『FUTURE WAR 198X年』(1982)東映製作の第三次大戦モノ!
かつて世界の覇権はアメリカとソビエト連邦(共産ロシア)が争い、アメリカを中心にする西側とソ連を核とする東側がパワーバランスを保ちながら、のらりくらりやっていました。
代理戦争や亡命騒ぎ、スパイ活動が映画の題材になり、東側の芸術家たちは政府による思想統制により、大変な目に遭いながら制作活動に邁進していました。
スポーツの状況も酷く、東側の審判は共産主義や社会主義国の点数をつけるときには大甘に採点し、西側選手が好演技をしてもあり得ないほどの低得点を付けるなどして妨害をしていました。
韓国や中国で行われる国際大会で日本代表の選手たちがブーイングや嫌がらせを受けている感じです。まあ、未だに進化していない証拠でしょうね。
朝鮮半島情勢がどんどんきな臭くなっている状況ですが、テレビでは”忖度”が流行語などとアホらしい話題ばかりです。
いざ開戦して、本土に核の攻撃を受けた時には反戦やら、平和やらを念仏のように唱えている輩は何も責任を取らないくせに地対空や地対地ミサイルの配備には反対するのだろうか。中共の手先か、お花畑から出てこない左翼の口先三寸の軽薄な言動や工作に乗らないようにしたい。
実際に開戦する場合、北の豚マンの先制攻撃を待つのだろうか。それとも一時の汚名を受けてもおそらく歴史が証明してくれることを確信しつつ、米軍が北を焼け野原にするかになるでしょうか。
ここにきて、アメリカに主導させるくらいならば、中国が人民解放軍を投入するのではないかという話も出てきています。だったら、米中露で“握って”から開戦するか、破壊はアメリカが行い、後の管理は国連軍で賄うかなどを決めるのだろうか。
株式市場、不動産市場、債券市場はどう動くだろうか。戦地に近い日本や韓国の相場は急落するだろうが、米中欧の市場は地理的に遠いこともあり、むしろ戦後開発をにらんで急騰する可能性があります。
その急騰が結果的には日本にも好影響を与えるかもしれない。ただそれはあくまでも豚マンが放つ空の豚マン大王(核ミサイル)をすべて迎撃できるか、そもそも撃たせる前に全滅させられるかにかかってきます。
ただ米軍は必ずどこかでなんでそこでそうするのだという大きなミスを起こしがちなので、油断はできない。何でも100点満点は無理なので、60点から70点取れたら十分とすべきかもしれない。可能性はいろいろあります。
北から発射できるのは何発あるかというのが第一点。燃料や発射施設には限りがあり、整備には人と時間が掛かります。すべての発射されたミサイルが目標ポイントに到達できるのか、囮として放たれるであろう通常兵器のミサイルと核ミサイルの区別は簡単につくのか。
次に彼らにとって攻撃の優先となるのはどこなのか。何を恐れるのか。アメリカならば、ハワイやロサンゼルス、グアムや日本各地の米軍基地、韓国に駐屯する米軍や韓国軍基地が第一優先ではないか。もしくは日本繁栄の象徴としての都市である東京を攻撃してくるかもしれない。
威力は第二次大戦時に広島と長崎に落とされた原爆の10倍程度のようですので、一発でも落ちるとかなりの犠牲者が出ます。それらがあっても北の豚マンのような狂人がアメリカ本土すべてをカバーする戦力を持つことを許すのか。
さて、心配はそれくらいにして映画そのものの内容について見ていきます。この作品は公開が1982年でしたが、上映される前にはさまざまな障害と騒動が発生してしまい、かなりお話の筋も変わってしまったようです。もともとの脚本を読んだわけではないので何とも言えませんが、残された作品にも危機感は残っているのでもっと直接的な表現だったのかもしれません。
大きなところでは内容が好戦的だと労働組合が駄々をこねたために製作が韓国(?)での外注になってしまったり、某新聞社を中心にした左翼団体がその騒動に乗っかる形で立ちふさがったために脚本もグチャグチャになったようです。
