良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『イヴの総て』(1950) アカデミー賞を取ったのも頷ける、名作中の名作。ネタバレあり。

 ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の最高傑作であり、映画でなければ表現できない映像が非常に多い、テクストとして見ても素晴らしい作品です。映画の主要要素である脚本、演技、演出、音響、環境に加えてアイコンである女優の人選がとりわけ素晴らしい作品でもあります。アン・バクスターベティ・デイヴィス、そしてマリリン・モンロー。女優さんを見ているだけでも楽しい時間を過ごせます。

 

 とりわけインパクトが強いのは前半のベティ・デイヴィス、そして後半のアン・バクスターです。見たまんま悪女であるヴァンプ女優ベティにも感激しますが、前半ではサクセスストーリーを夢見る観客の感情移入の対象だったアンが、後半になって徐々に本性を現すところの恐さがとても良く表現されていました。見た目で恐い「毒婦」ベティー、性悪で狡猾なアン。どちらも悪女を演じていますが、アンの方が性質が悪い。

 

 演技者としてはアン・バクスターのほうが、よりやりがいのある仕事だったのではないかと思い、見ていました。照明の当て方もベティにはくすんだ感じで、そしてアンには前半は明るく力強く、後半には明るいが光と影がはっきりと解るように当てられているように思われました。

 

 映画に限らず演劇でもそうなのですが、ベビー・フェイスを演じるよりも、悪役の方が記憶に残るものです。アン・バクスターは、この作品に関しては稀代の悪女として、あのベティ・デイヴィスを喰ってしまったのですから大したものだと思います。観客の感情移入の対象もアンからベティに変わるという脚本と演出の力量も優れています。  

 

 退廃的な悪女の目を持つベティーと知能犯の冷徹な目を持つアンの目。二人の目の演技を見ていても、演技で占める目の重要性が理解できます。濃厚な女優の演技を140分間近くじっくりと見ることが出来る貴重な一本です。男優も素晴らしく、ジョージ・サンダースを筆頭に複雑な人間を演じています。女優も男優も素晴らしく、作品を引き締めています。

 

 ストーリー展開の手法にも工夫が随所に見られ、何人もの人間によるモノローグによるフラッシュ・バックや、時間や立場が交互に入れ替わる脚本の妙に舌を巻きます。こんなに複雑な構成をこのようにスマートに纏め上げた編集と演出の素晴らしさは、名作と呼ぶに相応しい作品です。

 

 ストーリー構成として、悪女アンが不幸に破滅して終わることなく、観客の心に何かわだかまりを感じさせながらも、ハッピーエンドを迎えて生き長らえさせてしまうところは、リアリスティックで素晴らしく、勧善懲悪の子供だましにならない大人のストーリーであり、凡百のサクセスストーリー映画とは一線を画す、「毒」に満ちた成功を描いた作品である。

 

 とりわけ特筆すべきこととしては、演劇界の舞台裏を暴きだした、演劇の作品であるにもかかわらず、演劇のシーンが全く描かれず、台詞で全てが説明されていることでした。あくまでも主題は「舞台裏」であり、「舞台」ではないという、マンキーウィッツ監督の強い意志を感じます。ともすれば最初のシンデレラ・ストーリーのような展開がされる時には、舞台の様子を見たい衝動に駆られますが、そして会社も演劇シーンを求めたと思われますが、敢えて見せずに観客の想像力を膨らませる脚本と演出は見事です。

 

 こんなに素晴らしい作品が古いと思われて、見られないのは本当にもったいないことなので、是非見て欲しいと思います。映画のネタは、実際にはヌーヴェル・ヴァーグと、60年代後半から70年代初めにかけてのアメリカン・ニューシネマの動きを最後に取り尽くしてしまっているのですから、これ以降の映画にオリジナルなものはほとんど皆無です。

 

 映像にも、素晴らしいものがあちこちに転がるように作品中にちりばめられています。パーティー時の階段シーンでの3人の構図、同じく階段での座り方の滑稽さ、だんだんどぎつくなるアンの化粧、ラストでの鏡を使った虚構を隠喩するシーンなどなど。画面の奥行きを感じさせる撮影も素晴らしい。映像にも見所が沢山あるので、何度でも繰り返して見れる奥深い作品です。

 

 音楽の素晴らしさも忘れられない作品でした。喧嘩するために別室へ下がった時に、かすかに聞こえる『ブルー・ムーン』のピアノ音。なんて効果的なのだろうと、一人で唸っていました。オフ・スクリーンを感じさせる音というと普通は画面の左右だったり、上だったりすることが多いように思います。ホラー映画などでは後ろからというものもあります。

 

 しかし普通のドラマ作品で、会話している背後の壁の後ろの空間の広がりを感じさせる音響の作り方というのはあまり他では覚えがありませんでした。画面に奥行きを持たせる音の作り方が優れています。反面、いくつかの室内シーンで、人物の会話にエコーがかかっているところには作り物の臭いがしたのが残念でした。

 

  そういう残念な点が少しはあるものの、お世辞ではなく、50年代という時代を代表するアメリカ映画の最高峰であるのみでなく、映画史に残る永遠の映画なのではないでしょうか。

総合評価 95点

イヴの総て

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