良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『スウィート・ムービー』(1974)タブーの連打にひたすら圧倒される怪作コメディ。

 ドゥシャン・マカヴェイエフというユーゴスラビア出身の監督の名前をはじめて意識したのは『人間は鳥ではない』からで、そのあとに見たのは『保護なき純潔』と『スウィート・ムービー』の二本です。  『WR/オルガズムの神秘』及び『ゴリラは真昼、入浴す』は公開はされたようですが、いまだ見る機会に恵まれていません。九条シネ・ヌーヴォマカヴェイエフ特集上映でもあれば駆けつけたい。  今回は久しぶりに1974年に公開されたマカヴェイエフの代表作『スウィート・ムービー』をビデオで見ました。初見の時はあまりの過激さに呆然となりましたが、さすがに二回目なのでわりと冷静に見ていられます。  未見の方はスチール写真などでカール・マルクス(世界中に混乱と戦争をばらまいた共産主義の神様!!と紹介される。)の馬鹿でかい顔が船首に鎮座するサヴァイヴァル号の姿に圧倒され、これから始まるのはいったいどんな作品なのかと混乱するでしょう。
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 お下劣で風刺が多いナンセンスな喜劇でもありますが、劇中に散りばめられている過激な映像表現に驚かされる。  変態的な性癖と殺人や強姦など暴力の合間を埋める歌や音楽が素晴らしく、ミュージカル要素がかなり強い作品です。しかし“牛の糞”の歌詞が飛び交うとんでもない歌ばかりです。  歌もそうですが、何よりもエロ・グロ・ゲロ・スカトロ表現の連打に圧倒されます。ストーリー構成としては二つの物語が時系列に沿って同時進行していきますが、まったく最後まで交わることなく終わります。何とも斬新ではあります。 例えて言えば、別のチャンネルでやっていた同時間帯に始まるドラマを録画してから、交互にCMまでの15分間程度のブロックを見ていく感じです。
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 唯一交わるのはカール・マルクスに関するエピソードがあるだけで、物語としての共通点は常軌を逸する行動の果てに辿り着く結末がさらに衝撃的だということでしょう。  両者の物語を橋渡しするのが奇怪な歌詞の歌であり、カティンの森の凄惨なドキュメンタリー映像なのでしょう。政治的な意味を持たせたいのでしょうが、どうも付け足しにしか思えませんし、リンクさせることを目的としてはいないのでしょう。  まずは一つ目のお話から。世界一の金持ち男が花嫁を募集するために実母がテレビを使い、そこで最高の処女を探し当てるというアホな企画を中継します。放送前に運び込まれる診察台のパレード映像がすでにナンセンスではあります。  花嫁候補として集まった大勢の女たちは産婦人科医・花婿の母(いかにも因業が深そうなババア。)らが見守るなかで婦人科の診察台に乗り、大股を開かされて、各自の女性器をチェックされていきます。
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 一応はミスコンの体裁をとっていますが、やっていることは馬鹿馬鹿しい。ミス・コンゴ(バナナの房で陰部を隠し、それをパンツにしている)やら、ミス・ユーゴスラビア(めちゃ強そうで、監督自身がユーゴ女性は強くて怖いと思っているのでしょう。)が登場したあとに可憐なミス・カナダ(キャロル・ロール)が登場して、他の女たちと同様に診察台で女性器をパカッと開かれる。  彼女の形と色が最高だったようで、花嫁の権利を手にします。彼女の性器は光輝くほどに美しく、実際に照明を当てられた陰部が神々しく光輝き、医者が「薔薇のつぼみだ!!」と絶賛する。書いていても、かなりバカバカしい。  薔薇のつぼみと言われると、ぼくらクラシック映画が好きなファンはオーソン・ウェルズの『市民ケーン』を想像してしまう。まさか『市民ケーン』を意識しているわけではないでしょうが、思わず笑ってしまう。  候補者たちが登場してくる入り口のデザインが薔薇の花びらを型どっていて、まるで女性器内部から人間が出てくるようで、こういった馬鹿馬鹿しい演出に笑えるかどうかで観客の対応が分かれそうです。サヴァイヴァル号を含め、セットに膨大な費用をかけた末に出来上がったのがこれではプロデューサーのルイ・マルの弟ヴァンサンも報われない。
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 後年、クエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』において、カバンに入った素晴らしいものを見た殺し屋サミュエル・ジャクソンの顔が歓喜で光輝かせたのを見たときはこの『スウィート・ムービー』を思い出しました。  見事に花嫁の座を手にしたミス・カナダでしたが、上手く行くはずもない。「これからはただで安全なセックスが出来る。」とか「今度、ナイアガラの滝を買うぜ!」などとのたまう彼(ジョン・ヴァーノン)には異常性しか感じない。  初夜では全身消毒をされ、花婿とのピロー・トークでは彼が持つカール・マルクス印のパイプを見ていると、「こいつは世界中に戦争を吹っかけて、皇帝を殺した野郎だ!」と聞かされる。  いざ行為を始めると彼のイチモツが金粉まみれに勃起している様子にショックを受けた彼女は、離婚と慰謝料を請求するものの因業ババアの汚い策略により、カナダの豪邸から追放されてしまう。
