良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『バルカン超特急』(1938) トリュフォー監督が最も愛したヒッチコック監督作品。 ネタバレあり。

 ヒッチコック監督のイギリス時代の代表作のひとつであり、列車しかも超特急という「密室」と「速度」による二重の圧迫の中で作品が展開されていく。被害者を救出して犯人を捜すストーリーなので、ミステリーの要素の強い作品です。非常に狭い空間の中で起こるサスペンスであり、ほとんどの人が敵であるという、まさに息の詰まる作品となった。

 

 ほとんどの謎解きが列車内部で行われていくため、下端の犯人は、比較的すんなりと見分けることが出来るが、親玉は羊の顔をかぶっているためになかなか見つけ出すことが出来ない。「赤頭巾ちゃん」の「狼」のような犯人は不気味である。車内から見える映像に猛烈なスピード感があるので、それにつられて作品がテンポ良く進んでは行くが、よくよく注意して見ていると、脚本は「穴」だらけであり、現実性に乏しい部分が多すぎる。ただしそれでも一気に見せきってしまう手腕はさすがの職人芸である。

 

 ヒロインを務めたマーガレット・ロックウッドは美しく活動的な女性であり、勇気も大陸人に比べると並みの男よりも持ってはいる。いかにもアメリカ人らしい部分があり、なんでも金で解決しようとしたり、何でもしゃしゃり出てくる様子が描かれています。こういう女性というのは、まだ封建的で閉鎖的だったであろうヨーロッパでは、違和感を持って迎えられたのではないだろうか。

 

 ヨーロッパのだらしない男たち(巻き込まれたくないから真実を告げないクリケットバカのイギリス男たち、金の力に負けて何でも彼女のいうことを聞くスイスのホテルの人々など)に比べたときに、アメリカ人女性のほうがパワフルであり問題解決能力を持っている。マーガレットの力強さは作品を引っ張っている。

 

 息が詰まり、ともすれば停滞しがちな密室劇を、「超特急」というスピード感のもたらす非日常性が観客を惹きつけて放しません。全員がグルという物語構造はアガサ作品にも見られるが、ヒッチ先生もなかなかである。ただ全体的に雑な印象もあるのが残念です。

 

 今回出てくるマクガフィンは「メロディ」ですが結局彼女が持っていたこの「メロディ」がどれだけの情報を持っていたのかは全くの謎である。サスペンスの巨匠が常にマクガフィンという「ミステリー」を観客に残していくのはとても愉快なものです。

 

 そしてこの作品でのクライマックスは、超特急がストップしたときに起こるナチスとの戦いです。列車の周りに押し寄せるナチスとの銃撃戦の迫力は、当時の他の作品にはない緊迫感を伴っています。この戦いから抜け出し、また加速していくシーンは、本来人を危険に追い込むスピードが、今度は最大の味方になるという対比があり、とても素晴らしい効果を持っています。

 

 「情報」の「メロディ」がとても暢気なものであり、これを奪うために情報部員が殺人を犯しながらでも必死にこれを聞き出そうとするギャップがとても可笑しい。主題である暢気な「メロディ」の下で、リズムを刻んでいるのが、特急の「爆音」であるところの対比がまた良い。特急のミニチュアと実写の部分と、後は客室と食堂と貨車のセットのみで、ほとんどのシーンが撮られているためにかなり予算が節約できたのではないだろうか。それでもこのように迫力ある作品に仕上げていくヒッチ先生の手腕は驚きに値します。

 

 ヒッチ先生の列車物というくくりの中ならば、『第十七番』のラストシーンがありました。列車がフェリーに突っ込んでいくという過激な演出でしたが、今回も機関車と自分たちのみが敵国に拉致されてしまい、そこから何とか逃げ出していくというスペクタクルな要素を盛り込んでいます。過激さでは前者に軍配が上がりますが、いかんせん前者は「模型」のために迫力不足が否めません。

 

 超特急という非日常のスピードの中で、ストーリーが展開されるために細かな設定がかなり雑に、そして犠牲になっているように感じましたが、それでもそれらを補って余りある映像の迫力は十分出ています。 総合評価 82点 バルカン超特急

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