良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『シモーヌ』(2002) CGは映画を救う?会社を救う?それとも監督を救う? ネタバレあり。

 ワールド・カップで大騒ぎしていた2002年に製作された、アンドリュー・ニコル監督の作品。序盤は、現代版『8 1/2』的な内容を思わせる、とても美しい映像世界だったため期待して見ていましたが、徐々にやはりこれは古典的なハリウッド作品なのだと解り、若干興をそがれました。アル・パチーノ演じる監督の名前が「ロマン・ポランスキー」のようであり、また彼が作る「映画」の色調がまるでポランスキーの作品だったのには笑いが出ました。

 

 現実の女優やスタッフに相手にされず、妻にも逃げられた、売れない映画監督が最後の賭けで一人だけでコンピューターと共に製作したCG作品が世界的に大ヒットしてしまう。主役のCG女優「シモーヌ」の秘密を守り続けなければならなくなり、殺人事件にまで巻き込まれるというブラック・コメディです。  

 

 現実には存在しない「シモーヌ」でもメディアに登場すると、補完する情報が与えられて(彼女とデートしたことがあるとか、子供時代の秘蔵写真とか)実在が成立してしまうという恐さもさりげなく表現されています。中国には「三人言いて、虎を成す。」という諺もあります。何人かの別の立場の人が同時に同じ情報をもたらすと、無条件でその情報を信じてしまうという戒めとして伝わる言葉です。

 

 誰も実体を確認していないのに、簡単に事実として信じ込んでしまう社会は、何か可笑しさと恐ろしさを感じさせます。コンピューター上に存在して、現実世界にまで影響を与えだす「シモーヌ」はまさに虚像の怪物であり、最初は映画にしか出演しなかった「シモーヌ」が仕舞いには政治の世界にまで進出していくさまは「フランケンシュタインの怪物」のような恐さを感じて見ていました。コメディではありますが描いている恐ろしさはSF的でした。

 

 ただし前半はとてもテンポ良く進んでいったのに比べて、後半少しだれ気味で(彼女が監督してしまうプロットなど)ラスト・シーンもいまいち展開に無理がありすぎる嫌いがあります。むしろ「シモーヌ」を殺した後に、アル・パチーノが余生を監獄で送る結末にしたほうがよりブラックであり、名作のひとつになりえたと思いますので、とても残念でした。

 

 アル・パチーノの役どころはジレンマに悩む監督の様子が良く伝わってきて、さすがの演技を見せてくれています。そしてレイチェル・ロバーツの美しさが観客を魅了します。彼女の容貌が「好み」か、どうかで、この作品への感情移入が深くなるかが決定されます。「オスカー」のシーンでのインタビューで、システムどおりにしゃべらなかったところが出てきたため、もしかすると「シモーヌ」が意思を持ち始め、新たな展開があるのかと思いましたが、そこは全くなくこちらの深読みしすぎに終わりました。脇で出ていたウィノナ・ライダーですが、彼女に関してはどうしても万引き騒動のあったためか、前ほど素直に感情移入できなくなっています。

 

 世界中に影響を与えているはずの彼女が、じつは単なる薄っぺらなソフトに過ぎなかったというのは、メディアという虚像世界への痛烈な「アイロニー」を感じました。またあくまでもバーチャルな存在である「シモーヌ」がスタジオをひとつ丸ごと占拠している状況は、最初にアルが否定していた女優のわがままとどのように違うのかが良くわかりませんでした。それも含めて「アイロニー」的作品としてよく出来ています。

 

 またCGのみではなく映像の美しさには目を見張るものがあります。特に「青」、「緑」、「黄」そして「赤」の色の風景としての色調の素晴らしさは群を抜いています。多分ポランスキーが『水の中のナイフ』をカラー作品として撮っていればこのような色使いをしたのではないかと想像して見ていました。

 

 劇中で「シモーヌ」が歌を歌いそれも大ヒットしていく状況はまさに「トリックスター」であり、ニーチェの超人「ツァラトゥストラ」の女版であり、気味の悪いシーンでした。まるでナチスの党大会の様相でした。ほとんどのシーンがスタジオで撮られており、ほかの場所は「シモーヌ」の実在をでっち上げるために存在しているのが現実と逆転していて面白みを感じました。

 

 フランケンシュタインの怪物は「死体」の寄せ集めであり、ターミネーターは殺人「機械」です。連想するのはこの二つですが彼女は全く「容れ物」となるボディを持っていません。またコンピューターというと2001年のHALとも明らかに違います。近いとすればマックス・ヘッドルームでしょうか。

 

 俳優や会社に対して、全ての監督の悩みを解決してくれるのは全キャラクターの「コンピューター」による創造と撮影しかない。こういう人間不信の極致とも言える監督の皮肉がたっぷりと盛り込まれています。後半のストーリー展開の強引さに興ざめしますが、映像のデジタルな美しさは際立っています。また監督の、意図のあるフィルターをかけたレンズによる撮影で、風景である「空」、「海」、「砂」などの本来意思を持たないものが「意思」を持っているように作品を盛り上げています。

 

総合評価 79点

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