良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ダーティ・ハンター』(1974)現在までわが国では一度もソフト化なしのトラウマ人間狩り映画。

 ぼくが見たい映画に限って、ほとんどがわが国ではソフト化されていないのは何故だろう。答えは分かってはいます。それはほとんどが悪趣味であったり、風変わりだったりするためで、突き詰めるとこれらは12チャン映画だからです。  他局では多くの視聴者が娯楽としてのテレビで見るにふさわしくないような、地上波に乗らないであろうマニアックな作品群を放送し続けたテレビ局が今も昔も東京12チャンネルであり、メジャーを見飽きた刺激を求めるぼくらが探し続けたのがこういった変な映画だったのです。  ただマイナーではあるものの主演が『イージー☆ライダー』のピーター・フォンダということもあり、海外ではさすがにビデオ化もDVD化もされていますが、残念ながら日本では劇場公開こそはされていたものの今に至るまで一度もソフト化されていない。そのためどうしても見たい人は動画サイトでの全編アップを探すしか道はない。
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 ただもう一つ問題がありまして、邦題は『ダーティ・ハンター』ですが、これが本当に邦題であり、原題は『OPEN SEASON』、つまり解禁日。『ダーティ・ハンター』では見つかりません。なかなか実際に英語版を見るのが億劫という人は詳しくあらすじを記載しているサイトを見にいって、参考にしながら動画に挑むのもアリでしょう。あらすじを書いておきますので気になる方は読まれてから見れば、理解が深まるのではないでしょうか。 <あらすじ>  主な登場人物のハンター側はベトナム帰りのピーター・フォンダ、ジョン・フィリッ プ・ロー、リチャード・リンチ)の3人です。彼らは3年前にある若い女性を車中でレイプするが、弁護士業を営むなど社会では成功者になっているので簡単な奉仕活動をする程度で許される。  冒頭では彼らが車の中で若い女性をレイプするシーンと無罪放免に驚く被害者側の女性と家族が描かれる。冒頭のこのシーンが後で効いてきます。
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 上手く逃げ切った彼らは結婚し、子供も生まれてホームパーティをするような絵に書いたような成功者としての生活を満喫している。そんな折、狩りが解禁になる週末に3人は銃を仕込んで、中継地で拾った女たちと乱交を楽しみながら、何やら物色を始める。  彼らはなぜか警官に扮装して途中のガソリンスタンドで目をつけたカップルを誘拐して、彼らが目指す目的地である無人島に到着します。哀れなカップルの男はアルバート・メンドサで女はコーネリア・シャープです。
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 すぐに殺されるわけでもなく、金品を奪われるわけでもない彼らは何が何だかわからないまま、拉致されてきます。その間でも彼ら三人のテンションが普通の人のモノではなく、異常な感性であることは見ていて分かります。  目的地のロッジに到着すると女は料理を作らされ、マーティは給仕をさせられる。精神的に屈服させるために男に自分が噛んだガムを喰わせたり、妻を夫の目の前で3人でおもちゃとして扱う。二日目はカモや鹿、ウサギなどを撃ち殺し、さらに一日が過ぎていく。
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 すっかり誘拐犯にコントロールされた妻は彼らと関係を結び、早朝には全裸で彼らと水浴びをするまでになっている。しかしおふざけの時間は突然終わりを告げる。  ピーター・フォンダカップルに方位磁石と食料を渡し、ゲームを開始するから30分以内に山小屋から出ろと命じた。人間狩りのスタートです。人間狩り映画のオリジナルは『猟奇島』ですが、アメリカの田舎に舞台を変えています。  女は「何故なの?」と叫んで抵抗したが、はじめから目的は人間狩りであり、ただ彼らを弄んでいただけなので夫妻共々死のゲームの駒として動かねばならない。
