『荒野の千鳥足』(1971)スコセッシがすさまじく不快と語った問題作、いよいよ公開。
この作品は1971年公開のオーストラリア映画ですが、洋画といえばハリウッドとヨーロッパのことだったわが国では当然のように当時は未公開のまま、現在に至りました。
そんな作品が突然、今年の秋に公開が決まり、40年越しの上映となり、にわかに騒がしくなってきました。
原題はグデングデンに飲み続けてしまい、翌朝に訳が分からないまま眩しい光で目が覚める、気だるさと自己嫌悪、気味の悪さが感じられる『WAKE IN FRIGHT』です。
FLIGHTだったら、飛んでいる感じが出るのでフラフラしている千鳥足も間違いではないのでしょうが、前にWAKEがつくのでどうなんだろう。まあ、酔っ払い映画なのでどっちでもいいでしょう。
『荒野の千鳥足』という邦題のセンスはさておき、荒野のと頭につくとどうしても西部劇を想像してしまいますが、どちらかというとアメリカン・ニュー・シネマの雰囲気に近い。
日本ではほとんど知られていない作品ですのでまずはあらすじを記載します。もし観に行かれる方は注意してください。
まずは映画全体の雰囲気を掴んでいきます。オーストラリアの荒涼とした乾燥地帯の小さな町が舞台となっており、大酒をあおるシーンがほとんどなので、劇中の男たちは下品な大声でひたすら酔っ払っています。
ここの住民はフレンドリー過ぎるくらいに親切で、会ったばかりのよそ者に酒をご馳走したり、自宅に泊まらせたりとちょっと気持ちが悪いくらいです。ホラー映画ならば、そのままよそ者を太らせてから、聖なる儀式に捧げるでしょう。
男たちがまったく働かずに朝から晩まで大騒ぎをしながら、ガブガブとビールを浴びるように飲んでいるのはクリスマス休暇に入っているという設定のためだろうか。つねにハエが五月蝿く室内を飛び交う不衛生さに清潔好きな日本人はゾッとするかもしれない。
登場人物のほぼ全員がひたすら酔っ払い、臭そうなゲップをかましまくる。クリスマス休暇中のそんな町に恋人が待つシドニーへ向かうための短期滞在地として選んだのが主人公の小学校教師(ゲイリー・ボンド)です。
ボンドは月給1000ドルで雇われています。田舎の方が教師の応募者が少く、ギャラが良いようです。彼は町の酒場で一杯やろうとすると保安官が寄ってきて、ビールをおごってくれる。
しばらく飲み続けていると酒場は地元の賭博場に変わり、丁半博打のような原始的な賭けが始まる。2枚のコインにX印をつけていて、ヘッドとテール、つまり表裏のどちらが出るかを賭けて、胴元のオッサンが頭上高くに放り投げて決着させる。娯楽のないこの田舎町では男たちはゲームに熱中する。
そこで1000ドル(給料分)をほんの数分で荒稼ぎした彼はお酒の勢いも手伝い、有り金すべてを投入し、結果として一文無しに転落する。
それでも周りの住民は落ち込む彼にお酒をご馳走し続ける。翌朝、眩しい光で目覚めた彼はバーで知り合った押しが強いオッサンに誘われるままにビールを浴び、ビリヤードに興じ、自宅に招かれる。
年の差がかなりある若い奥さんと良い仲になるが、アルコールによる吐き気のために最後までは行けない。
普段はおとなしそうな彼女だっが、夜になったら亭主の友人たちとも寝ているのだろうなあというのは酔っ払い仲間たちが二人で“散歩”に出かけていくさまをニヤニヤしながら見送る様子から察しがつきます。
連日連夜のサバトのような堕落した生活は彼の目から若々しさを奪い、疲れ切った真っ赤な目は嫌悪感がにじみ出ています。それでも夜になれば意識を失うほどに飲み続け、ホモセクシャルな行為(断片的にしか覚えていないが、これは思い出したくもないということでしょう。)にまで及んでしまう。
うっすらとしか覚えていないボンドは眩しさでまた目覚める。文化的生活とは無縁の自堕落な暮らしを送っている医者ドナルド・プレザンスのところに泊まり込んでしまった彼はほぼ全裸で汚い服装も気にならなくなっている。
ほんの数日前までは学校で教鞭をとっていた彼からすれば、信じられないような転落ぶりです。すべては酒場で大酒を浴び、博打に狂った過ちから始まる。いよいよ破滅に向かって一直線の彼は次の夜には酔っ払い仲間に連れられて、カンガルー狩りに参加する。
上映時間にして70分前後から始まる、この悪名高い一連の狩猟場面があるため、かなりの抗議を受けていたらしく、わざわざテロップでこの映画が撮られた頃はライセンスを持つハンターにはカンガルーの狩猟が認められていた。
