『ガス人間第1号』(1960)東宝変身人間シリーズの最高峰。土屋嘉男の代表作でしょう。
東宝の特撮カテゴリーには変身人間シリーズというのがかつてあり、『美女と液体人間』『電送人間』『マタンゴ』そして『ガス人間第1号』がその範疇に入ります。人気が高いのは『マタンゴ』でしょうが、これも捨てがたい。
このシリーズの特徴としてはゴジラのように明るく子供向けの作品群と違い、R-15程度でも製作できそうな、人間の欲望や陰の部分を扱った大人向けの作風が多い。
なかでもこの本多猪四郎監督の『ガス人間第1号』という作品はもっとも暗くて、地味な印象がある。ヒロインに踊りの家元を持ってくるという設定が率直に言って、あまりにも古臭くなっている。
それでも本編の出来は素晴らしく、悲運のガス人間を演じた土屋嘉男の怪演と八千草薫の圧倒的な美しさに目を奪われます。この二人の大人のメロドラマと暗い特撮が同時に描かれているために子供が見るには重い仕上がりになっています。
好きな女のためならば、凶悪犯罪もいとわないというリミッターが振り切れたような変身人間と何があっても自分を守り、とことん愛し抜こうとする彼の熱意を受け入れて、運命を共にする八千草の悲恋をも描いているのはかえってリメイク向きかもしれない。
特撮の見せ方としてはいわゆる透明人間モノと同じような表現に近い。顔からガス化していく様はCGを見慣れている若い観客からすればチャチに見えるでしょうが、光学処理が施されて、徐々に煙に変化していく土屋はかなり不気味で幽霊のようです。
この気色悪さはこの作品の特撮場面では際立っています。地味な作品ですが、円谷特撮技術の真骨頂はこういう作品でこそ発揮されるという印象です。
ガス人間特撮の作り方は土屋とそっくりなゴム風船を作り、徐々に空気を抜いていくことと光学合成でガス化を表現しています。そのフィルムを逆回転させるとペシャンコな服にガスが充満し、土屋が話すところまで持って行く。もともとは『美女と液体人間』でも用いられたアイデアです。
マッド・サイエンティストの功名心本意の無謀な実験の犠牲になってしまった土屋は彼を殺害し、自暴自棄になるが、八千草という生き甲斐を見つけ、また八千草も家元としての権威を失墜させ、没落の一途を辿っていたところを土屋に救われたため、彼と運命を共にする。
情鬼と名付けられた彼女の最終公演は共に堕ちていく二人にふさわしい。身体を気体へ自在に変化していく土屋を葬り去るために別の無色無臭のガスを使って、公演会場ごと吹き飛ばすという豪快な作戦を立てる警察の力業に驚かされる。
このクライマックスでの劇場爆破シーンは映画最大の見どころであり、さすがの出来栄えに仕上げています。ガス化シーンとこのシーンを見るだけでも価値があります。
実際、この作戦は半ば失敗するが、八千草は土屋との心中を選び、爆死する。彼女もかなり豪快でした。二人の巻き添えを喰う爺や役の左卜全がイイ味を出しています。八千草の踊りがあまり迫力がないのが悔やまれるが、彼女の若かりし頃の美貌を見られるだけでも価値があります。
さきほども書きました通り、案外この作品は一部設定を現代風に変えれば、Xファイルのような感じに仕上がるのではないかと思います。
日本でもアメリカでもSFと犯罪モノと恋愛モノの組み合わせは集客が望めるでしょうし、現在の特撮技術にまともな脚本をぶつければ、レベルが高いものに仕上がるのではないか。
この『ガス人間第1号』をはじめて見たのは小学四年生くらいの夏休みか冬休みでその頃は昔の東宝や大映の特撮映画が日替わりでテレビ放送されていました。これは見逃したのですが、友人がビデオ録画をしていたので後日、彼の家で見せてもらいました。
ビデオなど記録メディアは30万円近くしていたのでお金持ちの友達の家にしかなく、その子の家に遊びに行くとテレビゲームもあったりしてリアルなスネ夫くんみたいでした。
しかもその子はからだも大きくブイブイ言わせていて、ジャイアン要素も強く、出来杉くんのように勉強も出来ていました。
小さい頃から、この世の中はみんな一緒ではなく、貧富の差や不平等は当たり前に存在していることを肌感覚で理解していました。今の子達にも学校内でカーストが存在するようですが、そこまで陰湿なものではなく、誰もが自然に受け入れていました。
まあ、それはそれとして、ガス人間の物語は暗く、ガキにとっては楽しいものではなく、あまり集中して見てはいなかった思い出があり、しっかりと見直したのは大学に入ってからTSUTAYAさんに入り浸っていた頃になります。
子供のころに見えていたものと大人になって見えてくるものが違うのは小説などでもよくありますが、特撮モノでも視点が変われば、見えてくるモノも違うのだなあと実感しながら、見ていました。
何はともあれ、この作品は土屋嘉男という俳優さんにとってはとても大事な作品でしょう。地味な俳優さんではありますが、黒澤作品にも出演していた東宝の貴重なバイプレーヤーですし、ぼくらも知っている人が出ていると子供ながらに安心しながら見ていました。
大学生のころは怪しげなタイトルとジャケットに惹かれて、大映特撮などとともに変身人間シリーズも借りていましたが、バカでかいVHSには独特のズッシリとした重みがあり、デッキに入れるときのガシャッという音に「巻き込むなよ!」と念じながら、映画ライフを楽しんでいました。
その頃はBSでもノーカット放送が始まっていて、ブラウン管の小さな画面ではありましたが、ただただ有り難く、過去の名作群を楽しんでいました。今の若い人にとっては当たり前の環境もそうではなかった時代を経験した者からするとメディア変遷によって、驚きと幸福感が五年毎くらいで更新されていきました。
次にどんな更新が来るのだろうか。例えばHDDレコーダーは百時間程度は録画保存できるでしょうが、ディスク自体を取り外し可能なタイプを作り、ディスクが一枚1000円くらいで量産できるようになれば、DVD-Rなどの録画メディアも不要になるでしょう。
総合評価 72点