良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『狩人の夜』(1955) 俳優チャールズ・ロートンが手がけた唯一の作品。美しい映像が一杯です。

 チャールズ・ロートン監督による、1955年製作作品にして、唯一の監督作品でもあります。出来栄えとしてはヒッチ先生の『サイコ』、『疑惑の影』とビートルズ後期の名曲『アクロス・ザ・ユニヴァース』の持つムードを併せ持つような作品です。サスペンス・ホラーとファンタジーが合わさったといったほうが解り良いかも知れません。

 

 いきなり、画面外の観客に語りかけるような、ユニークなオープニングにまずは驚かされました。今でこそ、たまに見受けられるスタイルではありますが、当時であれば、結構斬新な演出だったのではないでしょうか。聖者である年配の女性の聖職者、そして悪の化身である伝道師は我々に直接語りかけてきます。

 

 この時点で見る者は、正邪のいずれかの立場に立つかを迫られる。主役である幼い兄妹は、我々の代わりに悪との闘いを勝ち抜かねばならない。非力な兄妹はあまりにも無力であるが、それを見守る観客である我々は、彼らを助けてやれない己の力の無さを実感する。我々は見ることのみを許されている。

 

 舞台となっているアメリカの片田舎という設定も絶妙である。殺人鬼が昼から活動しているのに、幼い兄妹の兄、そして我々観客のみが犯人の残虐性を知る。パーティーを住民全員で開いたり、クッキーを焼いたりする、キリスト教で満たされている純粋なコミュニティー内部での長閑な雰囲気と、これから幼い兄妹に起ころうとしている惨劇の瞬間とのギャップが、この独特な作品を盛り上げていく。

 

 ミッチャムの右手指には「LOVE」が、そして左手指には「HATE」の文字が刺青で彫り込まれている。人を殺める時には彼は勿論、左手を使い、女子供を騙す時には右手を使う。「神の左手、悪魔の右手」とは正反対である。日中は羊の皮を被り、善人の証である優しい笑顔のみを見せる殺人鬼。恐ろしい殺人鬼に変わるのは夜になってからである。まるでドラキュラや狼男のように。

 

 いわゆるヒッチコック監督が得意としていたスリラー物であり、下手な作り方をすると、B級作品のレッテルを貼られかねない作品なのですが、それだけの評価では納まりきらない、抜群な演出の切れ味と、光と影を上手く利用した、美しい自然や生物の描写により、不思議な魅力が備わった作品として世に出ることになりました。

 

 ロバート・ミッチャムによって演じられる、サイコな殺人鬼は殺人鬼であるのみでなく、「怪物」のイメージをも併せ持っています。

 

 音の処理も素晴らしく、汽車の爆音で殺人鬼の到来を暗示するシーン、夜の屋外で歩いて帰るシーンでの画面一杯に満ちている昆虫や動物達の声の音と、帰宅して扉を閉めると彼らの声がまったく聞こえなくなるメリハリの良さは強く印象に残っています。  

 

 室内での演出にもこだわりが強く、三角形の形で当てられる照明は不安感を高めています。ミッチャムの出現により、徐々におかしくなってくる兄妹の母親の精神状態の破綻、そしてミッチャム自身の異常性が画面を通して見えてきます。

 

 斜めに置かれる建築物の位置、奇妙な光の当たり方により、精神の異常性を上手く表現しているように思えました。

 

 不気味な映像としては、美しい川面に漂う水草の様子の後に、ミッチャムにより殺されて、川の中に車ごと捨てられた髪の長い母親の遺体の様子がシンクロするイメージはとりわけ不気味でした。

 

 殺人鬼の異常さを表す、アイリス・アウトも古臭いテクニックではありますが、ここでは上手く使われていました。兄妹を追い込むときに、ミッチャムの目とナイフが異様に光るシーンの邪悪さは、『M』でのピーター・ローレを思い出させるほどの迫力がありました。

 

 美しい映像も沢山挿入されている作品でもありました。川面に映る月光の反射、草木の優しさ、遠近感を利用して撮られた、まるで蜘蛛の巣から逃れるように見える小舟の様子。

 

 遠近感の効果に味をしめたのか、何度も繰り返されていく蛙(モノクロで撮られる蛙の造形がこんなに美しいとは夢にも思いませんでした。)、梟、兎のイメージ。  自然溢れる河の映像はまだまだ続いていきます。

 

 亀、狐、柳の木、そしてとりわけ美しかったのが、何百匹もの蛍が発光させながら跳ぶ様子でした。家の近所で実際に、個人的に蛍が跳ぶのを見た最後の時は今から30年近く前のことでした。蛙もそうでしたが、モノクロで表現される蛍の光がとても美しく、忘れられない映像となっています。

 

 生きることを謳歌する動植物達と、それとは対照的に幼い兄妹の生命を奪おうとする卑しい、そして異常な殺人鬼の様子の対比は見ていて滑稽にさえ見える映像でした。人間の強欲を見つめる自然の目は殺人鬼の価値の無さを際立たせる。

 

 これほどの映画を作り上げたロートン監督が何故、再び監督業をすることなく終わってしまったのだろう。演出には切れと美意識が感じられ、非凡な才能を持っていたことは明らかである。音の使い方も優れている。作品のテンポも良い。

 

 オーバーな演技も無い。無駄にカメラを振り回すことも無い。優れた映像作家の彼が、再び映画を撮らなかったことは、映画芸術にとって大変な損失である。これだけは明らかであろう。

総合評価 88点

狩人の夜

狩人の夜 [DVD]