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Run rabbit – run rabbit – Run! Run! Run! Run rabbit – run rabbit – Run! Run! Run! Bang! Bang! Bang! Bang!Goes the farmer's gun. Run, rabbit, run, rabbit, run.  哀れな獲物たちを野に放つ前にハンターたちは楽しそうに歌を唄いますが、歌詞にはカップルの運命が暗示されているようで薄気味悪く響きます。この映画での音楽の使い方は確信犯的に明るい曲やのんびりした曲を選択していて、いっそう薄気味悪さが引き立つ。
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 すでに妻に裏切られ、人間不信に陥っている夫はすぐに妻を見捨てて一人で逃げていく。途中で一味からライフルを奪ったものの日光を背に受けて迫ってくるベトナム帰りに実戦で勝てるわけもなく、あっけなく射殺されてしまう。  妻も逃げ込んだロッジで襲撃される。そのあとすぐにジョン・フィリップ・ローもなぜか射殺される。この瞬間に追う者と追われる者の立場が逆転する。  妻はパニックに陥っているハンターたちを尻目に逃げ出すが、ピーターに狙われて射殺されてしまう。混乱に巻き込まれるのを嫌ったリチャード・リンチは仲間を捨てて脱出を図るが、簡単に狙撃者に撃ち殺される。
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 しかしピーターは誰もいるはずのない山小屋から声を聞くことになる。その声は3人が強姦した事実を突きつける。犯された女はその後にピーターの子供を生んだが、すぐに自殺したと告げる。恐怖でピーターは引きつっている。  怒りを押し殺した声の主は名優ウィリアム・ホールデンであり、彼こそは娘の父親だった。ベトナム帰りのピーターだったが、ホールデンはさらに凄腕の元軍人であったためにピーターは呆気なく射殺されてしまう。  ホールデンの復讐は終わったが、物語はここで終わらず、街に帰ってきてから、取り調べを受けるために身柄を拘束されるホールデンが子供を警察に託すところで終わる。彼はピーターの子供なのだろう。<THE END>
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 何と救いのない物語の展開だろう。この映画の救いのなさは冒頭から示されていて、ホームパーティに興じるような家庭思いの社会的な成功者たちが人間を虫けら扱いにして笑い飛ばせるさまを自然に表現している部分です。  音楽も薄気味悪い。牧歌的な雰囲気とアメリカの田舎らしいカントリー&ウェスタンのサウンドが漂っているのに画面では残酷な描写や悪趣味な描写が立て続けに展開されていく。これはまさに対位法の異化効果であり、気持ち悪くなってきます。ただこう書きましたが、曲自体は良い曲ですので聴く価値はあります。  被害者に強要する嫌がらせも直接的に殴る蹴るを加えるのではなく、精神的に追い詰めていって、屈服させていくという感じです。自らの肉体を使って色仕掛けを試みる妻ですが、そんなことなど承知の上で優しく犯していく彼らの姿は異様です。
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 そしていざ彼ら本来の目的である狩猟ゲームの日、つまり人間狩りの予定日(明日は家族と感謝祭を祝わねばならないので家に帰りたいのだ。身勝手この上ない。)が来ると突然態度が冷酷無慈悲に変化し、25マイル先の目的地まで逃げ切ればオッケーという彼ら自身のゲームのルールを伝え、人間狩りをスタートさせる。  ずっと狭く濃厚な行動範囲の中でお話が進んでいたのが、彼らが野に放たれることで急激に世界が広がっていく。密閉空間から広大な自然へ向かうので観客はいったん解放されたような気分になるが、実際は彼らの庭に獲物として放逐されるだけなので嫌な気持ちは続く。  捕まった者はただただ「なぜ?」と言い続けるが、そんなことはどうでもいい彼らはゲームを楽しみたいだけである。このへんの被害者の感情や事情にいっさい無頓着な脚本はある意味、尋常ではない。
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 通常こういった作品では不条理に捕まった被害者がなんとか活路を見出しながら、一人ずつ犯人たちをやっつけながら最後は助かってハッピーエンドになるものと観客は心のどこかでそう願っている。そういった期待を呆気ないほどに裏切るのがこの作品の凄さである。  被害者夫婦は物語の中盤で両者とも理不尽なままに、殺害される理由も知らされないままに射殺されて物語展開からも忘れ去られていく。何も解決できないまま殺されていくだけの存在であり、ただのマクガフィンに過ぎないのでしょう。  何の落ち度もないのに殺されてしまうのに、カメラも脚本も彼らのフォローを全くしないし、興味すらないのであろう。なぜなら、彼ら夫婦が殺害されていく過程で、ハンターの一人が殺されるという衝撃的な展開がやってくる。追う者が追われる者に変わる瞬間に観客の興味が向っていくからです。
