良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『危険な恋人』(1968)エログロだけじゃなかったティント・ブラスの奇跡的なポップなサスペンス。

 イタリア人のティント・ブラスが監督した作品のイメージは『カリギュラ』『サロン・キティ』など爛れきったエロ映画であり、彼自身も俗悪な見世物を世に送り出す映画人というところでしょうか。  もっとも本人の意思でそうしたというよりも、ギャラが高い製作サイドの思惑に唯々諾々と従っていただけなのかもしれません。そんな彼が初期の頃の1968年に監督したのが『危険な恋人』です。
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 スウェーデン出身のロリータ系アイドル女優だったエヴァ・オーリンを起用できたこと、彼女がヌード撮影をもやりきれる度量のある女優だったことはティント・ブラスには大きくブラスに働き、結果としてはセクシー、ポップ、サスペンスという要素を偶然にかつ奇跡的に程よくミックスしたカルト的人気を誇る不思議な作品が出来上がりました。  ゴダールを強く意識したと思われるヌーヴェル・ヴァーグ風味のアクション・シーン(つまりヌルいということです。)、同じく彼らが憧れていたフィルム・ノワール的な映像作り、そしてやたらと出てくる浅薄な中国傾倒には笑ってしまいます。
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 老子の引用や毛沢東の写真を部屋に貼っていたりとまるでゴダールです。看板や新聞記事の言葉をカットに忍ばせて、サブリミナル的な効果を狙っているのも作為的です。当時の風俗やポップな小道具を数多く散りばめていますが、ここらへんの映像はミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』っぽい。  サウンド作りに関してはサイケデリックなギターを前面に押し出したインスト曲やサックスを強調したナンバー、そしてドラマチックな主題歌の『ラヴ・ガール』もこの映画の雰囲気にマッチしています。クライマックス間近のサイケデリック・パーティのシーンでは小さくローリング・ストーンズのナンバーが掛かっているように聴こえます。
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 芝居の中にポップ・アートをあちこち入れてきます。画面作りも当時の風潮だったのであろうドラックを意識させるようなトリップしたような原色の映像が多いが、先ほども書いたようにフィルム・ノワールを彷彿とさせるモノクロ映像が交互に出てきます。  捉えどころのないストーリーをポップな映像で誤魔化しているのですが、いかんせんドラマが弱い。映像が普通だったとすれば、ありきたりのサスペンスでしかない。そこを印象深いものに変えたのが、サイケデリック時代の映像が持つ楽しさとラスト・シーンの衝撃でしょう。
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 まさに終わりがよければ、なんとか記憶に残る作品に仕上がるという見本のような作品です。一般的なラブ・ストーリーの終わり方としてはジャン=ルイ・トランティニャン銃口を向けたエヴァは迷いつつも最後はジャンと結ばれるという結末でしょう。  しかしそこは工夫があり、アンチ・ハリウッド的なテイストが味わえます。つまり、殺人犯だったことが明らかにされるエヴァはジャンが真相に迫ってくると彼に銃口を向け、彼を迷わず撃ち殺して、物語が閉じられる。
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 勧善懲悪ではなく、自分を助けてくれたトランティニャンを自分の身を守るために利己主義的に殺害してしまうファム・ファタールとして機能しています。実は隠れたフィルム・ノワールとして見た方が分かりやすいのかもしれません。  フィルム・ノワールは悪女を楽しむジャンル映画ですので、細かいことなど置いといて、悪のヒロイン、ファム・ファタールエヴァ・オーリンの魅力を楽しめばそれでいい。彼女はのちにマーロン・ブランドと共演した『キャンディ』でもコケティッシュでロリータな雰囲気が魅力的な女優です。時代の雰囲気を体現したタレントのひとりであり、色褪せることはありません。
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 映画自体の問題点は無駄にアーティスティックになり過ぎていることで、本筋が見えにくくなっていることでしょうか。分割画面、マスキング処理による視点の強調、意味深長な言葉を画面のあちこちに配置しているもののそれらが物語にどう絡んでくるのかが分かりにくい。  興味深い部分は画面に忍び込ませてある写真群です。クラーク・ゲイブルのポスターをはじめ、ユニヴァーサルの狼男だったロン・チャイニーJr、バットマンのポスター、毛沢東の写真、そしてビートルズの傑作アルバム『リヴォルヴァー』のジャケットが寝室に大きく貼り出されています。実際のシーンでは彼女の奥の部屋に大きなパネルが飾ってありました。
