良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『煙突屋ペロー』(1930)戦争の影が忍び寄る昭和初期に制作されていたアニメ短編。

 先日、ベラデンさんからのリクエストにより、『煙突屋ペロー』という一本のアニメーション映画についての記事を書くことになり、さっそく本日、動画サイトへ視聴しに行きました。  タイトルは『煙突屋ペロー』でスタイルは影絵アニメーションでした。ぼくはこのアニメの存在を知りませんでしたので、今回が初めての視聴となります。上映時間は約23分間です。現在の感覚での23分間というとたいして長くもないと思われるでしょうが、制作されたのは1930年です。しかもこの当時は映画自体が最新の娯楽だったわけで、アニメなどはまだまだ世間で認知されている存在でもありません。  ディズニーは『蒸気船ウィリー』や『プレーン・クレイジー』などを皮切りにして、大スターのミッキーマウスをすでに映画館に登場させていましたが、長編となると『白雪姫』まで待たねばなりません。
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 そんななか、中野喜次がほぼすべての制作の権限を任されて、出来上がったのが子供向けという括りの『煙突屋ペロー』でした。上映当初は子供向けということもあり、検閲などの目も厳しくはなかったようなのですが、この作品の完成度に着目した左翼系の人々により政治利用されてしまいます。  中野自身の思想がどうだったのかは分かりませんが、プロレタリアート系の人だったのは事実のようです。ただ何故、子供向けだったはずのこの作品が左翼によって大人向けにも利用され、またそれに伴い、軍部ににらまれるような顛末になってしまったのだろうか。その答えは作品の持つテーマの深刻さとメッセージの力強さにあるのではないか。テーマは反戦と平和です。  軍部が突っ走っていく大正後期から戦争終結までの昭和20年くらいまでは表現の自由などは軍国主義の前では無意味であり、現在も続いている新聞社もすべてが軍部を支持していた時代です。現在は中国とロシアの利益のために意図した情報の伝え方をしている某新聞社も当時は軍部支持をしていました。
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 長い物には巻かれろという時代にほぼアマチュアの人々ばかりが集まって、出来上がったのがこの作品であり、今でも革新系候補者が強い京都という土地柄も影響したのか、すぐにこの映画の持つメッセージの強さに着目した左翼系の人々はエイゼンシュテイン作品などを上映する際に一緒にスクリーンに掛けたようです。  もともと商業用映画ではないので、検閲自体は強くなかったはずですが、あの時代に「戦争反対」を叫ぶことがどれだけ危険かを知れば、その意志と覚悟は認めるべきであろう。  作品は前半と後半に分かれていて、前半部では王族の汽車を破壊してしまった罪で死刑囚にされてしまった主人公の煙突修理工ペローが鷲に追われていた鳩の命を匿ったお礼にもらった魔法の卵を使って、侵略者を撃退するところまでが描かれる。  御伽噺として作られていますが、見れば風刺作品であることは誰でも理解出来るでしょう。鷲が鳩を襲うというシーンがありますが、どうせならば鷹が鳩を襲った方が分かりやすかったかもしれません。  後半部では期せずして救国の英雄となったペローが故郷へ帰る道すがら、火災で木々が枯れ果てた山々の風景、建物が破壊されつくされ、多くの負傷者や兵士の惨たらしい死にざまを晒しているのを見るにつけ、自分がやったことは英雄的行為ではなく、ただの大量殺戮だったのに気付き、すべての褒美と魔法を投げ捨てる。
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 故郷に帰ってからのペローは毎日、畑作りに励み、母親とともに平和に暮らしていくという場面で物語は閉じられる。お話そのものが当時の軍国主義的な風潮の中では異端であるかもしれません。そのため、当時は検閲が入り、ペローが褒美をもらう場面までで終わる編集もあったようです。  そうなると作者が伝えたいことが全く誤解されてしまう、正反対な内容になってしまいます。じっさいに戦火に焼かれたのか、ハサミを入れられてしまったからなのか、後半部分のプリントは行方不明になってしまいますし、前半部でさえも長らく不明のままでした。  その前半部が発見された後に有志によって復元され、当時はサイレント作品だったのを理解しやすくするためにサウンドトラックを入れて、『まんが日本昔ばなし』で有名な常田富士男が弁士代わりにナレーションを吹き込んでいます。僕が戸惑ったのはまずはこの点で、1930年製作なのにあまりにもクリアなサウンドと聞き慣れた常田富士夫の声に違和感がありました。
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 そしてフィルムの保管が悪かったであろう当時の作品にしては映像もかなり綺麗だったので不審に思い、色々と調べていくと結局は後半部分については原版が見つからず、スチールなどをもとに制作し直したようなのです。それらを知り、ようやく合点がいきました。  つぎに作品のクオリティを見ていきます。見ればご理解いただけるとおもいますが、影絵の出来栄えが素晴らしく、小さいころに見た千代田生命の影絵アニメと遜色はなく、高レベルに仕上がっています。またアニメ技術など何も伝わっていなかったであろう当時にあいて、これほどのスムーズな動きを成し遂げた制作陣には尊敬の念を覚えます。ただいくつか残念な点もあり、砲撃シーンにおいて、イマジナリーラインがごちゃごちゃになってしまっている部分があります。  それらにも増して、このアニメ作品に凄みを感じる点が二つありまして、まずは白と黒だけではない灰色の素晴らしさです。白と黒だけではどうしても単調になってしまうところを中間色であるさまざまな灰色を加えることによってより躍動感が伝わってきます。もう一点は縦横と上下の動きだけではなく、画面の前後の動きという奥行きを与える動きを意識している点です。つまり遠近感もしっかりと伝わってきます。  製作者は何気なく進行させていきますが、驚きのテクニックがこの短編には詰め込まれています。左翼系に利用されて、軍部に睨まれていたためにあまり有名とは言えない存在ではありますが、主張と政治臭さは抜きにしても再評価すべきではないか。  ベラデンさんもご指摘の通り、『西部戦線異状なし』(ペローの方が先に公開。)についても『シヴィリゼーション』などの影響もあるのでしょうが、実写でやるのとアニメでやるのとでは全く作業の質が違います。兵士が大量に戦死していく様子はもとより、とばっちりで死んでいく市民の様子、放置された多くの亡骸まで描写している点は斬新です。純朴だったであろう当時の子供たちにとってはトラウマになりそうな映像体験だったのではないか。
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 子供向けだったとはいえ、大人の視聴にも十分に耐えられる秀逸な影絵アニメーションがわが国にも存在していたことをアニメファンも知っておくべきでしょう。表現の自由が規制されていた時に反戦を語る難しさは僕らの想像以上でしょう。  最近は『美味しんぼ』問題などもあり、表現の自由にも色々と批判が浴びせられています。僕もこの漫画は大好きで、よく読んでいましたが、今に始まったことではなくこの漫画はけっこう政治的な問題も取り上げていて、捕鯨に関するエピソードや農薬使用に関するエピソードなどもあり、古くはコメの自由化などについても描いていたこともあり、時事問題にもあれこれ言ってくるマンガではあります。  今回は勇み足的な感じにはなっていますが、問題提起ということでは一定の評価を与えても良いのではないか。もちろん放射能問題は深刻です。チェルノブイリと比べて、本当のところはどうなのだろうか。帰れないならば、推進してきた国は移住をきちんと説明すべきなのでは。知りたいのはそこなのです。 総合評価 80点