良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『イングロリアス・バスターズ』(2009)もしかすると、タランティーノ最高傑作かも!

 去年の年末からお正月にかけて公開されていた多くの新作映画の中で、「面白くなかったら、タダ!!」というかなり思い切った宣伝を打っていた映画がありました。それが今回、1月末での閉館が決まってしまった地元・奈良の劇場まで観に行った『イングロリアス・バスターズ』でした。  この映画は個性的なというよりは毎回毎回、ドバドバと溢れかえる鮮血で、スクリーンがいっぱいに満たされてしまう、えげつない作風で知られている、オタク映画ファンからハリウッド有数の大立者にのし上がって来た、クエンティン・タランティーノ監督作品であり、今回の主演には、スター俳優のブラット・ピットを起用し、脇にもしっかりした俳優陣を揃えていることもありまして、『2012』と並んで、大きな話題となっていました。  実際にアメリカでの公開は大成功だったようで、その自信もあってからか、冒頭のような型破りのコマーシャルを打ってきたのでしょう。もちろんアメリカのファンの気質と日本の映画ファンの気質は違いますので、彼の作風が観客すべてに受け入れられたかどうかはかなり疑わしい。僕が観た回でも、残酷描写のあったシーンで、居たたまれなくなって、席を立ってしまった女性観客もいました。  ただしそうだからといって、映画を批判する気にはなりません。なんといっても、相手はスプラッター描写で有名なタランティーノ監督なのです。何も知らないで、この映画を選ぶ方が悪いのです。映画そのものの内容をネットで確認してから観るなどという面白みのない鑑賞法をするのも考え物ですが、あまりにも無防備にタランティーノに触れようというのも考えが甘い。僕自身もほとんどの場合、ノー・プランで何も調べずに観に行くのが常でしたが、あまり映画を知らない人が行くには敷居の高い作品でした。
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 ぼくがこのスタッフのラインナップを見た瞬間に、真っ先に思ったのは「どんなおバカ映画に仕上がっているのだろうか?」と「またもや出血多量大下品ショーになるのかなあ?」の二点でした。荒唐無稽なストーリー展開は日活の渡り鳥シリーズみたいだし、ヨーロッパの雰囲気を取り入れたお洒落な感じなのに、作風が東映ヤクザ映画みたいだしと日本映画を見続けてきた、ぼくらが観るのと、そういった映画を知らない外国の映画ファンでは受け取り方は随分と違うであろう。  彼の映画のあちこちに東映作品や香港映画で観たような描写が多く、色々と観るたびに楽しませてくれるのですが、今回はいつものお下劣路線だけではなく、クラシック映画から採り上げたカットの作り方やセンスの良いところ取りがなんとも楽しく、いつも以上にハイセンスに喜ばせてくれる内容に仕上げてきていました。  タランティーノ印の映像もしっかりと挿入しつつも、いつもと違うお洒落な映像感覚は成長なのか、迎合なのかは意見が分かれるのでしょうが、いつまでもスプラッター的な表現ばかりしていると飽きてきますし、彼がもう1ランク上の映画作家として認められていくようになるにはこうした変化は必要になってきますので、良い機会であったと思われます。
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 なにはともあれ、僕らの劇場での、ぼくにとってのラスト・ショーとなった映画は始まりました。となったといいましたが、ぼくが劇場の閉館を知ったのは年明けになってからで、映画ファンとしては年始最初のニュースが地元映画館の閉館というのから始まったのはがっかりしました。  内容に入っていきますと、この映画はチャプター1の遺恨の原因となるシークエンスからスタートして、復讐を果たす最後のチャプター5まであり、上映時間は2時間40分とかなり長めになっています。いくつものチャプター、つまり"章”が積み重なって、一本の作品を形作っていくという手法は大昔の映画館が毎週来てもらうために考案した、集客のための短編映画を流していた伝統から来ているのでしょう。  こうした手法はノスタルジックであるばかりでなく、観客もどこまで集中し、いったん弛緩できるポイントが出来るので、TVドラマのCM休憩などに慣れた一般客には親切なのかもしれません。 80年代からしばらくは80分程度で2時間を超えないものが大半を占めていましたが、二十一世紀に入ると、『ロード・オブ・ザ・リング』『ハリー・ポッター』シリーズのような三時間を超える映画も増えだしたので、この映画の三時間弱という長い尺があまり気にならなくなっていました。
