良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『決死圏SOS宇宙船』(1969)英国発の観念SFの傑作。ディティールへのこだわりが凄い!

 今回はこの作品を取り上げて欲しいとお望みのベラデンさんからのリクエストをいただき、この作品を取り上げています。タイトルは『決死圏SOS宇宙船』でオリジナルタイトルは『JOURNEY TO THE FAR SIDE OF THE SUN』ですから“太陽の向こう側への旅”くらいでしょうか。  劇場公開はされていませんが、小学生の時に東京12チャンネルで放送されたのを見たことがあります。その後はビデオレンタルで借りてきましたし、VHSがワゴンセールに消えていたころに格安で手に入れ、DVDに保存しておりました。残念ながらVHSは手元に残っていはいませんが、今回はDVDを自宅で再鑑賞しました。  まず作品の制作はイギリスで、特撮パートを請け負ったのは『サンダーバード』の特撮で評価が高いジュリー・アンダーソンで原案も彼が関わっています。つまりSFファンと特撮ファンにとっては名作になるに違いないと勘が働く作品です。  イギリスらしく、シニカルな展開がそんじょそこらのアメリカンなSF映画とは一線を画していて、できれば10代くらいまでに観ておけば、映画鑑賞態度が変わるかもしれないほどのインパクトを与えてくれます。
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 政治や設定にもブラックな洒落が効いてて、スウィンギング・ロンドンの残像がファッションにも残っていて、出てくる女性たちはとても魅力的です。オープニングだけを見ただけではスパイ映画なのかなあと思わせる展開ですが、リアルな政治事情が味わえる一品です。  東西冷戦下、ソ連のスパイが暗躍して、宇宙開発計画の中枢にまで侵入してくると、それまでは探査宇宙船への出資を渋っていた西側諸国がようやく足並みをそろえるくだりはとても現実的で、できればお金を出しなくないという姿勢が明確なドイツやフランス、議会を通さねば身動きが取れないアメリカの苦悩が描かれる。  また、さんざんゴチャゴチャ言っていても、いざソ連の脅威が示されると渋々ながらお金を出すところが見ていて楽しい。欧州主体の組織なのに結局はアメリカ主導になるのは資金提供の3分の1を拠出しているという点がなかなかリアルで、30パーセントともなると筆頭株主みたいなものなので、こういうふうになるのかなあという感慨もあります。  普通、SF映画を観ているとこういう現実的なことはすべてカットされていて、すぐに探査宇宙船を出して、目標に到達してしまっていたりしますが、ここは偏執狂的にディティールにこだわりを見せます。
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 スパイの下りから始まって、ソ連に出し抜かれる前にさっさと宇宙船を送りたい西側は突貫工事のようにまずは熟練パイロットを決める。パイロットが本部に到着するときもサンダーバード的なカッコいい軍用機が着陸し、いくつかのトランスフォームを経て、ただ到着用タラップに横付けするだけなのに(笑)かなりの手間をかけ、普通に空港に迎えられる。  このシーンに何の意味があるのだろうかとは思いますが、SFで絶対不可欠なのはディティールなのでここは最後まで付き合いましょう。  一方、彼を支えるパートナーとなるべき科学者イアン・ヘンドリー(ジョン・ケイン)をわずか数週間の訓練だけで無理やり宇宙船に乗せてしまう。  その間も熟練パイロットの主人公ロイ・シネス(グレン・ロス大佐)と妻(リン・ローリング シャロン・ロス)の不倫騒動と夫婦のDVと性的不能に悩む不仲ぶりを挿入したり、スパイ暗殺を挟んだりとキャラクターの肉付けもしっかりと行われる。
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 さらに唸らせられるのはそこまで選りすぐったはずの科学者兼オブザーバーとしての活躍を期待されていたイアン・ヘンドリーは目的地に到着後、爆発炎上に巻き込まれ、人事不詳に陥り、まったく動かずに隔離病棟の生命維持カプセルに入れられたまま、死亡してしまう。  パイロット側も良い味を出していますが、なんといっても強く印象に残るのがパトリック・ワイマーク(ジェイソン・ウェブ)が演じる宇宙船開発の総責任者でしょう。強引なリーダーシップを持ち味に剛腕で計画を進めていく野獣のような彼の昔気質な感じが個人的には好みです。  物語の本筋はいわゆる観念的なSFで、主人公らが通常往復に6週間かかる太陽の裏側にある新惑星を調査しに行くとなぜか3週間後に地球へ逆戻りしてしまうところから展開する。  まったくこの惑星が見えなかったことの説明としては太陽と地球からちょうど見えないようなスピードと軌道で回っているためであると述べます。
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 わずか3週間での突然な帰還に本部は職務怠慢を疑い、彼を尋問に掛けるが、嘘はついていないことを確認する。つまり精神異常者として扱われ出す。死にかけている科学者も徹底的に検査をされるが、内臓がすべて反対側に位置していることに“別”の地球人科学者たちは首をかしげる。  ストレスがたまったシネスは妻に八つ当たりし出すが、部屋の照明の配置や反対側から文字が書かれているさま、皆が左利きになっていたり、車の進行方向が反対側だったりすることから、ある仮説、つまり自分がいるのはもうひとつの“地球”であり、鏡のような関係なのだと持論を展開する。  そのことを確かめるために着陸用カプセルを修理した後(パラレル世界なので技術レベルは同じ!)に再び探査宇宙船に戻ろうとするも、ドッキング時の逆噴射(ボタンが逆!)に失敗し、大気圏に突入して、本部に帰還するも着陸できずに爆発炎上してしまう。  このときに本部スタッフの大半が事故に巻き込まれ、責任者パトリックだけが生き残る。しかし彼の話を信じる者は誰一人存在せず、異常者として最後を迎える。
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 この映画では誰一人として救われる者はいません。出演者だけではなく、見ていた僕らもモヤモヤした気分を背負い込んだまま、物語は終わってしまいます。爽快感は皆無ですし、楽しかったとは言えません。  しかしながら、この映画が与えるインパクトは尋常ではない。リアルの裏付けに最大の貢献をしているのがジュリー・アンダーソン制作の特撮パートです。飛行機や自動車の質感やデザインの無機質な美しさ、ロケットや軍用機を捉える近めの仰角や遠目からの仰角でぼくらは身近な関係者の視点や傍観者としての冷静な視点を提供される。  出演者の人間の苦悩に迫る脚本の素晴らしさ、リアルな世界を構築する特撮の見事な出来栄えなどは他の作品ではなかなか見かけないオリジナリティを堪能してほしい。これを久しぶりに見て、『サンダーバード』が見たくなりました。このシリーズではビル火災の回が強く印象に残っています。    総合評価 90点