良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『十二人の怒れる男』(1957) 名優H.フォンダとリー・J・コッブの白熱の絡み合い。男の映画。

 お気に入りの一人であるシドニー・ルメット監督(『狼たちの午後』、『プリンス・オブ・シティー』など)の1957年の作品。ヘンリー・フォンダが歴史に名を残す名優であるということは、モノクロ映画を愛好する人々ならば誰でも知っていることです。  カラーでも娘のジェーンと共演した『黄昏』などの幾多の作品での彼は、まさに不世出の俳優です。当然ここでもトップのクレジットは彼のものです。しかしこの作品での彼は真の意味での主役ではありません。

 

 では誰が?それは敵役を務めたリー・J・コッブその人なのです。典型的な頑固で偏見に満ちたアメリカ白人。彼は差別論者であり、他の十一人を威嚇しながら裁判の評決での主導権を握ろうとする。彼は威嚇をする。彼は是が非でも被疑者を有罪に持ち込もうとします。彼は常に感情的で激情を隠そうとしません。

 

 他の陪審員もそれぞれの特徴を持っています。日和見する人、偏見に満ちた人、自分の意見を言葉にするのが苦手な人、内気な人、何も考えていない人、少数民族、移民、論理的な人、受動的な人、そしてあくまでも客観的な事実の積み上げと自分の信念に基づき意見を述べる人。

 

 陪審員の行動・思考パターンの典型を示してくれているのです。キャラクターの描き分けがしっかりしていて、思わずうめいてしまうほどの素晴らしい脚本です。脚本がしっかりしている映画は、それだけでも十分に見る価値のあるものです。

 

 一方のヘンリーは論理的で、感情に流されること無く事実のみを積み上げていきます。有罪であるか、それとも無罪であるかは感情でなく、事実が決めるのだという姿勢が終始一貫しています。

 

 他の人は、所詮は他人事であるためか、早く帰りたいために当初はいい加減な応対に終始します。それを反発を食いながらも一人ずつ説得していく過程。それがこの作品の見せ場です。十一人を一人ずつ説得し、彼の陣営に加えていきます。難点は彼だけがあまりにも優等生過ぎることです。

 

 最後に用意されているのが不安定で感情的なリーと論理的で冷静なヘンリーとの言葉による一騎打ちの戦いでした。結果としてリーの敗北に終わるこの対決なのですが、まるで彼が犯罪でも犯したかのような錯覚を覚えるほどヘンリーの論理の刃はリーを追い詰めていきます。そこでは何故それほどにリーが容疑者を有罪にするために凝り固まった執着を見せるかの理由が語られます。

 

 恐いこと、それは陪審員も人間であり、しかも彼らは法律のプロではないのに容疑者の生殺与奪の決定を下す立場にあるということです。わが国でももうじき陪審員制が導入されるようですが、その立場の重みについての議論があまり無く、ただ単に断れないとか面倒だという事件に関係ないことばかりに意識が行ってしまって本筋の議論があまりされていないのは残念です。

 

 映像としてみるとモノクロの重々しい黒と白の色調の中で、十二人のいかつい、むさ苦しい男達の荒い息づかいと汗の臭いが最初から最後まで画面を覆い尽くします。しかも部屋はとても狭く息苦しく、季節は夏のじめじめした雨の後、冷房は故障中という最悪の状況に全員が閉じ込められてしまいます。しかも自分のためでなく、見ず知らずの他人のために。

 

 画面には審議の持つ意味の深刻さと緊張感が深く、そして強く張り詰めています。90分間の間、見ているものは常に緊張を強いられる映画ではありますが、見終わったときに充実感を味わえる素晴らしい作品です。ベルリン映画祭の金熊賞を取ったのも頷けます。

 

 拳銃を使わない西部劇。そんな感じのしたこの作品。何度見てもその都度味わえる深みを感じました。論理的な脚本、迫真の演技、緊張感を持続させる演出、閉鎖的な環境、現実音の持つリアリズム。派手さも恋愛もありませんが、これもアメリカ映画の素晴らしい一本です。

 

総合評価 96点十二人の怒れる男

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