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 彼女の始末を任されたゴリラのような黒人ボディガード(舐めるとチョコレート味がするそうだ。スゲエ人種偏見ギャグで、フラフラしそうになります。)に強姦されてしまった彼女は生きたままスーツケースに詰められて、パリまで空輸される。  まあ、こんな感じでナンセンスなシーンがずっと延々と続きます。パリでは色男の映画俳優(サミー・フレイ)と行きずりの恋に落ちますが、立ったまま行為を続けたのが災いしたのか、膣痙攣を起こし、痛みでなんとも青白い顔をしたままの俳優と繋がったまま、なぜかレストランの厨房に連れていかれて、そこでようやく引き離す処置が為される。  転々とする彼女が辿り着いた先は数十人の男女が交わる場末の過激で不衛生極まる乱交会場で、そこで行われるプレイは通常の感覚では神経が持たない。  皆で楽しく会食していたら、指を喉へ突っ込み、激しくゲロを辺り構わず撒き散らし、そんな口元のまま、男同士で激しく求め合う。行為はエスカレートしていき、出産した女の母乳を飲まされたり、皆がギャラリーとして囲む中、テーブルの上に数人の男が用意されたお皿に脱糞する様子を皆が囃し立てながら、楽しんでいる。
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 さらにそうやって出来た、取れたての幸(?)やゲロを一人の男に塗りたくりながら、狂気の宴会がたけなわを迎える。やられている男も苦しみながらも最後は喜びの表情を浮かべています。こりゃ、かなり狂っています。  しかもこれが撮られたのは1974年ですので、ユーゴは旧共産圏の一員だったころですので、その作品がどれだけ衝撃的で、強烈だったかは容易に理解出来るでしょう。  その後、暗がりの中、カメラを向けられた彼女は全裸で黒く光るお風呂に入り、ドロドロになりながら、カメラを挑発するように体を撫で回す。画面の隅にはチョコレート味の黒人もはく製にでもされたのか、全く動かないまま立っています。  この黒光りするドロドロの液体の正体は溶かされたチョコレートで、バスタブいっぱいにチョコレートが溶けて広がっているさまは異様な光景です。水ではないのと粘性があるためか、見ていても重そうなのが分かります。
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 さらにそこでくねくねとカメラを誘惑するような動きを見せる彼女も泥レスのようで、ただただアブノーマルにしか見えない。  さて、これが第一のエピソードで、このお話がぶつ切りにされて、もう一つのお話と交互に展開されていきます。  もうひとつのお話はオープニングに現れたサヴァイヴァル号でのお話。港に入港しようとしていたこの船に近づいてくるのはまだ若い水夫(ピエール・クレマンティ)で、彼は女船長(アンナ・プルクナル)に対し、自分はポチョムキン号の生き残りだと伝え、乗船許可を求める。  返事を出し渋っていた船長はからかいながらも彼の乗船を認め、艦橋に案内するとすぐに沿道の通行人が見ているにもかかわらず、小学校に紛れ込んだ犬のように性交を始める。
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 そんなこんなで船の一員となった水夫はワクリンチェック(ポチョムキンの英雄)のように英雄になれなかった自分に不満を感じながらも、船長に言われるままに子供たちを誘拐してきます。  船長は数名の子供に食事を与えると裸になり、興奮して、子供たちに自分の乳首を舐めさせたり、女性器を見せつけるという倒錯プレイを始め出す。  水夫が邪魔になった彼女は白砂糖でいっぱいになったベッドに彼を横たえると隠し持っていた大きなナイフで彼の腹を突き刺し、殺してしまう。砂糖の中でドロドロと吹き出してくる血液がかなりグロテスクです。  子供の失踪に通報を受けた警察が船内を調べてみるとこの船は人さらい船であり、この船長が大量殺人者であることを突き止める。検死用の大きなビニールに詰められた十名以上の遺体が次々と運び出されてきます。その中には水夫が連れてきた子供たちや水夫自身の遺体もあります。  捜査が入ると抵抗していた船長と助手の女は発狂したようにわめき散らしながら、救急車(パトカー?)に乗せられて、どこかへ運ばれる。これがもう一つの物語です。
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 映画祭で上映された時はあまりの過激で衝撃的な内容に非難が殺到し、結果としてマカヴェイエフは祖国を追放されてしまう。  自分たちが苦しめられている共産主義だけではなく、アメリカに代表される資本主義にも疑問と怒りを向けていると受け取ることが出来ますが、過激すぎる映像表現が目に焼き付いてしまい、深いところまで理解するのは初見では難しい。  それでもこの作品には圧倒的な映像の力があり、40年経った今でも失われてはいない。見る人を選ぶ作風ではありますが、ハマると抜け出せない魅力を持っています。  オープニングで楽しそうな音楽に乗りながら、画面を占領してくるサヴァイヴァル号の雄姿を見るだけでも価値があります。ビデオ時代にはレンタル屋さんで借りられましたが、残念ながら、現在はわが国ではDVD化もされず、マカヴェイエフを知る人も少なくなってきています。 総合評価65点