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 1968年公開なので、おそらく製作は1967年だったのでしょう。サージェント・ペパーでも良かったと思いますが、ジャケットのカッコよさでいえば、『リヴォルヴァー』だったのかもしれない。襲撃シーンではリヴォルヴァーを何度も使用するからこちらだったのだろうか。  もう一つ繰り返し、使用されるのが階段のイメージです。混沌として迷走を続けるトランティニャンとエヴァの関係性を表現していたのだろうか。
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 階段を駆け下りるときの靴の音がまるでフラメンコの激しい踏み出しのようで強く印象に残ります。地下鉄や階段、揺れるランプやガラスが割れたままの廃墟、そしてタバコに煙る部屋。まさにフィルム・ノワール。  物語の展開では真犯人が誰なのかは注意深く見なくとも、色々な映画を見たり、小説をたくさん読んできた人ならば分かるでしょう。ただティント・ブラスは画面に真犯人のヒントを忍ばせています。
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 まずはロン・チャイニーJr.の狼男のパネルです。このキャラクターが象徴するのは変身ですから、主人公、あるいは近しい誰かが豹変するのであろうことが仄めかされています。煙草も頻繁に登場しますが、これは麻薬トリップ体験の暗喩でしょう。  それ以外にも“女は人を殺せるか?”という題名の小説を広げている乗客がいたりするのでかなり犯人が限定できてしまいます。このような仕掛けもあり、サスペンス要素には欠けますが、全編通してみていくと見世物映画らしく、というかポスターにも“ジャーロ、セクシー、スリラー”と潔く記載されていますのであれこれ深読みせずに楽しみましょう。
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 1960年代後半当時の風俗や雰囲気がどんな感じだったのかは十分に味わえます。それが本来の狙いだったのかどうかは分かりかねますが。興味深いのがサウンドトラックで、クライマックスのサイケ・パーティでは大音響のロック・サウンドが流れています。  そのとき微かにローリング・ストーンズの『ゴーイング・ホーム』らしきナンバーが聞こえてきます。本当に小さな音で聞き逃しそうになりますが、大昔にローリング・ストーンズのアルバム『アフターマス』を持っていて、『アンダー・マイ・サム』『アウト・オブ・タイム』『マザーズ・リトル・ヘルパー』などとともにお気に入りのナンバーだったので偶然気づきました。
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 あの「ボーン、ボーン、ボーン、ボボボン!」と「ジャスト・アイ・キャント・ウェイト」という歌詞とシャウトはミック・ジャガーだろうなあと確信できますが、カバーか空耳かもしれないので、なんとか見ることが出来た方は耳を澄ませてパーティ・シークエンスに臨んでください。  さまざまな謎解きの後にようやく真犯人に気づいたトランティニャンはエヴァを問い詰め、彼女が銃口を突き付けてきても、愛し合った自分を殺せるわけがないとタカをくくり、じたばた逃げもせずに愛した女の理性と愛情に疑いがない。
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 ですが、一方のエヴァは迷うことなく射殺します。これって、ブラック・ジョークでしょうし、これまでの映画、つまりヌーヴェルヴァーグ以前の予定調和への返答なのでしょうし、フィルムノワールへの憧れでしょう。  現在、この作品はわが国ではDVD化されていません。かつてはVHSビデオが発売されていましたが、このビデオが曲者で、まずは何といっても画像が悪い。ビデオ映像なのでボンヤリとしていて、細部が分かりにくい。
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 さらに問題となってくるのが左右のトリミングです。アナログ時代の哀しい性なのでしょうが、左右の画面にハサミが入れられていて、16:9ではなく4:3くらいになってしまっています。しかも仕事が粗く、もろに切ったことが分かる程度のレベルの劣悪さです。  ちなみに海外版DVD(すでに発売されています。)ではきちんと映像はクリアになっていますし、もちろんトリミングなどされていません。また音声も聞き取りやすくなっていますので、出来るのであれば、イマジカあたりが好きそうな素材なので、リリースして欲しい。
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 最後にもう一つややこしいのがオリジナル音声で、イタリア語、フランス語、英語が飛び交うので混乱してしまいます。実際には外国へ行ったら、相手が理解できる言語で話すことが多いのでこちらが本当なのですが、フィクションなのだからそのへんは分かりやすくしても良かったのではないかと思いました。 総合評価 73点
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