良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『大虐殺』(1960)ビデオ時代はなぜか改題され『暴圧~関東大震災と軍部』だった…。

 『暴圧~関東大震災と軍部』は今は亡きニヒル天知茂主演作品で、VHSビデオ時代には大きなレンタル屋さんに置かれていましたが、現在はDVD化されておらず、なかなか視聴困難な作品の一つです。  そもそも1960年公開当時は戦後の反動としての軍隊アレルギーもあり、『大虐殺』という新東宝らしいセンセーショナルかつストレートな題名を付けられています。
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 あまりにも殺伐とした印象を和らげるためか、ビデオのリリース時には改題されて『暴圧~関東大震災と軍部』とされたのでしょう。そのため大昔に『大虐殺』を見た人はこれに気付かなかったのではないか。  韓国や中共と揉めている現在では再ソフト化するのは難しそうです。もっとも虐殺されていたのは在日外国人だけではなく、社会主義者アナキストなどの左翼が大半で、いわば思想弾圧がストーリー展開の大きな軸となっています。
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 日本人か外国人かを取り調べるために警察は検問で君が代を歌わせたり、いろは歌を歌わせたりしますので、こういった表現は右系の人にも睨まれるかもしれない。  ぼくらが関東大震災のときに起こったこととして聞いていたのは大騒動のなか、普段虐げられていた在日外国人がパニックに便乗して暴動を起こし、あちこちの井戸に毒を撒き、水を飲めなくしているというデマが乱れ飛び、結果として軍部が多くの在日外国人を虐殺したという話です。
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 実際はどうなっていたのだろうか。詳しくは知りません。今回はじめてこのときの混乱を扱った映画に接することになりましたので、じっくりと見ていきました。  あくまでも劇映画で表現されていることなので、さまざまな事実誤認や意図的な隠蔽等もあるかもしれませんので話し半分に受け止めなければいけないのかもしれない。見終わってからモヤモヤするのでしょうが、見ないと何も始まらない。
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 関東大震災という未曾有な災害を受けて、それに便乗したのは外国人ではなく、軍部の一部だったことが描かれています。結果的には数百人もの人命を奪ったようです。ただ軍部も大正期ということもあり、まだ穏健派や世論を気にかける大将がいたりする。  そういった煮え切らない態度にイライラする青年将校の様子も描かれています。冒頭、震災前から警察に目を付けられていた天知が牛めし屋(吉野家みたいで爆笑。)で食事をとっているところへ大地震が起こり、木造建築の町並みを薙ぎ倒し、火災も発生します。
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 精一杯のスペクタクル・シーンなのですが、かなりおとなし目に特撮が行われています。とりあえずは雰囲気作り程度でも挿入したかったのでしょう。それに繋がっていくのが軍部による無慈悲な銃撃シーンです。  ろくすっぽ取り調べがないままにトラックの荷台に乗せられ、着いた河原を歩かされる逮捕者たちが一斉に機銃掃射や銃撃により殺害されていきます。この殺戮シークエンスでは女も子供もお構いなしに発砲されて絶命していきます。
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 同時に普段から目を付けられていたアナキスト大杉栄細川俊夫)と妻、そして幼い甥までも虐殺した甘粕大尉(沼田燿一。いつも悪そうな役だが、黒澤映画『素晴らしき日曜日』の主演でもあります。)の強引な問答無用の尋問シーンが出てきます。甘粕の独断で動けるわけはないので、憲兵隊の上層部が背後で指示していたと見るのが自然でしょう。  実際、非難を受けて(甘粕を擁護する世論が圧倒的だったようです。女や幼児を殺害しているのに擁護するというのは恐い時代です。)、殺人容疑で収監された甘粕は懲役10年の実刑となっていたもののわずか3年で釈放され、フランス留学後に満州へと赴く。
