良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『虞美人草』(1935)なんせ、音が酷すぎる。ただ、現存しているだけでもありがたい。

 『虞美人草』は1935年製作ということで、その当時の多くの映画と同じく、大戦の戦火に焼かれたものも多く、溝口作品も含めてほとんど残っていない。その大火の中で生き抜いてきた、戦前の作品だったために、かなり期待して鑑賞することになりました。

 結果としては、巨匠の名前倒れの作品であり、期待は見事に裏切られました。1935年というと、徐々に軍部の検閲がきつくなりつつあったこともあり、本来は自分の思うままに、墜ちていく女の情念を描き出していくのが得意だった溝口監督にとっては、とても窮屈な時代でありました。

 溝口監督は器用なようで、実はあまり時代の流れに乗るのが上手いとは思えない。彼が時代を読む時、大抵は失敗して、嘲笑される傾向がある。軍部に迎合して作った、戦時中の作品はことごとく駄作であり、50年代に復活するまで10年以上スランプが続いていきました。

 物語自体は原作が、かの明治の文豪、夏目漱石ということもあり、原作のような美しくも、苦悩に満ち満ちた男女の葛藤と、先端と伝統との考え方の軋みを描いてくれるものと期待していました。

 溝口監督は小説で大当たりを取った作品を映画化することも多く、この『虞美人草』以外にも、吉川英二の『新 平家物語』、菊池寛の『宮本武蔵』、谷崎潤一郎の『芦刈』を下敷きにした『お遊さま』、そして森鴎外の『山椒大夫』などが映画化されています。

 また江戸時代に庶民に親しまれていた井原西鶴の『好色一代女』から作られた『西鶴一代女』、同じく近松門左衛門の『大経師昔暦』をベースにした『近松物語』などもあり、彼が撮りたかった世界が墜ちてゆく女の情念と葛藤、最下層の住民の苦しみであると理解するのは、そう難しい事ではないでしょう。

 黒澤明監督と違い、彼には『男の世界』や戦いを描けないのです。『宮本武蔵』、『元禄忠臣蔵』を見れば、いかに彼がこういったものに不向きかが、すぐに理解されるはずです。その代わり、溝口監督には黒澤監督が苦手とする女の世界を描かせれば、世界でも屈指の才能がありました。残念ながら、この作品にはあまり出てはいません。

 具体的には、男一人に女二人の三角関係に加え、夏川と月田の男二人で令嬢の大倉を挟み込む三角関係という二つの三角関係を中心に物語として展開させ、それに異母兄妹と継母の関係、師弟関係の温度差を絡ませて広がりを出していきました。

 そこまでは良かったのですが、いかんせん尺が短すぎるためか、物語の登場人物たちに人間としての深みが足りず、本来描きたかったのであろう男の変節と忘恩、女の無知と高慢からくる悲劇についての物語の焦点がぼけてしまっている様に感じました。

 今まで見てきた作品の中では、「え~っ!これも溝口なの?」という意外な作品でもありました。特に列車に飛び乗った後のシーンは、むしろ丸ごと全部無かったほうが良かったのでないかと思うほどでした。現存するものからは、ラスト・シーンが消失してしまっているため、尻切れトンボになっていて、訳が判らなくなっているのです。

 本来原作にあった通り、この映画の消失してしまったラスト・シークエンスは藤尾の自殺と葬式で幕を閉じますが、まったく原作についての知識がなく、これを見たならば、評価が曇るかもしれません。

 写真としてはさすがに美しさの片鱗は見せてくれていました。ただあまりにもひどい音響が興をそぎました。焼失してない訳ですし、見れただけで良しとします。

総合評価 52点