富田勲がつけたクラシックをアレンジした楽曲が用いられていて、ドビュッシームソルグスキー『禿げ山の一夜』『展覧会の絵』が印象的でした。
画像
 ただ気になるのは現在もまだ封印されている『ノストラダムスの大予言』『夜叉ヶ池』という両方の特撮大作映画のサントラを富田勲が手掛けたのは偶然であるとしても興味深い。  ロケ地にも凝っていて、山崎努がオープニングでふらふらとさ迷う干ばつ地帯(どうみても日本国内には見えない。)も印象的ですし、大洪水によって地形が変わってしまったラスト・シーンではなんとブラジルのイグアスの滝まで撮影しに行っています。  壊れかけた鐘台までセットを組んでいますので、さすがに今では撮影許可は下りないでしょうし、当時ならではの撮影だったのでしょう。
画像
 配給したのは松竹です。しかも当時の予算で二億円を費やした話題作だったが、興行失敗した過去を持つ、いわゆる負の遺産なのです。かつての経費を回収するためにもソフト化は当然の結論になるはずです。  拒否している関係者が亡くなれば、数年もすれば遺族サイドや映画会社も動き出すので、いずれは自由にDVDで作品を楽しめる日が来るのでしょう。石原裕次郎の『黒部の太陽』、スタンリー・キューブリックの『恐怖と欲望』ですら本人が亡くなってしまえば、20年以上はかかったものの今では無事に店頭に並んでいます。  ぼくもこの作品に関しては現物を見たことがなく、長い間、いつかは見たい作品ランキングの上位に来ている作品でした。
画像
 実際、インターネットが身近になったここ10年で何回もAmazonの新作で出てこないかと思い、ちょくちょく調べてみたり、海外サイトに流れていないかチェックしたり、動画サイトにアップされないかと色々と試していましたが、一度も見つけることが出来ませんでした。  また映画ファンの知り合いが出来れば、話している際にはすぐに昔テレビで録った映画の話になるので、VHSテープに何か録画したのか残っていないのかとお互いに語り合いましたが、それでも誰もこれを録画したテープを持っている人には出会うことはありませんでした。  そんな状況が続いているここ数年ではさすがに視聴は無理なのだろうなあと諦めかけていました。『白い恐怖』や『正午から三時まで』が動画サイトでアップされているこの頃なので、もしかすると『夜叉ヶ池』の価値に気付いた映画マニアが流していないかなあと気まぐれで某動画サイトを探していたところ、なんとついにこの映画が放送された時の全編動画がアップされていたのです。
画像
 上映時間は110分間だったので、本来の上映時間である124分間からはかなりカットされてしまっているのですが、それでもこれだけまとまった再生時間をきちんと見られるのはここしかありません。  来るべき正規版発売まではこれで十分でしょう。ちなみにテレビ放送という性質上、カットされていると思われるのは濡れ場や放送禁止用語などでしょうが、加藤が失踪するいきさつを語るシーンなどが抜け落ちていますし、編集されたのが明らかに分かる雑なカットもあちこちにあります。  権利上の問題で発売されていない作品ですのですぐに削除されてしまう可能性は大いにありますが、早目に見ておきましょう。  数々の映画らしい、きらびやかなシーンもあるので、松竹にはぜひとも早くソフト化をお願いしたい。そのときは黒澤明監督の『白痴』完全版も一緒にリリースしてほしい。あと二十年くらいは待たねばならないのかなあ。  総合評価 80点