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 何だかヤクザ社会の「おい!出所したら、幹部にしてやるから臭い飯でも食ってこい!」という台詞を思い出しました。官憲による拷問シーンもふんだんに盛り込まれ、権力側の役人がニヤニヤしながらアナキストたちを苦しめていくさまが描かれます。  甘粕の働きは暗躍部隊というか、名誉を重んじる軍部では汚れ仕事専門だったのかもしれません。作品は大杉栄の弟子という設定の天知茂が虐殺された師匠の仇を討つためにテロリズム戦略を選択し、犯罪を重ねていく姿が描かれる。
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 大杉栄という人はかなり破天荒な人だったようで、学校も退学になってしまったり、内縁の妻だった女に刺されたり、愛人との間に子供を作り、クリスチャンのようなカタカナの名前を付けたり、魔子とつけてみたりと変わっています。  また意外な仕事としては『ファーブル昆虫記』やダーウィンの進化論『種の起源』を翻訳したりと大昔ならば、「へえ~」とトリビアのポイントがつきそうなこともやっています。
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 大杉栄は甘粕事件で殺害された後は妻と甥とともに遺骸を古井戸に投げ込まれてしまったり、葬儀時に遺骨を右翼によって強奪されてしまったりと死後も災難に遭いつづける。  天知は資金調達に奔走するも果たせず、てっとり早く金を得る手段として大阪まで行って、銀行員を襲って、しかも行員を殺害してしまう。ここらへんはギロチン社事件をモチーフにとっています。
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 もちろん凶行直後の彼は深く落ち込むが、革命には犠牲がつきものなどという自己弁護にたどり着き、その後はただのテロリストになっていく。  その後、暗殺計画を練り上げて実行に移していく過程で女(彼女の父こそが天知が殺害した銀行員。)と一夜を共にして驚愕するシーンもあります。またかつての恋人は彼の身を思うあまり、警察に出頭するも、まんまと警察の誘導に引っ掛かり、アジトを急襲されてしまう。
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 間一髪で軍部襲撃計画を実行に移していた天知は仲間と共に電気修理工に化けて会議室に侵入し、爆弾を仕掛けるもののあと一歩のところで露見し、身柄を取り押さえられる。  見ていて、これはもしかすると良く出来た喜劇なのではないかと思い違いしてしまうほど、天知らの行動は失敗に次ぐ失敗、一般人ばかりが犠牲者になってしまう状態が続きますので、天知の苦悩溢れる眉間のしわと白目がちな目つきがギャップでのお笑いのように見える。
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 本人たちはあくまでも大真面目に革命のための手段としてのテロリズムに邁進するのがむしろ滑稽にすら見える。報われなかった革命思想がアナキズムだったのはロシアでも明らかで、アナキストは弾圧され、考え方そのものが低迷していってしまう。  じっさい、僕ら世代が知るアナーキーはパンク・バンドのセックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』と亜無亜危異くらいしかない。
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 映画は天知が収監されていくところで幕を閉じる。無理矢理にラブロマンスをぶちこむのはどうかとも思いますが、こういった描写がなければ、あまりにも殺伐とした雰囲気になってしまうのを恐れた製作サイドの意向だったのでしょうか。  新東宝のイメージはエログロ映画を撮り続けるいかがわしい映画会社というものですが、こういった社会派作品も撮っていたのは驚きでした。ただしあくまでもセンセーショナルな見世物としての似非社会派の臭いがプンプンしています。
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 缶詰爆弾の製造シーンや陸軍省爆破未遂事件での爆弾起爆の仕掛けの詳細なディティールなど妙にリアルな場面が多く、こういった細かさは『日本暗殺秘録』や『腹腹時計』につながっているようにも思えました。  現在は視聴がかなり難しく、今から15年以上前にたしかCS放送でオンエアされた記憶がありますが、その後は一切なかったのではないか。まあ、スキャンダラスだったり、センセーショナルだった問題シーンの多い作品も次々にオンエアされたり、DVD化されていることが増えていますので、この作品もいずれ発売されるのかもしれません。 総合評価 80点
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