良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『フェスティバル・エクスプレス』(2003)ジャニスの絶唱と叫びを聴け!

 『フェスティバル・エクスプレス』と言っても、なんだかピンと来ないでしょうが、これは1960年代後半に盛り上がりを見せた、ウッドストックなどの各地で行われたロック・フェスの一つを撮影し続けたドキュメンタリーの音楽映画です。  『ウッドストック』や『バングラデッシュのコンサート』のように通常のコンサートやフェスが大きな会場や広場に大観衆を動員して、多くのバンドをブッキングして、立て続けにライブ演奏させて、1日で盛り上げます。  それに対し、この企画が他と違う特徴としては貸し切りの長距離列車の食堂車内にアンプや楽器類を持ち込み、いつでも自由に演奏できる状態にしておいて、各バンド・メンバー達には寝台車をあてがい、各々が好きなように過ごしながら、転々と移動していくという宿泊所とツアーを兼ねる移動方法でした。トレーラーの代わりをしたのが寝台列車ということです。
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 カナダの東部トロントからウェニペグを経由し、最終目的地となる西部のカルガリーに向け、長距離列車は一週間近くものんびりと時間を掛けて走っていき、途中駅にある各会場でコンサートを行っていく。  集められたミュージシャンたちも最初は緊張していたのが徐々に慣れて行き、食事やドラッグ、アルコールで常にベロベロになりながらも、常に車両内でセッション出来る環境下で参加者の連帯感を増していく。  このフィルムには今現在と同じように厚かましいクレーマーがタダで見せろと会場の外で暴動を起こし、地方の政治家も彼らの票を得るために圧力を掛けてくる様子が描かれています。
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 エクスプレス一行は迷惑な物乞いたちにモヤモヤしながらも、どんちゃん騒ぎと乱痴気騒ぎを繰り返し、酒が無くなれば、途中で停車し、地元の酒屋で買い占めてくる。  みんなで騒いで、行く先々で起こった出来事を記録するというアイデアはすでに過去にも試されていました。たぶんビートルズが『マジカル・ミステリー・ツアー』でやりたかったのはこういうことだったのだろうなあと思いながら、画面を眺めています。  今回のフェスに参加したのはザ・バンドグレイトフル・デッド、シャ・ナ・ナ(彼らが歌った『アット・ザ・ホップ』のライブ・テイクは大好きです。)、そして在りし日のジャニス・ジョプリンらです。
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 ライブと途中のドキュメンタリーのインタビューは主にグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアが答えています。彼らの音に対してのイメージはサイケデリックインプロヴィゼーション演奏を延々と続けるという印象でしたが、この映画ではそれらはバッサリとカットされてしまっているようで、アコースティックギターを掻き鳴らしながら、キリストのことを歌い上げるフォークグループみたいな感じでした。  バディ・ガイも『マネー』を熱唱し、カッコいいのですが、それでも圧巻の演奏で格の違いを見せたのは『ザ・ウェイト』『アイ・シャル・ビー・リリースト』を哀愁を漂わせながら、リチャード・マニュエルが歌い上げるザ・バンド、そして圧倒的な迫力で観客を引き込んでいくジャニス・ジョプリンでした。  製作側の意図として、みんなが見たいのはジャニスなのに、それを分かっていて焦らすように彼女にはカメラは向けられず、我慢強く見ていても、中盤になっても出てこず、彼女目当てに見る人はお預けを食らいますが、後半以降、ついに真打ちが登場してきます。
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 ヘロインとアルコールでベロベロに酔っ払ったジャニス・ジョプリンが映し出されるが、彼女は薬物とアルコールの過剰摂取でこのツアーが行われた1970年に急死しました。  ステージで見せる圧倒的な存在感とステージ外での表情の差は深刻で、27歳にしてはえらく疲れ切った様子で、楽しそうではあるものの、なんだか老け込んでしまっているように見えるのはもはや心身ともに消耗し切っているのが表面上でも分かるようになってしまったということなのでしょう。  それでも在りし日の、それも死の間際のジャニス・ジョプリンの姿を見られるだけでも価値が高い。他を圧する迫力と繊細さと何処か寂しさが同居する彼女の歌は今聴いても新鮮です。
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 彼女の死後、1968年から1970年にかけての音源をまとめたライブ盤『ジョプリン・イン・コンサート』が発売されましたが、このツアーでトロントからカルガリーに辿り着くまでの演奏が6曲ほど収められています。  CDでの曲順で言うと9~14曲目の『ハーフ・ムーン』『コズミック・ブルース』『ジャニスの祈り』『トライ』『愛は生きているうちに』『ボールとチェーン』がフェスティバル・エクスプレスでの演奏です。ぼくはアメリカ盤レコードと日本盤CDを持っていますが、ブルースやロックの解釈や音圧は本場のレコード時代のほうが優れています。  この映画では2曲が収録されていて、アバズレ感満載のジャニスが『クライ・ベイビー』『テル・ママ』を歌いだした瞬間、会場は彼女に釘付けになってしまいます。ぼくも50年前の映像に引き込まれてしまいました。
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 ジャニスとグレイトフル・デッドのメンバーたちとの食堂車内でのセッションがとても楽しそうで、ステージでは千秋楽のときに「また呼んでね!」とニコニコしていた姿に泣きそうになります。色々とトラブルがありますが、列車内での彼らは揺られながら、カナダの田園風景に溶け込んでいき、人間性を取り戻していくようでした。  楽しかった夏はあっという間に終わってしまい、1970年は10月に亡くなったジャニス・ジョプリンだけでなく、ジミ・ヘンドリックスも9月にこの世を去ってます。ビートルズも解散し、なんだかつまらない時代になりつつあるなあと感じながら、当時のファンは新しいスターを求めたのでしょうか。  ミュージシャンが素晴らしいのはもちろんなのですが、一番興味深いのは当時の状況を語る主催者のケン・ウォーカーのインタビューです。地元政治家や物乞いの群衆に対する毅然とした態度、赤字になろうがお構いなしに興行をやり遂げる心意気に熱くなります。
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 総合評価 70点