良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『海外特派員』(1940)ナチスドイツの宣伝相ゲッペルスがたいそう気に入っていた作品。ネタバレあり。

 1940年製作の正統派ヒッチ作品。あまりヒッチ先生らしくない(レベルは凄く高いのですが)『レベッカ』の次に製作された今作品には、ヒッチ先生のアイデアが溢れかえっています。『レベッカ』で抑え付けられていた才能が一気に噴出してきた観があります。

 

 今回の主役は、いつものように事件に突然巻き込まれていくというスタイルではなく、自分から混乱を求めていく(なぜなら彼は特ダネ記者だから)新しいタイプです。ストーリー展開の中で山場となる部分が沢山あり、しかもきちんと整理されているため非常に見やすく記憶に残る作品に仕上がっています。

 

 政治家が暗殺される場面とその追跡シーン、逆に回る風車のあるナチの秘密アジトでの捜索と脱出、恋人の父親が実はナチのシンパだと判るシーンとその後の葛藤、墜落させられた飛行機からの脱出、そしてロンドンからの対独抵抗への呼びかけなどが短い時間に上手く整理されて提示されています。反ナチの色彩があるにもかかわらず、宣伝相のゲッペルスが好んでこの映画を見ていたというのもうなずけるほどテンポの良い作品です。

 

 ジョエル・マックリーが、少し軽いがとても役柄にきっちりとはまっている。そのために、いくつかの作品で見られている主役の弱さを感じない。それがこの作品に一本の太い軸を作っています。ヒロインのラレインはそれ程印象には残っていません。今回の最大の悪役であるハーバートは、むしろ悪役というよりはイギリスにとっての大罪人ではあるが、ドイツ側から見るとゾルゲのような人物ですので、あのような一見穏やかそうではあるが祖国愛に燃えている感じで良いのです。

 

 最も印象に残るのは、墜落後に沈没していく飛行機からの脱出シーンと、そこでの「水」の迫力です。これはこの当時の技術と物資の不足の中から、これだけの素晴らしいカットを撮ったヒッチ先生の実力を素直にほめるべきです。海に落ちていく操縦席の部分のガラス部分を、特殊な紙のスクリーンにしておいて落ちていく様子を映写しながら、一気に水を入れてカットを繋げていくなどということをしてしまうのはまさに映画作家です。迫力のあるシーンの連続は臨場感のある音響のおかげです。特に「水」の音が素晴らしい。

 

   ヒッチ先生らしいオランダといえば「風車」と「花」というなんともステレオタイプ過ぎると思われるロケーションに苦笑してしまいますが、それはそれなのでしょうか。ただ撮り方は鋭く、寂れていていかにも隠れ家にはもってこいという感じはよく出ています。光と影のコントラストのためでしょう。

 

 彼はその直前に『レベッカ』を撮り、翌年に『断崖』を、そして翌々年には『逃走迷路』を撮っています。撮らされた『レベッカ』からようやく撮りたいものを撮っていくイギリス時代のようなポジションに上がっていく過程であり、分岐点となる作品です。その意味でこの作品の意義は大きい。

 

 次々と山場が出てきて飽きさせないという作り方はまさにハリウッドの作品である。古典的なパラダイムにのっとった作品であり、ある意味方程式どおりに作った作品です。ただそれだけではなくヒッチ先生らしい凝った撮り方もきちんとされている傑作です。ただしヒロインが弱すぎる気がします。ジョーン・フォンテ―ンがこの作品から出演していたならばもっと違った印象になっていたはずです。

総合評価 87点

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