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 あらすじでも書きましたが、映画でのこの瞬間は映画で最もスリリングな瞬間であり、ここがあるからこそ多くの映画ファンが今でも忘れられないと言うのでしょう。あれほどカップルに精神的苦痛を味わわせ、レクレーションである狩りの獲物として射殺した彼らが今度は狙われる側として怯えていく。  彼らが逃げ惑うさまはスカッとするという感情ではなく、誰が狙っているのかすら分からないのでさらに恐怖感を増していく。さんざん他人の生命や感情を弄んでいたハンターが狩られる側になると断末魔で「助けてくれ!」と叫ぶ様子は見苦しい。  最後に残したピーターに対し、彼が何をしたかを悟らせた後に正確に心臓を撃ち抜くホールデン。映画の演出では普通、もうちょっとうらみをぶつけた後に最後の抵抗を試みたピーターに止めを見舞うというのが一般的でしょうが、彼を一発で仕留めたことはなにかリアリティを感じます。
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 普通のというか、アメリカでのステレオタイプの良き家庭人の仮面を被って、上手く社会に適応しているはずのピーター・フォンダたちが休暇を取って人間狩りというもっとも残酷なゲームを何の疑いも持たずに笑いながらやり遂げる姿は殺伐としていて異様であり、まさに犠牲者の「Why?」は彼らの心を率直に表現した言葉でしょう。  ジェイソンやブッチャーマンのように見るからに危険なキャラクターはナマハゲや豆まきの鬼のようで分かりやすく、むしろコメディである。善良に見える知的な白人市民が環境が変わることによって豹変したり、小さな子供が大人に襲い掛かってくるほうがより衝撃的だろう。  ストックホルム・シンドロームのような精神状態に陥る妻に対し、極限下の状況で裏切られた夫は軽蔑しきった表情であっさりと妻を見捨てていく。彼の態度は褒められたものではないが、すべて彼が悪いとも言い切れない。
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 劇中では追う者にとって追われる者は単なる標的であり、標的にかける感情は皆無です。動かなくなった標的は無意味であり、ことのすべてを知っているカメラも標的には突き放した態度を取る。  それだけで終わらないのがこの映画の凄いところで、ついさっきまで余裕をもって獲物を追っていた者たちも自分たちが狩られる立場に置かれると優位性は消え失せ、単なる的として自分たちがしてきたことはいっさい棚上げしつつも、事態の急変に震えながら狙われていき、自分たちがされたと同じように標的としての価値しかなくなる。  ただし彼らを狩ったウィリアム・ホールデンも最終的な勝者ではなく、彼も司法に裁かれる。一人残されるピーター・フォンダの息子も呪われた生い立ちに苦しみ続けるだろう。『ダーティハンター』とは誰も救われない作品です。
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 1970年代中盤というと製作国であるスペインではトラウマ映画『ザ・チャイルド』が公開されたころでもあります。当時のスペインは病んでいたのだろうか。  正直言って、爽快感などまるでない救いのない作品ではありますが、かえってそれが作品の価値を増しているのかもしれません。さきほど申しました通り、わが国では現在まで一度もソフト化はされていませんが、海外ではスペイン版(そもそも製作はなんとスペイン!)や英語版があったりするので、TSUTAYAさんに頑張ってもらいたい。  商品化がいつになるか分からない現状では海外版DVDを旅行したときにでも漁るか、出ているか分からないヤフオクで待ち続けるかしかない。だったら、なんとか英語力を振り絞って、動画サイトにアップされているうちに見た方がいい。  総合評価 84点
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