が、乱獲のためにオーストラリア特有の哺乳類であるカンガルーが絶滅の危機に瀕したので、現在は禁止されているとの文言が記されています。
ただ簡単には「ああ、そうだったんだあ~。」と腑に落ちる内容と描写ではない。なにせ、現在ではオーストラリアを代表する人気者への無慈悲な狩猟シーンを盛り込み、遊び半分に無意味にカンガルーを撃ち殺し続ける。人間の残虐性が露わになるシーンであり、さすがに目を背けたくなります。
銃弾に倒れたカンガルーたちが痙攣している様子や手負いの親カンガルーとふざけながら格闘し、しまいには後ろから回り込み、絞め殺してしまう。しかも死んだカンガルーの足のアップを持ってきます。
赤ちゃんカンガルーを見つけた主人公は仲間に冷やかされながら、赤ん坊の首を絞め、何度もナイフで刺し続ける。食用にするわけでもなく、ただのゲームとして群れごと全滅させて笑いながら去っていく様子はまさに野蛮人であり、まだそれほど昔ではない現代オーストラリアの姿が晒される。酒臭い一行が笑いながら帰っていく姿の後ろでは全滅させられたカンガルーたちの死骸が映し出される。
かの国へのイメージは最悪なものになるでしょう。このカンガルー虐殺場面があるせいで、不当な評価を受けることもあるでしょうが、あえてカットせずに公開していく姿勢はかえって潔い。それでもかなりショッキングなシーンであることは確かなので、R-15程度の視聴制限は必要でしょう。
さまざまな悪夢的な経験の後、この町からの脱出を図った主人公は数日、荒野をさ迷ってからトラック運転手に拾ってもらい、ようやく近くの町まで運んでもらうことになる。
が、翌朝になって辿り着いた先はもとの町であったために絶望する。ライフルを持って街中をさ迷う彼は泊めてくれたオッサンの一人(ドナルド)の部屋に雪崩れ込み、彼を射殺しようとするが彼は留守でした。
すべての感情が抜け落ちた主人公は自らのこめかみに猟銃を押し当て、自殺を図るが…。
結論としては弾が逸れ、一命をとりとめた彼は治療後にドナルドに見送られ、赴任先の冴えない町に戻っていく。つまらなくても平穏無事が一番だということだろうか。
アメリカン・ニュー・シネマ的なラストを持ってくるとすれば、荒野をさ迷う主人公が倒れて果てるシーンが来るか、猟銃自殺を遂げた瞬間で唐突に終わるかでしょうが、そうはなりませんでした。
劇中の主人公であるボンドを死して英雄にはさせずに、カッコ悪く生き続けさせる結末の方がより現実的であり、悲劇的に映る。サーフィン好きのさっぱりとした好青年だったボンドが有り余る善意がもたらす地獄めぐりの旅を経て、平穏な暮らしへと戻っていきますが、彼は元通りの彼ではない。
彼が辿り着いた町は本当に存在していたのだろうか。悪夢だったのだろうか。酒に始まったこの映画は酒を飲んで終わります。主人公の酒に対する感情は物語当初は常識的だったのが目まぐるしく展開した数日の経験後では刺激的な楽しさに変わっているように思える。たぶん彼はまた大きなトラブルに巻き込まれるに違いないと想像してしまう。
多量飲酒の場面が多く、三点倒立したままラッパ飲みしたり、ボタボタと半分以上は床に飲ませる者もいます。画面から漂ってくるのはアルコールとゲップの臭さ、体臭と汗が混じった鼻をつく悪臭、ハエの鬱陶しさ、殺戮されるカンガルーの血の臭いでしょうか。
手持ちカメラを多用しているために臨場感はよく出ていますし、愚かな酔っ払いたちを見下すような高所からのクレーンカメラによる俯瞰的な撮り方も効果的です。
前半から中盤にかけてはダラダラ進むので途中で飽きてしまうかもしれませんが、カンガルー狩りあたりから何かが弾けてしまった主人公ボンドの後半の狂乱ぶりは強烈な印象があります。
好き嫌いがはっきりと分かれるでしょうが、汚点を隠さずに、つまり問題場面をカットせずに公開する姿勢は認めて良いのではないか。またアメリカン・ニュー・シネマのころの作品群で育った世代やテレビ放送でよく見ていた世代には受け入れられるのではないか。
もっとも日本公開版でカンガルー狩りの場面があるのかないのかはまだ分かりません。僕が見たのは海外版のDVDですので、悪名高い虐殺シーンは入っていましたが、もしこのシーンが“配慮”されて、なかったことにされていたならば見る価値はない。
総合評価 80点
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