良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『そして父になる』(2013)家族の繋がりは血の繋がりを超えられるのか。重いテーマです。

 公開当時、話題になっていた福山雅治主演の『そして父になる』を観に行く機会を逃し、レンタルDVDがTSUTAYAさんに並んだ頃にようやく見ることができました。  ずっと気にはなっていたのですが、間が悪く用事が重なっての自宅鑑賞です。仲の良い女友達がいて、彼女はバツイチ子持ちです。しょっちゅう遊びに行きますので、気心も知れていますし、一緒にいるとのんびりします。付き合いは今年で五年目です。  彼女はそれとなく将来のことを時々聞いてきましたが、ぼくはずっと煮え切らない態度を続けていて、答えをはぐらかしてきています。付き合っている分には楽しいだけで済みますが、子供を交えて、一緒に生活していくとなると法的な問題や資産分与、同居する子供の気持ちなども含め、どうしても重苦しく、シビアになってしまいます。
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 若いときは勢いでなんとかなりますが、四十歳を過ぎると常に感情だけで突っ走らないようにブレーキを掛けたり、無難な選択をする自分がいます。そんな自分がこれを見たならば、どんな考えが浮かんでくるのだろうか。  今回は演技どうこうや演出がどうのこうの言う前に素直に画面に向かう自分がいます。物語の本筋は生みの親か育ての親かという問題であり、古くから題材に取り上げられてきたテーマではあります。  多いのは育ての親が臨終間際に本当の親は別にいて、自分の子供ではないと告げる展開です。突然の告白に驚きつつも、育ての親の死後に生みの親を探しに行くのがよくある話の持って行き方でしょう。
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 この映画の場合、他人の子供と認識した上で引き取ったわけではなく、病院で自分の子供と他人の子供を取り違えられて、そうとは気づかぬままに六歳まで我が子として育てる。  小学校に上がる進学前になって、血液型検査があってはじめて取り違えが発覚し、病院からミスを告げられる。しかも斬新なのは病院側の単純なケアレス・ミスではなく、エリート福山雅治への嫉妬が原因となる設定が新しい。  自分の境遇に不満を持ち、悪意を抱いた看護婦により故意に取り替えが行われる設定、そしてこの未成年略取という罪はすでに時効を迎えていて、刑事的に罪に問われないことです。
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 被害者福山雅治&尾野真千子夫妻及びリリー・フランキー&真木よう子夫妻はただただ巻き込まれ型の被害者であり、病院からの多額の慰謝料を受け取っても、感情のやり場がどこにもない。  自分に似ていないと感じていた子供を自分のだと言い聞かせながら育てたのに結果的には思っていた通り、血の繋がりがまったくないという事実が示される。この事案の難しさは二つの家族には各々の考え方やルールがあり、他人の子供をそのルールで育ててきたことです。  観客が感情移入しやすい庶民的なリリー・フランキー一家の詳細はお話の中心ではなく、福山雅治一家の葛藤が主に描かれていく。それでも短いながらも、お風呂でリリー・フランキーとじつの子供が遊ぶシーンや真木よう子が新しい環境に戸惑い、勝手口で独りぼっちになっていた血の繋がりがある子供を抱き締めると、子供は躊躇いながらも彼女に抱きついていくシーンが印象深い。
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 また福山雅治一家で暮らしていたこの少年は彼のことを大好きで、寝ている福山をデジカメで撮影していたのを発見したときに、彼もまた血は繋がってはいないが、六年間彼なりに育ててきたこの少年への愛情に気づき、元通りに彼を子供として引き取る決意を固める。  キャンプ場でのこの親子の会話が難しい関係性を示してくれます。福山が向こうの家のパパママは君のことが大好きなんだよと告げると 子供「パパよりも?」 福山「パパよりもだ。」と言い返す。
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 この会話を聞かされた少年の心はパニックに陥るのではないだろうか。福山の実子役の少年よりも、他人の子供役を務めた少年が強く印象に残ります。  福山雅治はエリート特有の鼻持ちならないイヤなヤツという印象を与えます。先方(リリー・フランキー)の気持ちなどまったく考えずに、実の子と育ててきた子供を両方とも引き取ろうと提案したり、先方(リリー・フランキー)の人柄を尋ねられても、冷たく「電気屋だったよ。」と職業差別と受け取れる発言をする。  ただし、福山をステレオタイプの悪役にするのではなく、多忙のなかでも何とか子供とコミュニケーションを取ろうとしている様子をもしっかりと描いています。彼は血の繋がりと生物学上は他人ではあるが、まがりなりにも育児をして、ともに生活して来た子供との六年間の愛情との葛藤を経て、はじめてこの少年の父親になったのでしょう。
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 彼の妻役だったのは河瀬直美監督作品の常連女優、尾野真千子です。彼女は事案解決に至るまでの夫婦間でのやり取りから精神的な苦痛を受け、思いやりがない福山の言葉が心の奥まで突き刺さり、夫への不満と不信感を募らせる。  また彼女は育ててきた子供への溢れ出る愛情と葛藤で徐々に精神的に追い詰められていく。父親と母親の違いは際立ってきます。リリー・フランキー真木よう子夫妻を描く場面は少ないが、わざわざ描かなくとも、彼らならば大過なく子育てが出来るだろうということは見ていれば十分に理解できます。  心配なのは福山夫妻だからこそ、彼らをメインにストーリーを展開させているのでしょう。その他に印象的なのはお受験面接でのどこか冷たい会話シーンです。キャンプに行ったと嘘をつく息子に対し、理由を聞くと「塾でそう言えと言われた。」と返答があったのを受けて、最近のお受験塾の凄さをボソッとつぶやく福山との会話は寒々しい。嘘の家族模様から始まり、取り違いを経て、真の繋がりを模索することで何が大切なのかを見つけ出す。
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 是枝監督の演出が素晴らしいのは無駄なセリフを極限までそぎ落とし、映像でストーリーと登場人物たちの感情を語っていることです。じっさいの会話でもそうですが、どういって良いか瞬時に判断できないことを問いかけられた時には思わず黙り込んでしまいますし、呻きながら表情には出すが、言葉としては発しない場面も多々あります。自然な苦悩と葛藤を上手く引き出せているように思えます。よりリアルに感じました。  フィクションと現実との違いは同じように会話のペースでしゃべってしまった場合、フィクションでは結論ありきでハッピーもバッド・エンディングも含めて予定調和がありますが、現実ではどちらに転ぶか分からない。
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 音楽ではバッハの『ゴルトベルク変奏曲』を数回使用しています。サントラがほぼない映画で数回使われるということは何らかの意味があるように思えますが、そこまで詳しくはないので何とも言えません。  いろいろと考えさせられることが多く、この映画を見たスティーヴン・スピルバーグアメリカ版の製作を決定したニュースが流れました。どういった作品になるのか仕上がりが待たれます。養子縁組が珍しくないアメリカでどういう設定で家族の結びつきと葛藤を描くのかに興味があります。 総合評価 70点