良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ヒストリー・スルー・ザ・レンズ トラ・トラ・トラ!』 四面楚歌だった黒澤明監督 ネタバレあり

 2001年製作のドキュメンタリー作品であり、『トラ・トラ・トラ!』についてのフォックス側の見解で綴られている興味深い作品です。黒澤監督が東宝で、最後のモノクロ作品にして、持てる映画製作技術の全てを総動員した『赤ひげ』(1965)の撮影後、彼のフィルモグラフィーは1970年の『どですかでん』まで待たなくてはいけません。

 この空白の5年間を含む60年代中盤から70年代後半までは、日本映画がまさに死に絶えようとしていた時期です。TVの普及とともにレジャーも多様化していき、映画の全盛時代は幕を下ろします。観客数の激減、大映の低迷と倒産(1971)、日活のロマンポルノへの路線変更など、60年代中盤から70年代後半まで、暗い話題しかないのが当時の映画界でした。

 ではその空白期に黒澤監督が何をしていたかというと、2つの有名な脚本を残していました。ひとつはアメリカのエンバシー社の企画した『暴走機関車』、そしてもうひとつは20世紀フォックスとの企画だった『トラ・トラ・トラ!』でした。不幸なことに両方ともに企画が頓挫してしまい、身動きが取れなくなってしまった状況でした。

 その後、『どですかでん』の興行失敗の後に、監督自身の自殺未遂事件が起こってしまいます。何故、このようなことになってしまったのか。日本とアメリカの映画製作の違いと相互不理解があったのでしょう。多くの関係者が亡くなってしまった今となっては、真実は見えてきません。

 ただ言えることは両作品ともに黒澤監督が最後まで関わっていたならば、全くレベルの違う作品に生まれ変わっていたことは明らかです。特に『暴走機関車』については、あのようなメロドラマではなく、「男の世界」をきちんと撮れていたであろうことは脚本を読めば、よりはっきりとしてきます。『全集 黒澤明 第五巻』に全文が掲載されていますので、興味のある方は是非読んで欲しい。

 ではこのフォックス社の見解としてのドキュメンタリータッチ作品である『ヒストリー~』では何が語られていたのか。以前、WOWOWで放送されていて、一応録画だけはしていたのですが、見る気にはなれずに、ずっと放っておいた作品でした。どうせ欠席裁判になるに決まっているので。

 思っていたように、黒澤サイドの意図は今でも全く理解されていないままでした。黒澤監督の特有のスタイルであった3カメラを用いるマルチカメラ方式も、芝居が固まるまで何度でも、何日でも辛抱強く待ち続ける演出スタイルも、フォックス側の人間にとっては単なる時間と金の無駄であり、狂気の沙汰に映っていたようでした。フォックスを更に困惑させたのが、素人の俳優起用でした。

 全くの素人、それも大会社の重役達を俳優として使い、威厳を増すためにスタジオ内でも赤絨毯を敷かせて、彼ら素人に対して、スタッフに敬礼させるなど、いくら役作りとは言え、確かに常軌を失っているような現場の雰囲気作りには、ついていけない人達も多かったことでしょう。

 この素人を用いたことについてのフォックス側の見解としては、自作を日本で撮れなくなった黒澤監督が、次回作品製作の資金集めのために彼らを使ったのだ、というものでした。

 更に監督にとって不幸だったことは、長年住み慣れた東宝ではなく、東映で撮らざるを得なかったことであり、これは失敗を招いた大きな要因として忘れてはならない。

 当時の東映といえば、「ヤクザ物」映画の全盛時代であり、スタジオ内をヤクザの格好をした三流役者が闊歩していたそうで、『トラ・~』の出演者達もからかわれたそうです。

 資本側からもプレッシャーをかけられ、不慣れな東映で現場を乱され、東宝のスタッフをほとんど使えず、TV出演が多くなった俳優達のスケジュール調整がつかずに素人を使わざるを得なかったことなど問題は噴出したようです。

 結局降板せざるを得なかった黒澤監督ですが、周りの人材にフォックスとのコミュニケイションをしっかりと取れる人を得なかったことも大きい。製作を急いだフォックスにも急がざるを得なかった事情がありました。それはフォックス社自体の財政が破綻しかけていたことです。

史上最大の作戦』が大当たりした後に、大作主義に侵されてしまったフォックスはその後失敗を重ね、『トラ・~』まで十分な資金を回せなくなっていたのです。お互いの不理解と時期の悪さがこのような不幸を生んでしまいました。

  ここで起こった諸問題は現在でも状況はあまり変わらず、俳優の問題は深刻であり、黒澤監督の80年代の作品でもオーディションを実施して、時間を拘束できる俳優を中心に作品を作るようにならざるを得ませんでした。

 映画俳優が映画の仕事だけで食べていけない国、それが日本です。現在の俳優の演技が荒れている、レベルが低くて雑だ、というのは簡単ですが、実情を知れば、そんなに彼らのみを責めることは出来ないでしょう。

 小さなプロダクションから企画を買い、チケットを買わせて、自分達は損をしない配給体制を作ることのみに躍起になり、本来の仕事である映画製作をほとんど放棄してしまっている大会社。邦画のつまらなさを作っている元凶は、直営館を全国に持つ東宝、松竹、東映の配給会社にある。

 実験作のシナリオを門前払いにして若い芽を潰し、アニメ、お茶を濁すだけの続編物、そしてTVドラマの映画化作品のみを垂れ流し続けていけば、更に滅亡に向かうことは必至です。

 話があちこちに飛んでしまいました。莫大な費用が掛かったこの作品の片鱗は、九州の海岸に並べられた200Mにも及ぶ連合艦隊の戦艦『長門』と空母『赤城』のロケ・セットが放つ威容からもうかがえます。このセットの様子を上空からの俯瞰で撮った映像が挿入されているのですが、さすがに迫力がありました。黒澤監督が演出する真珠湾作戦を見たかった。

総合評価 70点

トラ トラ トラ!

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