良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ホドロフスキーのDUNE』(2013)幻の傑作SF映画はなぜ幻で終わったのか。

 1985年3月に一本のSF映画鳴り物入りの大宣伝と共に公開されました。SFファンがずっと待望していた超大作で、1970年代中盤に一度は製作されるべく、かなり突っ込んだところまで企画が進行していた幻の作品、それが『DUNE』です。  『イレイザー・ヘッド』『エレファント・マン』といった異形のモノクロ映画の問題作を得意にしていたデヴィッド・リンチが監督した作品ということで大きな話題になっていました。しかしながら、『砂の惑星/DUNE』は彼の監督作品になってはいますが、あまりにもお粗末な内容からも彼の才能が発揮されているとは言い難い。というか彼が撮るべきだったのだろうか。
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 よって推察できるのは製作過程において彼には自由が与えられてはいなかったか、とりあえず大金が入るのでやっつけ仕事だったのではないかということです。  もっともリンチ自身はいつものように変態趣味(失礼!)の片鱗をそこかしこに撒き散らしているので彼のせいではない。クオリティを下げてしまった張本人はディノ・デ・ラウレンティスと映画会社の会計担当に違いない。
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 リメイク版『キングコング』(1976)のような大雑把で胡散臭い超大作に関わることで知られていたディノ・デ・ラウレンティス(娘の一人はアメリカの料理番組で家庭料理を披露しています。)が製作に名を連ねていたことに不安を抱いていた大人の客層は映画館には集まらず、公開初日に駆けつけたのは詳しいことなど知らずに宣伝に騙されたぼくら中学生でした。  そう。ぼくは日本での公開初日の一回目に友人たちとスクリーンに向かっていたのです。このリンチ版映画『砂の惑星/DUNE』は僕にとっての映画選びの基準が変わったきっかけになったトラウマ作品です。
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 つまり、テレビや雑誌などの公共電波や媒体を使ってはいても、宣伝の目的は真実を伝えることではなく、ただ観客動員さえ増やせば、どれだけ一般の観客を騙そうが関係ないという強欲がすべてに優先すると思い知らされました。  今回この映画を扱おうとした最大の理由はぼくらが観たかった真の『砂の惑星』はかつてアレハンドロ・ホドロフスキーによって撮影されるはずだったという事実です。ホドロフスキーは監督をすることになっていたものの、ハリウッド撮影システムとは相容れない制作姿勢のために製作中止となり、公開されたリンチ版を中学生だったぼくらは観るはめになりました。
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 お金のない僕らからでも容赦なくカツアゲするような強欲極まりないハリウッドシステムと日本の映画館経営の犠牲になり、貧乏な僕らには貴重だった1000円以上のお小遣いと無駄な時間を過ごしました。そんなぼくらにとっての忌まわしい思い出しかない『砂の惑星』。  DVDやテレビ洋画劇場でこの映画を観た人ならば、そんなに出来が悪いわけではなかろうにと思うかもしれません。しかし、学生にとっては安くはない映画料金を支払い、公開初日の一回目に気合を入れて観に行った僕らの失望感はいつまでたっても忘れられるものではない。
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 隣にいたカップルの二人は無言で上映開始後の一時間で出て行きました。彼らにとっては二人分の数千円は大した額ではないでしょうが、僕らには大金でした。そんなこんなでぼくは公開初日に観てから30年間に渡り、一度も見直していませんでした。  今回は『ホドロフスキーのDUNE』を観てから、再度数十年ぶりにデヴィッド・リンチ版『砂の惑星/DUNE』も再見すべくTSUTAYAさんで借りてきました。
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 幻の作品としてマニアが知っている本来の『DUNE』の映画化と挫折について、ついに当事者であるアレハンドロ・ホドロフスキーとその関係者たちが全容を語るドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』を見る機会を得ました。  数日前にぼくらの町のTSUTAYAさんに『リアリティのダンス』とともに新作コーナーに並べられた『ホドロフスキーのDUNE』を見たときには条件反射のように手が出ていました。
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 この本編及び特典合わせて150分超えの長編ドキュメンタリーを見れば見るほど、ホドロフスキー版がさまざまな問題をクリアして劇場用映画として完成していたならば、SF映画の歴史がまったく別の次元にまで到達していたかもしれないと確信させられます。  彼はこの映画で薬物に頼らないでもトリップ経験が出来るものを作りたいという野心に燃えていたようです。もし学生時代に彼の『DUNE』に出会っていたら、僕の人生は変わっていたのだろうか。
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 映画を観ることによって得られる宇宙意識への到達などと言うと哲学的ではありますが、理解出来ようと出来まいとこういうコンタクトがあれば、何らかの変化はあったのかもしれない。  製作スタッフにジョン・カーペンターの『ダーク・スター』に名を連ねていたダン・オバノン(のちに彼は『エイリアン』で脚本・原案を担当し、ホドロフスキー組をリドリー・スコットに引き合わせます。)や独創的なデザインでホドロフスキーを魅了したH・R・ギーガーやクリス・フォスのインタビューが出てきます。
