良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『裏窓』(1954)犯罪である覗きも、ハリウッド・スターがやると変態行為にすら見えない。ネタバレあり

 ヒッチコック監督がついに最高の女優を手に入れました。彼女の名前は後のモナコ公国王妃となるグレース・ケリー。歴代ハリウッド女優の中でも、最大級のアイコンを使って撮った作品である。ヒッチ先生が最も好むブロンド美人で、理知的かつエレガントであり、なおかつセクシャルな魅力をも持ち合わせている希有な女性。グレースを引っ張り出したこの作品は、ヒッチ作品における「女優」の要素の頂点を極めた作品となります。

 

   足を怪我して全く歩けない状態になっているジェームス・スチュアートの面倒を見てくれているグレース。暇に任せて他人の家を覗いてばかりいるジェームス。彼は現代の尺度から見ると間違いなく変態であり、一市民としてあるまじき問題行動を起こしている。それでも放っておけないグレース。彼の話に巻き込まれて、危うく殺されそうになっても彼に対して悪感情を持っていないのはなぜなのでしょう。結婚に対しても煮え切らない。惚れた弱みか。彼は何もしてくれず、ラストシーンでは自分自身も逃げられないために危うく死に掛ける始末。

 

 事実だけで見るとこうなりますがグレースが犯人の家で証拠を探すシーンで犯人と鉢合わせするまでの緊張感が画面への集中をいやがうえにも高めてくれます。そしてジェームスの部屋に来るまで、そして侵入した後の対決シーン、しかもジェームスの取れる抵抗手段は非常に限られたものになっているので、どうやって逃れるのかという期待と不安はどんどん大きくなる。まさにサスペンスです。

 

 ここでのジェームスはハンサムなためにやっている行為にもかかわらず「変態」として見られることは無い。さらっと演じているところは素晴らしいが、何か少し現実味に欠ける嫌いがあります。まあこれがピーター・ローレならば『M』になってしまいますが。ジェームスは今回、動けないために必然的に「目」での演技が大半を占めています。ジェームスとしても新境地を開く演技が出来た作品として重要だったのではないでしょうか。

 

 ジェームスの目は観客の目でもあり、我々が見たいと思っているものを覗かせてくれます。まさに映画の目です。彼の目線で作品が展開されるために、アパートの反対側の住民や犯人が、こちら側、つまりジェームスの住むアパートを映すショットが全くありません。向こう側の住人を覗きたい放題というのは映画の基本そのものです。一方通行のコミュニケーション。こちらは受け取るだけで、向こうは垂れ流すだけ。監督の意図、観客の欲望を具体化したものが映画です。

 

 今回の最大の目玉であるグレースは、さすがの美貌でジェームスの存在を圧倒しています。エレガントで頭が良く上品で、しかも「女」であるという最高の条件を全て兼ね備えている、まさにスターです。ヒッチ作品全てのヒロインよりも数段上を行っています。ヒッチ先生もこの作品の前と後では女優に対する視点もより厳しくなったのではないでしょうか。

 

 ジェームスの目線はまさに観客のそれであり、グレースと犯人が対面するシーンとジェームスと犯人が対決するシーンでスペクタクルとしてのクライマックスを迎えることになります。前者のシーンでは自身にとって一番大切な人に危機が迫って来た時、しかも自分では何もしてあげられない無力感(まさに観客です。)そして後者では自分自身にも危害が加えられそうな時の緊張感を見ることが出来ます。

 

 ジェームスにとってより危ない状況は後者ですが、逆にこの状況は自分で片をつけられる状況でもありますので、彼女を危険にさらすよりはまだましな状況でもあります。そのためか、彼の目は自分が襲われているときのほうが生き生きと輝いているように見受けられます。犯人が迫って来る時の靴の音、そしてグレースが襲われる時のジェームスの鼓動(これは実際には聞こえませんが映像では確かに彼の鼓動が聞こえてくるのです)がとても印象に残っています。

 

 自分の部屋から全てを見通すことの出来る集合住宅の薄気味悪さがとても良く描かれていて、彼からすれば常にみなを監視しているわけですから、何が起こっていたかを伝えることは容易ですが、それは自分の変態性をも公にさらすことにもつながります。

 

 この作品でジェームスの演技は間違いなく一段レベルが上がっていますし、グレースはそれまでのヒッチ作品の中での最高の女優です。ジェームスの視線は観客の視線の代弁者でありこれを存分に見せてくれました。やっていることは完全な変態ですがジェームスがやるとそのようには見えにくい。ハンサムな俳優は得ですね。

 

総合評価 92点

裏窓

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