良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『虎の尾を踏む男達』(1945)終戦間際に出来たのに、役人の嫌がらせで1952年に公開された作品。

  またもミュージカルの要素を持つ、1945年製作の黒澤明監督の4作目です。歌舞伎の『勧進帳』と能の『安宅』からの翻案物となるこの作品には、榎本健一(エノケンさん)の魅力が画面いっぱいに拡がっていて、シリアスな局面で緊張している義経一行との対比がとても面白い映画となりました。エノケンさんという狂言回し兼主役を得たこの作品は、後の黒澤作品の骨太のイメージが強い作品と比べると、義経の悲劇を扱いながらも、ユーモラスに、そして可愛らしく仕上がった秀作です。

 

 当時の日本人ならば誰でも知っていたこの話を、現代によみがえらせた黒澤監督でしたが、戦中の帝國政府と戦後のGHQにより上映できなくなってしまったのは非常に残念でした。前者は監督への嫌がらせであり、後者は日本伝統的な価値観を復活させないために上映不許可となったそうですが、内容を見れば楽しい映画だと解るはずなのですが、どこの国も役人は規制ばかりしたがるもののようです。七年も公開させてもらえなかったのは、とても不幸なことでした。

 

 ポルノでも反戦映画でもないこの作品が何故発禁処分を受けたのかが分かりませんでしたがいろいろな黒澤先生関連の書籍を通して能や歌舞伎という伝統芸能に対してコメディアンのエノケンさんを使っているから駄目になってしまったという、信じられないような記述を見つけました。(『蝦蟇の油』より)ただ良いこともひとつだけあったそうで、それはなんと、黒澤監督が尊敬していたジョン・フォード監督が、進駐軍の士官とともに東京に来た時に、たまたまこの作品の撮影現場を見学していったということでした。会話は交わせなかったそうですが、もし話せたら、どんな映画談義を交わしていたのかと思うと興味があります。

 

   歴史物であり、ある意味でストーリーは既に出来上がっているので、あとはエノケンさんをどうやって、そこにはめ込んでいくかということのみがポイントになります。ただ単なる「狂言回し」というだけでなく大衆全員の代表として彼は機能しています。台詞の端々に判官ひいきの民衆の気持ちの集約を感じました。

 

 この作品の核となるのは間違いなくエノケンさんです。彼のチャーミングな演技と表現力はただ顔だけでなく身体全体から発散されてきています。躍動する演技。歌舞伎と能というどちらかというと閉塞的な伝統芸能をベースに使いながら、こんなにも活き活きとした演技を見せつけてくれたエノケンさんようなユニークな素晴らしさは、他の黒澤監督作品でもなかなか見ることができません。残念なのはこの後には一度も彼を起用できなかったことです。彼は舞台が主な仕事場であり、そのために演技が少々オーバーすぎるからでしょうか。

 

 『どん底』に彼が出ていればもっと幅の広い作品となったことでしょう。左卜全さんとエノケンさんとの競演が実現していればより深い味わいが出ていたことでしょう。狂言回しというと『乱』でのピーターさんも同じような役回りをなされていましたがエノケンさんのレベルにまでは達していません。おどけている中に哀しさが見え隠れしている。チャップリンに共通する絶妙な役者さんです。これを見た後に『エノケンのちゃっきり金太』を見ましたがこちらのほうもとても良い喜劇作品でした。

 

 主役を勤めた大河内さんはこれで三作目の出演となりここでも強烈な存在感をだしています。ただし台詞がとても聴き取りにくく苦労させられました。大河内さんを含め出演者の方全員に共通していたのは「正座」や「跳座」のときの背筋の良さと所作動作の無駄のない美しさでした。今ではなかなかあのような美しい姿勢を見ることはできませんので、現在の時代劇の俳優さんにも見習って欲しいところです。 

 

 それと余談になりますが私自身が弓道部出身のため時代劇での「弓」を射るシーンの拙さにはいつもがっかりとさせられてしまいます。いままで時代物を見てきて主役級の方の中で、この俳優さんはしっかりと弓が引けているなと思えたのは志村さんが『七人の侍』で弓を引いたときと存命の方の中では役所公司さんが徳川家康(1983年 大河ドラマ)で引かれていたときのみでした。本物でないものは私たち素人でも簡単に見抜けます。

 

 オープニングとラスト以外は完全なる額縁舞台での作品になっているために、画面全体から彼らが押し込められていき次第に追い詰められていく様子がはっきりと見てとれます。そして疑惑を解き、ようやく解放された後は平坦な道を進んでいきます。ここはまっすぐな道になっています。最終的には、主従ともども悲劇的な最後をたどりますが、ここでは、ひとまずつかの間の平安を手に入れます。

 

 最後に置いてきぼりを食うエノケンさんの「飛び六方」がとても印象に残っています。彼の腰には花が挿されていましたがあれにも「狂い笹」と同じような日本の伝統芸能の意味があるのでしょうか。 もうひとつずっと作品を見ていて気にかかったことは最後まで利用されることの無かった画面上の「関所」の右の部分です。富樫と梶原の使者の背後には何があるのだろうか。頼朝のイメージなのでしょうか。それとも能舞台では主役が観客の左側の橋掛かりから出てくるのでそれを表現されたのでしょうか。

 

 セットで撮られているのがはっきりと音の反響から分かります。しかしこの作品はそれほどに窮屈さを感じません。先に述べたように追い詰められていることからの圧迫感はあるのですがそれは窮屈とはまた違う話なのです。音自体はいつもどおり良くないのですが印象に残るのは歌の力強さです。

 

 「虎の尾を踏み 毒蛇の口を のがるる心地 のがるる心地」 (能の演目 『安宅』より) 見終わった後も消えることなくシーンとともに耳に残り続けています。それが映画音楽の素晴らしさなのです。

 

 今回はほとんど出演者以外にはお金がかかっていません。安宅関のセットのみで後は東宝撮影所の近所の山(武蔵野の御料林)で撮っただけです(『夢の足跡』より)。そのおかげで規制がかかればかかるほどに無駄なものが省かれていくのでフォーマリスティックかつスタイリッシュな「能」のような映画的表現の宝庫になります。

 

 時代劇というジャンルで考えると『羅生門』や『七人の侍』が頭に思い浮かんできますが、収録時間などいろいろと制約も多かったようで、ここではまだその片鱗を見せているにすぎません。俳優の細かい所作動作やワイプなどの編集のつなぎ方にそれを感じます。

 

 自身初の時代劇物という後から考えれば記念すべき第一作目ということになります。ミュージカルとして考えると『一番美しく』以来の二作連続ということになります。このような小品ですが完成度は高く今見ても音響面以外は十分鑑賞に堪える作品です。

 

総合評価 86点

 虎の尾を踏む男達

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