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   序盤はバスターズたちがドイツ人将校をバットで撲殺したり、捕らえたナチス兵士の頭の皮を剥ぐなどの残酷シーンがあるにはありますが、タランティーノにしてはおとなしめの展開が続きます。第二次大戦時のフランスという舞台背景もあり、レトロでお洒落な映像がみられて楽しめました。  タランティーノの復讐劇としての類似点はかなりあって、『キル・ビルVOL.2』のように怒りを内に秘めて物語を展開しつつ、脇役のチャプターを入れ込んでいくことで、サイド・ストーリーから徐々に盛り上げて、観客の感情移入を喚起し、最後に『キル・ビルVOL.1』のようなド派手なクライマックスを作っていました。  鮮血の代わりに爆発と炎を激しい描写のための攻撃的手段として使用していたのでしょうか。人間は不思議なもので、身近な血よりも、非現実的な激しい炎や爆発の方が残酷さを感じない。もちろん炎だけではなく、猛烈な銃撃も観衆たちに浴びせられるのですが、その阿鼻叫喚も、相手がナチスだと余り残酷に感じない。  もしこれが攻撃されているのが日本兵やその家族たちだったならば、僕らは正視できないでしょう。その意味ではドイツ人の観客がこの映画を観たら、多くの方が嫌な気分になってしまうのかもしれない。
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 過激の一歩手前の荒唐無稽で抑えているため、結果としては素晴らしい出来上がりとなっています。タランティーノらしさをスパイスとして散りばめながらも、映画としてのまとまりがあり、タランティーノ初心者にも楽しめるように腐心されています。  マニア向けの映像やシークエンスも見逃せない。あちこちに配置されたクラシック映画へのオマージュもぼくら映画ファンの気質をくすぐりました。『ヨーク軍曹』やMGMのメイヤーについての会話、アルフレッド・ヒッチコックの『サボタージュ』を使っての映画フィルムの可燃性の危険を説明する下りなどはニヤニヤしました。  フランス映画の『追想』で印象的だった、鏡の裏から迫る暗殺者を彷彿とさせるようなクライマックスに至る寸前の緊張感も効果的でとても美しい。映画館にかかっているレニ・リーフェンシュタールやバプストの看板、チョイ役として出てくるエミール・ヤニングス(もちろん別人!)も笑えます。
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 そして、何気にどこかで聴いたことのあるエンニオ・モリコーネ作曲の印象的な旋律の数々など、タランティーノがこれまで観てきた映画のエッセンスをたっぷりと味わえる。音楽は彼に頼もうとしたそうなのですが、モリコーネが多忙で、調整が付かなかったそうです。タランティーノにすれば、ぜひとも彼の音楽を使いたかったでしょうから、次回あたりで、その希望は実現するのではないでしょうか。  最後の最後だけに使用された、結ばれる可能性が皆無のドイツ人俳優とユダヤ人女映画館主の銃撃戦でのスロー・モーション、ナチス映画祭でのスクリーンに火が付けられて、そのスクリーンがまるで激しい憎悪で燃え尽きた後も、爆煙に映し出されている彼女の巨大な顔が一層の憎悪で燃えていくような凄みのあるカットとそれに繋がる黒煙に映し出される彼女のナチスへの憎悪に満ちた顔などはかなり印象的でした。  映像の力という点ではこの彼女の大顔のシーンがもっともインパクトが強い。このシーンを観るだけでも、お金を払って、映画館に行く価値があったと思います。
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 映画を数多く観てきた人ならば楽しめるであろうアイデアに溢れた、とても楽しく時間を過ごせる映画でした。最後がこの映画となってしまったのは良かったのか、悪かったのかは今はまだ分かりませんが、思い出になる映画のひとつになったのは間違いない。  1988年から数えて、今年で22年。思えば案外長い時間が経っておりました。さまざまな映画をこの劇場のスクリーンで堪能してきました。良い映画あり、最低の映画ありと観る数だけ違う映画となりましたが、どれもそれぞれ愛着はあります。  一人で観た映画、二人で観た映画、大勢で観た映画、スクリーンに一人ぼっちだった映画、長く感じた映画、あっという間に終わった映画、お尻がむずむずした映画、じっと身動きが取れなかった映画などいろいろとあります。
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 いいたいことは次から次へと思い浮かんできますが、まずはこれまで地元の劇場を支えてこられたスタッフの方々や関係者の方々に「おつかれさまでした。」と言ってあげたい。またこの劇場に通ったすべての人々とこの劇場での思い出を共有したい。
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総合評価 85点
「キル・ビル」&タランティーノ・ムービーインサイダー (洋泉社MOOK 別冊映画秘宝)
洋泉社

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