それって、表現の自由の侵害ではないか。自分たちに都合が悪いものは妨害し、都合の良いものに捻じ曲げるというのは共産主義御用達新聞のDNAらしい。これらの偏向報道には見ない、聞かない、買わないの三ない運動で応えたい。
ストーリー展開は最初は東西冷戦構造時に一般庶民でも植え付けられていた共産主義への恐れと日常が描かれています。スパイがアメリカに侵入して科学者を連れ去ったり(拉致!)、事故に見せかけて原潜を小型核魚雷で沈没させたりしているうちに各地でNATO軍とワルシャワ機構軍との間で戦闘が始まっていきます。
一連の流れの中で米国首脳部に見捨てられて殺された科学者の妹(なんと声を当てているのは今は亡き夏目雅子!)は脱走を図り、好きな娘を殺された一兵卒がなぜかたいした抵抗もなく核ミサイルを装備している装甲車を奪い取り、東側にミサイルをぶっ放す。
それがきっかけとなり、全面核戦争に突入し、世界各地には核ミサイルが降り注ぐ。パリやワシントン、ニューヨークも壊滅していく。劇中、何度も核のきのこ雲が轟音とともに天空高く吹きあがっていきます。
なんやかやがあったのちに何故か米軍の宇宙ロケットに乗船している科学者の妹(主人公と恋に落ちる。ちなみに主人公の科学者は北大路欣也が声優を務めている)も不可思議ですし、世界(米国?)を救うために有人攻撃宇宙船に乗り込んだ主人公らは酸素が数時間しか持たないはずなのに何故か地球に帰れたようです。
この辺の描写は『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の監督も務めた舛田利雄(共同監督?として勝間田具治もクレジット)らしいとも言える。登場人物のデザインは独特で、見慣れたものではありません。アメリカチックではあるが、アメリカではない。もちろん日本アニメらしくもない。そこらへんも評価が分かれるところなのでしょうか。
公開当時はけっこうな話題になっていたはずなのになぜか今では忘れ去られている奇妙なアニメ映画ではあります。ビデオ化はされたもののDVD化はされていませんし、あまりオタク映画本にも掲載されることがありません。
ちょっとしたバランスの乱れが第三次大戦に繋がるという悪夢のシナリオは作り物とはいえ、観客に恐怖を与えます。中東を制圧し、境界線を引こうというワルシャワ軍の思惑や日本も海軍力を当てにされています。
さらに恐ろしいのはいざ米国本土が射程に入れられるとかの国はあっさりと中東や欧州、そして日本などの同盟軍を見捨てて自国防衛を第一に行動していく。仕掛けてくるワルシャワ側も粛清と権力闘争の結果、軍国主義者が台頭してくる。
スターウォーズ構想があったころの作品だったためか、キラー衛星(東側の宇宙兵器)とスペースレンジャー(同じく西側の兵器)の宇宙空間での戦い、サイクロン級原子力潜水艦リューリックなど潜水艦による核攻撃などの描写も生々しい。
戦争に反対する一般人や武器を捨て自ら武装解除する兵士、宗教家が活躍する様子などは取って付けられたようですので、ここらへんが改変された箇所なのかもしれない。
すでに80年代にこのような冷徹な描写を入れているのは素晴らしい。「自分たちの国土は自分で守る!」「本土防衛のためには同盟国をかばっていられない」という言葉には現状で妙な説得力があります。
常にどこに攻撃すれば、効果的かというのを適時判断しながら戦火が拡大していく様子は薄気味悪い。米軍とワルシャワ軍が争えば、キューバも動くし、中国もあちこちに侵攻していくというのはありそうです。どさくさに紛れて登野城尖閣にちょっかいをかけてくるかもしれません。そのときにどう動くかも腹を決めておく必要があります
しかしながら、いつもの東映作品らしく、お話があっちこっちにとっ散らかってしまっていて、訳が分からなくなっているのは残念です。ヒロインの髪色と髪型が突然変わるのも分かりにくさに拍車をかけています。さすがに夏目雅子でも救えないこともあります。
総合評価 65点