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 コミックでの対象の描き方がホドロフスキーが求めるカメラの視点、つまり絵コンテとピタリと合っていたメビウスらもすでに1974年の段階で発掘しています。監督が見せたい画面を作り込んで実現していく製作陣に最高の人材を集めて彼が撮りたいイメージを具現化するスタッフが揃いつつありました。  また映画に命を吹き込んでいく生命体、つまり画面を動き回る俳優陣もホドロフスキー自身がアプローチして集めていきます。なかでも目玉は皇帝役に選ばれたシュール・レアリズムの巨匠であるサルバドール・ダリでした。
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 ダリは映画にも関わっていて、、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』『黄金時代』、ヒッチコックの『白い恐怖』などにも絡んでいます。独特な風貌が有名ですが、じっさいにニューヨークの近代美術館に展示されている彼の個性的な作品群には圧倒されます。個人的にはデ=キリコ作品に惹かれます。  出演交渉は難航し、芸術家である彼はそもそも気難しく、誰よりも高いギャラを要求する子供のようなダリとの交渉を粘り強く進めていくさまは興味深い。彼とは出演時間一分間につき10万ドルという不思議な契約を結ぶ。彼だけではなく、デヴィッド・キャラダインにも出演オファーを出していたようです。
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 デヴィッド・リンチ版ではザ・ポリスのスティングが務めたフェイド役にはローリング・ストーンズミック・ジャガーを起用(ミックはヘルツォークの『フィツカラルド』にも出る予定だった。)し、醜いエゴの塊のような巨漢のハルコネン男爵にはオーソン・ウェルズを引っ張り出してきます。オーソン・ウェルズを出演させるためにホドロフスキーは一流レストランのシェフを雇い、撮影期間中は彼の給仕をさせるという奇妙な約束をしたそうです。
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 音楽を手掛けるのは『狂気』をレコーディング中だったピンク・フロイドとヨーロッパで活躍していた暴力的なロック・バンドのマグマです。ビートルズが使っていたことで有名なアビイロード・スタジオにピンク・フロイドのメンバーを訪ねて行ったホドロフスキーは理想の映画を彩る音楽は彼らしかいないと思いオファーしたものの、作り手であるはずの肝心の彼らが見せた投げやりな態度に腹を立て、怒鳴りつけたそうです。  予算は当初の1500万ドルから500万ドルほど(三割程度。)オーバーしそうなこの作品でしたが、製作にストップがかかった原因はそこではなく、監督であるアレハンドロ・ホドロフスキーの妥協しない完璧主義と制御できない狂気だったようです。
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 また上映予定時間が12時間超えと長すぎることも決定的でした。まるでエーリッヒ・フォン・シュトロハイムの『グリード』の悪夢が再び関係者によぎったのかもしれません。配給会社からは当然のように90分程度にまで時間を詰めるように迫られます。  SF映画の上映時間に720分をかけるような無駄使いを商売人が許すはずもないし、観客も観たがらない。判断としてはハリウッド側が正しい。今でこそ、ピーター・ジャクソンが『ロード・オブ・ザ・リング』などを数本に分割して製作して発表しています。
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 しかし、処女作としてメキシコで芸術への衝動のみで勝手に製作した『ファンドとリス』はメキシコでは上映禁止となり、映画業界の労組と揉めていたホドロフスキーが斜陽だった当時のハリウッド映画ビジネス環境でやりたいように撮るにはあまりにも無理があります。  結局は完成せずに陽の目を見ることもなく闇に葬られてしまったホドロフスキーの『DUNE』ではありますが、映画会社を説得するために作った分厚い絵コンテ集や彼が集めたスタッフなどは大いに再利用され、『スターウォーズ』『コンタクト』『フラッシュ・ゴードン』『プロメテウス』など多くのSF映画の印象的な場面に借用されています。  砂の惑星の主人公ポールに死期が迫り、首を切り落とされてしまっても彼の意識が銀河を超えて、宇宙の意識となったようにホドロフスキーの崇高な意志とスタッフの製作過程での際立つ才能の芽は他の映画の製作者の目に留まり、その後のSF映画群に大きな功績を残します。ホドロフスキーの遺伝子はSF映画の数々に受け継がれています。
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 彼の『DUNE』の終わり方はフランク・ハーバートの原作とは違い、ポールは死後に惑星そのものの意志となり、銀河を抜け出し、全宇宙の意識を変えるべく移動していき、消滅します。  アニメでも良いので『ホドロフスキーのDUNE』を観たいというファンは少なくないだろう。ホドロフスキー自身も本ドキュメンタリーの最後の部分でアニメ化を望んでいました。絵コンテはラスト・シーンである場面90番までしっかりと出来上がっていますし、キャラクター・デザインも細部まで決定されているので、やる気があれば、数年で出来上がるのではないか。  もし発表されたら、すぐに買いに行きたい作品です。CGアニメでも良いので、早く見たいなあ。とりあえずホドロフスキーが宇宙意識に吸収されてしまう前に見たい。
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 40年以上も前にボツになった作品に関するドキュメンタリーなのになぜこんなに魅力的なのでしょう。『DUNE』への熱い思いを語り続けるホドロフスキーの狂気はまだ醒めることはなく、むしろ今回のドキュメンタリー製作を経て、今度こそ作りたいと言い出すかもしれないと秘かに期待しています。  絶対公開初日に観に行って、かつて中学生だったぼくらが味わった苦い思い出を払拭したい。『リアリティのダンス』を公開まで持って行ったホドロフスキーの最後っ屁としての『DUNE』をぜひ劇場で観たい。 総合評価 90点
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