良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『北北西に進路を取れ』(1958) 何度も見たくなるヒッチ・ワールドの集大成となる作品。ネタバレあり

 1958年製作の『北北西に進路を取れ』は、映画学校の教科書にも出てくるほどの名作であり、この作品はヒッチ映画の完成形です。時間を忘れて、見入ってしまいます。見た後でも、目と記憶に焼きついている色々なシーンが数多く、展開もヒッチ作品を何本も見た人ならずとも、感情移入しやすい作品でもあります。

 

 これがヒッチデビューの人でも抵抗なく見ていける作品です。ヒッチ節である「間違えられた男」・「巻き込まれ型」・「圧巻のカメラワーク」・「マクガフィン」そして「二重、三重の伏線」など彼のスタイルの全てを、たったの140分で体感できてしまうという、とってもお得な作品です。

 

 140分という上映時間の長さが、全く気にならない見事なストーリーとプロットの展開です。誰が「敵」で誰が「味方」かがなかなか最後までわからない緊張が持続されます。それも強い緊張と弱い緊張が交互にくる感じで、一本調子ではありませんのであっという間の140分を体験できることでしょう。

 

 話題になったシーンのひとつにラストシーンがあります。ただ個人的には取ってつけたような、セクシャルかつハッピーエンドの終わり方が少々気に入りません。活劇として、せっかくここまで素晴らしかったのが、ここで興ざめとなってしまったのが残念です。ヒッチ先生本人としては、あのシーンが最もお気に入りのようなのですが、個人的には好みではありません。巨匠に対して無礼なのは解っているのですが。

 

 また毎度のことなのですが、ヒッチ先生に限らず、映画監督という人達は余程同じ俳優を使うのが好きなようで、今回もケイリー・グラントは、また巻き込まれながら苦闘して、そこから逃れていく役を見事に演じています。女優も、ヒッチ作品らしいゴージャスで綺麗な人を使っています。理知的だがセクシャルな感じのエヴァ・マリー・セイントは個人的にはかなり良かったです。

 

 監督の生理に合う俳優さんやスタッフは、作品に厚みを加える上でも、リズムを作るためにも、映画には欠かせないのでしょう。

 

 この作品のハイライトは映画史に残る「バス停留所での襲撃」と「ラシュモア山」のシークエンスです。特にバスのシーンでは、観客の予想を何度も裏切り続けて、しかも観客の予想よりも遥かに上を行く演出を見せてくれます。

 

 最初から「飛行機」は映っているのです。誰もが当然のように「車」で来るものと思っていて、しかも、ご丁寧に最後に車から降りてくる男との道を隔てての対面シーンが出てきたときは「さあこれからどうなるのだろう!」とこちらが勝手に身構えているのに、ものの見事にヒッチ先生のペースと陰謀にはめられてしまいました。飛行機に追いかけられるシーンは映画史に残るものです。

 

 肩透かしと焦らしの上手さはヒッチ先生の得意なテクニックのひとつなのですが、いつも見事に引っかかる自分がいます。

 

 またラシュモアのシーンでの歴代大統領の「顔」の上で展開される「冷戦」の追跡と対決の様子はまさにアメリカの歴史です。『逃走迷路』の「自由の女神」のシーン、そして『荒武者キートン』を思い出しました。

 

 迫りくる飛行機の爆音や、逃れるための飛行機の爆音、音だけで実害のない空砲の音など「殺し」のための「音」がとても効果的に使われていました。飛行機に乗せられて殺されるはずだった女スパイが空砲のおかげで(本来は銃は殺人に使われるものです)彼の命を救い、そしてまた自分の命までも救う結果になるという素晴らしい「音」でした。

 

 国連や高級ホテル、オークション会場そしてラシュモアの別荘などハイソな人の集まるところで事件が起こるわけですが、そこにいる人々のドロドロとして薄汚い本性と環境の高級感との対比が面白い。また唯一何もないシーンでの、つまり飛行機による襲撃シーンでの「機械」対「人間」の対決は凄みを感じました。

 

 「機械」とは「飛行機」というだけでなく目的のためには手段を選ばず他人を害することが出来る「組織体」という意味もあります。彼の全ての作品と比べても完成度は一番高く代表作としてほかの人に自信を持って薦められる作品です。

 

  展開の見事さ、作家の個性、カメラの使い方、音の使い方、俳優の良さなど映画的な面白さに溢れる、素晴らしい作品であります。

総合評価  92点

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